老夫婦が街中を散歩していた。その手は自然に繋がれ、なんでもない幸せを大切にしている。贅沢をするわけでもなく、ただの散歩だ。
老夫婦が街中を散歩していた。その手は自然に繋がれ、なんでもない幸せを大切にしている。贅沢をするわけでもなく、ただの散歩だ。
夫の名は、
間宮 鋭二郎(マミヤ エイジロウ)
76歳。
日曜大工と庭での読書が
趣味の素朴な男だ。
妻の名は、
間宮 典子(マミヤ ノリコ)
76歳。
穏やかで献身的。
ガーデニングはプロ顔負けの腕で
数年前までは教室を開いていた。
午後一時過ぎの陽光は、十一月にしては暖かかった。鋭二郎は寒いと思って着込んできた上着を一枚脱ぎ、会社務めしていた頃の話をしていた。真面目に誠実に、そして堅実に築き上げてきた。つらい事も苦しい事も沢山あった。人生の浮き沈みを何度も経験してきた二人だからこそ、現在笑顔を向け合っている。
突風が吹き抜ける。胸を腕の前に縮め目をつむる典子。突風が止み、前かがみになったままゆっくりと目を開ける。
足元に見えたのは、赤色。道路にある模様かペイントかと頭によぎる。
っが、は、ぁ……
え?
その赤色の源は、夫・鋭二郎の口元だった。膝を地に落とす鋭二郎の背中側に何かが転がっているのが見える。
それは金属性の看板。ポイ捨ての注意喚起の看板だった。角にはデザインでないとわかる赤色がヌメリと広がっっている。
鋭二郎さんっ! っひぃ!
鋭二郎の背中側、そう首元からはドクドクと鮮血が溢れ出ている。力なく倒れる鋭二郎。頭の重さを支えきれず顔面を無造作にコンクリートの地面に打ち付ける。その衝撃でこの歳まで自前だった前歯が折れ、転がる。そして、最初の血だまりの上に新たな流血が流れた。
不条理!
理不尽!
なぜ夫に!
夫が!
こんなにも誠実な人が! 不運などという言葉では片付けられない。なぜ! なぜ? 突然に奪われ細くなる命。どう贔屓目に見ても助かる状態ではなかった。
ううぅぅ、ぁぁ……、
の、ぃ…………
ああああぁぁぁぁああ
触ってもよいか分からない傷口を、異常に震える手で押さえる。憎らしいほど熱い血が、典子の服を染めていく。どうする事も出来ない自分を見限った時、周囲の人が意外にも事態に気付いていない事を知った。
救急車!
救急車を呼んで下さい!
ようやく気付いた者達が騒ぎ始める。
首から下の感覚を失っていた鋭二郎は、涙が止まらない典子をかすれゆく視界に収めていた。そして――走馬燈。ドラマや映画で語られるそれを、鋭二郎は見た。
――55年前。
一組の若いカップルが居た。
男は、地元では大企業のM社に入社したばかりの21歳。それなりに仕事も覚え初めてきた頃だが、まだまだ社会の荒波に翻弄されていた。真面目で努力家。面白くないと言われる事もあったが、好印象という意見の方が多いだろう。
女は大学に通う21歳。穏やかで献身的。控えめな態度をとる事が多いが、芯の通った一面を持ち合わせている。
そして二人には、共通の友人が居た。幼稚園から高校まで一緒の腐れ縁。高校を卒業して大手の企業に勤めたが、冬のボーナスを貰う直前で退職。今はアルバイトをしている。誰かにクビになったと言われるたび、「こっちがあの会社を見限ったんだ」と静かに言い返して笑っていた。
三人はよく一緒に集まった。男の家が溜まり場になる事が多かった。男と暮らしている祖父も、二人が来るのを歓迎した。
「今日くらいは夕飯も食っていけ」
祖父の口癖だった。
お前達ぁ見てると、
昔を思い出す。
又、その話ぃ~。
もういいって、爺ちゃん。
お前ぁ、ワシの言う事が
分かっとらん。
私達が仲良くいられる事は
自分達が思っている以上に
幸せなんですよね。
お爺さんの一番の友人は、
どのような方だったんですか?
友人の言葉に祖父は少し眉を寄せた。
ワシぁ、
親友を裏切っってしまった。
第二話へ続く
地味な話ですが、四話目まで読むと、読み返したり想像したりしたくなる構成にしたつもりです。慣れないサスペンスですが、どうぞ読んでやって下さい。
ピッツァさん、コメントありがとうございます。
この短編は、投稿されている素材のみの予定です。オリジナルの専用イラストは登場しません。
明日の三話目から急展開なので、是非是非お楽しみ頂ければ幸いです。
「不条理」読みました。
突然の不幸な事故からの始まり!
次の展開を楽しみに読まさせていただきます。
1つ気になった点はストーリーの前半の「赤い源泉」の言い回しの源泉という言葉は僕は前向きな表現に感じるので、サスペンスの様なストーリーに使うのは少し違和感がありました。