ここはどこだろう?
見回しても誰もいない。

真っ暗だ。

「    」、時間だよ?

うっすらと、闇に光が灯された。


それはドアのように、奥に続いている。




その奥に行かなきゃいけない気がして

暗すぎて見えない足を、必死に動かした。

先生

おはよう、深雪さん

深雪

んっ……あれ?

深雪

先生……どうして?

先生

君をリアリデアルに送ってから、連絡を取ることができなかったんだ。あそこに連絡するの大変だから

深雪

……メイドさんが、先生は施設にいるって言ってたけど

先生

メイドの言うことはあまり信じちゃいけないよ。彼女達は患者を安心させるために質問は肯定しかしてはいけないとプログラムされている。だから、メイド達はたとえ嘘でも「はい」と答えるしかないんだ

先生

患者は君のように目覚めたらリアリデアルにいた、という場合が多い。そんな中で人は部屋に初めからいるメイドに様々な質問をする。不安から逃れるためにね。そこで否定なんてされたら患者は更にパニックになってしまう

深雪

事前に言っておけば、まだ変わると思うんだけど……

先生

リアリデアルは現実(Real)と想像(Ideal)の狭間に作られた空間。僕達はそこで君のような悪夢を見る人たちの研究をする予定だったんだ

先生

僕は悪夢の原因は感情――深層心理による不安が主だと考えた。だから、リアリデアルでは閉鎖空間ながらも患者にストレスを感じさせないために肯定しかしないメイドを設置したり、僕なりの最低限の工夫は施した。……結局は無駄になってしまったが

深雪

無駄って?

先生

リアリデアルを私物化しようとする奴がいたのさ。そいつのせいで、悪夢の治療は当初の予定をすべて破棄され、脳内麻薬による危険性の非常に高い方法に切り替わってしまった。そのおせいで薬に依存して狂っていく人が大勢出てしまった

深雪

そっか……薬で悪夢を見れなくなるなら、苦労しないもんね

先生

薬による治療がダメというわけではないんだ。ただ、麻薬を使った治療なんて危険すぎる。実際、薬を求めるあまり壊れてしまった人もいた

深雪

先生は……どうやって治そうと考えたの?

先生

レム睡眠とノンレム睡眠って知ってるかな?  一般的にレム睡眠の時のみ夢を見ると言われているけど、本当はノンレム睡眠でも夢は見るんだ。鮮明な夢か、曖昧な夢かってだけでね

先生

鮮明なレム睡眠ほど起きた後もよく覚えているし、曖昧なノンレム睡眠ほど覚えていない。ならば、悪夢をノンレム睡眠の時に見れれば……要は、悪夢を見るタイミングをコントロールできないかって考えたんだ

深雪

そんなことが……できるの?

先生

不可能って意見が多いね。そもそも人が何故夢を見るのかって理由も感情と夢の関連性もまったくわかってない。そんな中で夢を見るタイミングをコントロールするなんて限りなく無理に近い。そう色んな人から言われたよ

先生

まぁ、それも恐らく実装されることはないだろう。僕自身も方法を模索してる最中だから

深雪

……そっか

先生

……深雪さん、君に謝らせてほしい。まさか君がリアリデアルであそこまで追い詰められるとは思わなかった。麻薬の投与も君の勘の鋭さも知っていたはずなんだが、傍にいてやれなかった

深雪

私……紗耶香さんを殺そうとしたんだよね

先生

そう。その果てに君も死のうとした

深雪

私……どうして死のうとしたんだろう

先生

君は薬で神経が弱っていた。目の前で人が死んで、君の勘の鋭さのおかげで薬が治療用でないことを悟った。あのどうしようもない状況では、自殺に走っても誰も責められないさ

先生

深雪さん、これだけは覚えておいてほしい。僕達医者は万能ではないんだ。患者の治したい治りたいって気持ちと共に後押しすることはできる。けど、患者が死ぬことを望んでしまったら僕達はどうすることもできない。言葉で君を慰めるくらいしかできないんだ

先生

君の生き死にをどうするかは勿論君の自由だ。だけど、僕は君のような人にこそ、希望を与えてあげたかった。それくらいしか僕達はできないからね

深雪

希望…………

先生

そうだよ、希望だ。じゃあ、そろそろ眠った方がいい

深雪

眠りたくないなぁ

先生

心配ない、もう君は悪夢なんて見ることはない。ボクが保証する

深雪

……本当に?

先生

こう考えて。眠るのはね、明日に希望を託すためなんだ。今日の絶望を、明日に持ち込まないためのリセット、明日に希望を夢見るんだ

深雪

希望を……夢見る………

深雪

うん、ありがとう先生。なんとか眠れそうだよ

先生

良かった。さぁ、目を閉じて。眠るまで今日も傍にいてあげる

深雪

うん……お休み、先生

先生

ああ

おやすみなさい


永遠に

良い夢を

pagetop