朝だ。

スズメたちが軒下で可愛く囀りながら遊んでいる。
今朝はとても天気が良く、この近所を縄張りにしているボス猫の姿も無い。

彼等は天敵がいないことを知って、浮かれているのだろう。

いつもの私なら、彼らと一緒に今日子が用意してくれた朝食のパンを、一緒に食べるところなのだが、最近はそうもいかない。

この頃、朝方になると時々、怪しい人影が我が家を覗き込んでくるのだ。

その視線は冷たく、卑しく、好意的なものは一切感じられない。
我が家の庭にある植え込みの陰から、誰にも見つかるまいと周囲を警戒しているが、私の目はごまかせない。

おそらく奴は、最近頻繁に地元のニュース番組で伝えられているコソ泥ではないだろうか。

ただ、私がそう思っているだけで証拠はない。

推測だけで今日子を怖がらせるのも可愛そうなので、この事は内緒にしている。

だが万が一のことがあってはいけないと、こうやって毎日、お昼前まで奴が現れた時に備えているのだ。

私が警戒し始めてからは、まだ奴は姿を見せていないが、あの悪意に満ちた視線を再びこちらに向けることがあったなら、とびかかって痛い目に合せてやるつもりだ。

服部今日子

おはよう。今日もいい天気ねぇ。スズメさんたちも元気に遊びに来てくれてるじゃない。

聞きなれた優しい声に、私は注視していた庭の植え込みから目を離し、振り返る。

そこには美しい新緑のカーディガンを身に纏った初老の女性が立っていた。

スズメたちを驚かせないようにそっと静かに、私の元へと歩みを進める。

そしてその手に持っていた、私の朝ごはんであろう食パンを、そっと卓袱台の上に置いた。

満面の笑みを私に向ける、この淑やかな女性が、私の唯一の家族で心から愛する人――、今日子だ。

ピー助

今日子、オハヨー!!

私はめいっぱい大きな声で彼女に挨拶をした。

だがしかし……。

オカメインコである私は、人間の言葉が発声し辛く、いつも間の抜けた口調になってしまう。

もっと今日子と言葉を交わしたい。
勿論そう願う気持ちはあるが、犬や猫がそうであるように、言葉などに頼らずとも心を通わせることはできる。

私が翼を広げたり、頭を上下に動かしたり、嘴をカツカツと鳴らしたり。
行動の全てに意味がある。
今日子はそれらを理解した上で、私に接してくれるのだ。

そして極めつけはこれ!

ピー助

ピッ ピピ ピッ ピッ

服部今日子

はい はい♪

私がリズムよく鳴いて見せると、すかさず今日子も相槌を打つ。

服部今日子

さ、こっちにいらっしゃい。一緒に朝ごはん食べましょ。

そう。
これは合図、私が住んでいる部屋、鳥用ケージから外に出してもらうための合図なのだ。

開かれたケージの扉。
私はすぐ傍の卓袱台までひとっ飛びして、持って来てくれた食パンの袋をクイッと引っ張って見せた。

ピー助

ゴハン、オイシイ!

服部今日子

あらあら。ピー助ったら。
まだ食べてないでしょ。おかしな子ねぇ。

ピー助

ピー助、カカシノコ!

服部今日子

ふふふ。おかしいおかしい。

――『美味しそう』だ。
『おかしな子』だ!

自分のことながら、日常茶飯事のこの日本語の言い間違いに、私はいい加減うんざりしていた。

しかし今日子はと言えばあきれるどころか、こんな私の言葉でも、心から喜んで受け止めてくれている。

――つくづく私は幸せ者だな。

卓袱台の上で、今日子と二人朝食を始めようとしていたその時だった。

ピー助

!!

あの視線だ!

前に見た時と同じ、庭先の植え込みの辺りから、こちらの様子を伺っている。

ピー助

ピーーーィ!!

服部今日子

ハッ!!
ピー助!?

視線に気付くと同時に、私は叫んで飛び出した。

今日子に悪意を向ける人間など許さん!!

!?

ピー助

ドロボー!
ドロボー!!

なっ!?

植え込みから覗くコソ泥は、突然目の前に飛んできた私に驚き、二、三歩後ずさりをした。

それに構わず、私はコソ泥の頭上で翼と足をバタつかせ、ありったけの力を嘴に込めて頭頂部を突いてやった。

や、やめろっ

うあっ

コソ泥は私の猛攻撃に押されてバランスを崩し、とうとう路上に尻もちをついた。

あと少し!

完全に劣勢となった犯人めがけて最後の一撃をお見舞いしてやる……!!

ピー助

!?

な、ん、だと――!?

服部今日子

ピー助ぇ!!!!!

コソ泥を痛い目に合わせてやろうと夢中になっていたせいで気付かなかった。

すぐそばの電柱にマーキングをしている、ボス猫の存在に。

私がそれに気付いた時にはすべてが手遅れだった。

コソ泥に飛びかかろうと急降下していた餌を、ボス猫が見逃すはずが無く、鋭い爪を、牙を、私めがけて突き立ててきたのだ。

このっ、
うせろぉ!!

一巻の終わり。

そう思った時、私を跳ねのける為にコソ泥が振り回した腕が、偶然にもボス猫の胴体に直撃した。

危機一髪。
私はボス猫に食われずに済んだ。

が――。
それに気付く事が出来ない程、私はパニックに陥っていた。

予想だにしていない天敵の登場により、気が動転してしまい、恐怖心に囚われてしまったのだ。

自分の命を守るために、逃げることに必死だった。

ありったけの力で羽をバタつかせ、その場を離れようと、遠くへ逃げよう、と。

服部今日子

ピー助!
戻っておいで!
ピーすけぇ!!

両腕を広げて、叫び声をあげ続ける今日子。
しかし私はその腕に戻ることなく無我夢中で飛び続けた……

 

つづく

第1羽~愛する彼女を守る為

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