ルームフェルは藤堂宅に戻ってから、家の鍵が開いていないことに気づいた。鍵は藤堂清貞が持っている。彼から鍵を借りなくては家に入れない……ーーだからと言って、鍵をわざわざ借りてくる必要もない。



 壊して入れば良い。ついでに、金目のモノももらっていこうとドアノブに手を伸ばしたルームフェルが握るよりも早く、扉が開いた。




こんにちは、ルームフェルさん。出ていっちゃうのよね?

赤石、雅……――





 皇女の公務に同行したはずの少女が、戻ってきていたのだ。


 いや、皇女が帰ってきた時点で彼女が帰ってきているのは当然か、とも今更ながらに思う。



 しかし、ルームフェルが目的の物を抱えている。


 それは賢誠が隠れるのに使った皮袋だ。ルームフェルにとっては旅の相棒でもある。いつも持ち歩いているため、忍といった暗殺依頼に関連する接触者にルームフェルと知られないための措置だった。今回はあまり意味がなかったが。




雅ね。これから雪村さんを助けに行くの。

それでね。
ルームフェルさんの片眼鏡を貸してほしくって。

どうしても、ルームフェルさんの片眼鏡じゃないと、あの人の空間は止められないから






 空間。


 空間操作師のことか、とルームフェルはまた思う。つくづく、織田信長という男はその命を狙われているらしい……ーー本当なら、個人的に殺りあいところだった。



 どれだけ強いのか。


 ルームフェルの今の生き甲斐は、他人を殺して金をえることではない。

















 濃密な、死の淵だ。





 死ぬかもしれない……ーーそんな状況に、この心臓が緊張で跳ね上がる、あの時間がほしい。


 それはもう、命を削り取る戦場でしかありえないものだ。


 今回は依頼主との殺害の方向性が違うため、邪魔が入る。自分勝手にやらせてもらえないならば、此方の不満が淀みを増して濁るだけ。長居するだけ無駄でしかない。













賢誠ってね、頭が良いっていうか、発想力が豊かだから、敵を強くしちゃうのよね





 雅は楽しそうに話してから、改めて向かい直った。




だから、ルームフェルさんの魂を貸してください。お願いします








 そうして、子供は礼儀正しく頭を下げた。


 長身のルームフェルには、あまりにも小さく見える少女の頭部を見下ろす。





断る

えぇ。でしょうね








 ルームフェルの胸元に、紫色の光が車輪を描いてカッと輝いた。とたんに、息も出来ないほどの灼熱と激痛にふらつく。すぐにでも倒れたいところだが、それを許せる状況ではない。





まさか、『イクシオンの輻』を受けても立っているとはつくづく恐ろしいですね。普通の人間なら、立ってられないのですが

樹神さん、酷いことしたらダメ!






 後ろからの声に、ルームフェルはのっそりと振り返る。



 長髪。



 三文字幸乃が織田信長と会談していた時、一緒にいた宮廷魔術師だ。黒く染めたガラス玉のような瞳で、ルームフェルを見据えていた。



 雅は小さな身体で腰回りに抱きつくと、右に倒れそうになっているルームフェルを押し、支えとなってくれる。その状況に甘んじるのは気に入らないが、彼女の身体を張った支えはルームフェルにはありがたいこともであった。





来なさい、名無権兵衛。

でなければ、死にたくなるぐらいの責苦を味わうだけですよ。

死なない程度に永遠と

ダメ! ルーさんを離してー!

なら、お前が解呪しなさい。幸乃皇女に見込まれた子供。

できるのでしょう?

雅はルーさんみたいな魂を持ってないから、見えないんだもん! 朝顔さん、止めて!







 強引にルームフェルから引き剥がされた雅はパタパタ暴れる。



 驚いたように「出来ないの!?」と空気に叫んだ直後、鷲の上半身、ライオンの下半身を持った動物ーーグリフィンの背に放り投げられた。雅はルームフェルの鞄を大事そうに抱えたまま転がる。





 その後ろに、樹神は颯爽と跨がった。




 大きな翼を羽ばたかせて辺りに烈風を巻き起こすと宙に浮かぶ。そして、全身を痛め付ける熱と痛みで動けないルームフェルへ向かって来た。その大きな鷲のような足でぐわし、と大柄のルームフェルを掴んで飛翔していった。




 グングン戻る。それは、日輪で行われている火野武術大会の会場へと――。

































すま、ない……菓子を、買ってやろうと思ってた、んだが……

お、お菓子よりお肉が良いです! だから、変なこと言わないでください!






 嫌な予感だ。ビキビキと訴えている。


 もう死ぬ手前だと悟りきったような表情だ。


 そんなの止めてくれ。こんなの、あんまりだ。



 刀弥の優しい友人が、こんなことになるなんて。







 頭の中が、真っ白になっていく。


 駆け寄ってきた織田信長が、齋の名を何度も叫ぶ。


 その姿を見た和泉は、無感情でこう言った。






何だ。
あの宣言は本気だったのか。

元より、ここにいる人間を誰一人生かすつもりはない。

小娘は先に逝っていると良い

阿呆抜かせ……化けて出てやる……

くたばるには、まだまだ時間がかかりそうだな。

まぁ、血が黒いところをみると長くは持たないだろうが






 ぴく、と賢誠の身体が震える。





 長く、持たない。




 その言葉が頭の中を占領して、和泉を睨まずにはいられなかった。






何で、こんなことするんですか!

子供に話して何になる

何になるとか、ならないとか関係ない!

お前がそうまでして織田信長を殺すことに躍起になってるのか聞いてるんだ!

ふん。金だ。

あとは、あわよくば三文字幸乃には政治からご退場願うこと。

女の身で王などと笑わせる








 だんっ! と和泉は大きく足を踏み鳴らした。






前王が認めたのは女だぞ?!

女が、国王だと!?

惰弱の極みも良いところだ!

だから、本当に優秀な者が評価されない!

身分などという上部の肩書きでしか、人間を判断できんのだ!!






 空間を操作し魔術師は叫ぶ。




女なぞに正当な判断が下せるものか!


女は感情的に動く!

感情論だけでギィギィ動き回る!! 女なんぞに国の長が勤まるなら、この私でも国ぐらい治められる!!





















 空間操作師は希少な魔術師だ。





 その実力は、千を越える人間の集まりなぞ軽々と叩き潰せる。





 それほどの力を秘めている者が、こんな貧村で村長を務めろだと?





この私が力を振るえば無傷で敵へと攻撃できる!

今、そこで息も耐えんとしている小娘のようにな!! 何が王命だ!!

民のために力を振るえだ!!

こんな平和ボケした田舎で、どうやって力を振るえと言うのだ!?








 和泉は、宮廷魔術師だった。長の補佐を勤めるぐらいの実力があった。それが突然、前王からの王命で日向へと飛ばされたのだ。



 事実上、左遷以外の何物でもなかった。






不正など働いたことはなかった!

ずっと真面目に働いてきた!

国防にどれだけ私が貢献してきたか!!

それなのに、老い始めた頃にこんな辺境の地へ飛ばされたのだ!!







 子供を和泉は睨み付ける。



 何も知らない、幼い子供。


 まだこの頃は正しいことが世を満たしていると信じている頃。



 生きるという闇を知らない。



 その裏に不当な評価がくだされる現実を知らぬまま、自分なら大義を果たせると愚かにも邁進できる頃。




この和泉孝四郎は、ただその力を振るうだけで日向を守れる。

最前線は和泉だけいれば良い。

だが、村民を守るには安全な場所まで誘導する兵士が必要だ。
そればかりは、私だけでは無理なのだ。

手がいるのに、それを雇う金があの村にはない!







 日向は特に王都から近い国境だ。敵国が進軍する時、間違いなく日向が最前線になる。



 火野から借りるには毎月の出費だ。今、八人ほど雇ってはいるが、いざという時、あまりにも人間が足りない。 





 だから何度も資金の底上げを要求したが、国の返答は却下だった。ならば、保安部隊を置くように言っても国の対応はなかった。






 その時、国防を掲げている人間達の頭の中が分かった。











 日向など、いざという時、落ちて構わない。






 そして、前王はそんな捨て駒のような場所へ、この和泉孝四郎を追いやった。



 守れなければ、すべてが和泉のせいになる。






 否、貧村である日向を捨てるために、和泉を捨て駒として配置した。


 例え敵国が攻めてきても、和泉孝四郎を置いておいた。それでも守れなかったのは、和泉のせいである。我々はきちんとした、と国が日向をいつか捨てる時のための口実だ。




 国が収めている村でも町でも、一つ減れば金の回りは楽になる。






国のために、全て被って死ねということだ。

切り捨てている村を、この私だけの力で守れということだ。

この重責に見合う対価が、金以外に現状はない








 誉れも功績も、満足に得られない片田舎で、力のやり場を失った男はまた新たな光を見た。





皇女が死ねば……――前王の意思を受け継いでいるであろう、あの皇女が死ねば、きっと……――

阿呆抜かせ!
この国の皇女は言っていた!

私達は、無能だと!!
そして、一人の平民の子供に頭を下げたのだ!

何かをするために、自分の息子を敵国の首領に預けた!!

日向に置いた換金所から毎月借地代の他、何十万と受け取っているはずだ!!

日向に置いたのは、あの皇女だろう!!
あれだって資金になるはずだ!







 さっきから、顔をしかめてばかりの男がそう叫んだ。




 金がなければ、本当に日向は守れないのだろうか。



 さっきから、そんな疑念が頭にチラついた。






 もっとやるべきことがあるだろう。


 もっと、できることがあるはずだろう、と齋は思う。





 この国は、金がなければ何も出来ないほど愚かじゃないはずだ。




 だって赤石刀弥は、金なんて全く無いのにこの大会にまで来た。誰もよりも目につく服を用意してくれる家族や知人がいた。





その程度のはした金で村が回るものか! まだ足りぬ!







 その子供は、ギラリと瞳を輝かせて和泉に相対した。




お前が世界を知らないだけだ! 島の外には、女性の王様なんていっぱいいる!!







 子供は、叫んだ。



















イギリスには、生涯を国に捧げると誓ってくださる王女様がいる!

大昔には、その美貌で敵の王を堕落させた王女もいた!

中には、男の王を前に立てておきながら裏で操作している王女だっていた!

女だから王が出来ないとか、そんなことない! それはもう、完全にセンスだ!!









 そして、と賢誠は断言する。





アンタには一微塵も村長のセンスがない! 欠片もだ!!

なんだと……ーー

だったら、何で日向はいつまでも貧村のままなんだ!

アンタの村長としての手腕が超絶に悪いからだろ!!

アンタなんか王様になったら即刻、平民総出で国落とせる!!







 顔を歪める和泉に、賢誠は続ける。





それに、アンタ恨んでる相手は三文字幸乃じゃない!
その前の王様だろ?!

女が王様になったってそんなこと関係ない!!
アンタ、上手くいかない現状を幸乃のせいにして八つ当たりしてるだけだ!!

幸乃が皇女だからとか、前王の意思を継いでるからとか丸っきり関係ねぇよ!

大変なのは分かったけど、村人を逃がしてる時点でダメなことに代わりはねぇよ!

地域復興にいつだって必要なのは、『若者』と『余所者』と『馬鹿者』のこの三者だ!!








 賢誠は、叫ぶ。




 若者の力を活用し、村の外の人間を村へと取り込む。その政策に打って出るために、地域の長は馬鹿者でなくてはならない。





 現実、賢誠の世界ではそうやった馬鹿者が地域を活性化させるために、馬鹿とも言える政策を打って出した事例がある。




 その町を子供をそだてやすい場所にするため、自分達の給料をカットした。役所で働く人間達の給料を三割。そして、町長自身は五割という身を切る政策だった。切り詰めた分を、子供を生みやすい環境に整えるべく政策を施こした。その政策の中には、子供を生むとお祝い金が発生するのである。町長から直々に手渡されるのだ。




 その政策が功を奏し、移り住む人が増えたのだ。







住む人を増やさなくちゃいけない!

それなのに、村に住んでられないって、村人逃げてく一方じゃないか!!

そんなんだから何時までたっても貧村のままなんだ!!
















 その長は、願った。



 この町を、女性や子供に優しいい町にしたいと。



 その願いを叶えるために、
身を粉にしてその現実を手に入れた。














アンタはこの貧村をどんな村にしたいと思った!? 命令だから嫌々来ただけだろ! なんの考えもないから政策も起こしてないだろ!!







 ぐ、と和泉は眉間にシワを刻む。




この村のためにせねばならないことはたくさんある!

ここは敵国、果夜国との国境付近だぞ!?

なのに、ろくな兵力もない!!

兵を養うにも金が必要だ!

国から補助金が出るとは言え、それでもこの貧村での収入では兵士を雇う金もない!!

それ、アンタが金を散財してるからだろ!?

私は、ちゃんと手を尽くしている!!

それなのに、私が悪いだと!?

苦渋も知らないまま生きているような小僧が知った風な口を聞くな!

国にお願いするだけじゃダメなんだぞ!

給料五割も減額してるか?!

人件費ほど出費の多いものはないんだぞ!!

簡単に言ってくれるな!!

貴様ごとき小僧に何ができる!!








 そんなことを、子供に吐き出す村長に……――阿呆な子供は『だったら!』と高らかに叫ぶ。



俺が、日向変えてやるよ!!






 これはとある忍者漫画で、一族の呪縛に囚われていた少年の心に打ち込んだ言葉によく似ていた。
 文字列が似ているだけで、使い方を激しく間違えている。





 やばい、○ARUTOファンに怒られる。


 ていうか、集英○に訴えられる。





 村長は、青筋を浮かべて、ぎり、と賢誠を睨み付けた。





そ、そんな政策を行ってる町があるなど聞いたことがない!!

なんという町だ! 答えてみろ!!







 和泉からそう怒鳴り散らされて、賢誠も、しまった、と思う。



 全て、前世の情報だった。



 というか、この島の外の王女の話も前世の記憶から引き出したものだった。






 そして、もう一つ。


 こういうことをやった町長がいるのを知っているだけで、どこの地名までかは詳しく覚えてなかった。






 賢誠は、それでも思考を止めずに叫んだ。






日本という国の、東京だ!






 ちょー出鱈目です。


 ごめんなさい、素敵で格好いい町長さん。
 名前を覚えていないばっかりに。




 でも、あの人ぐらいの身を削る政策もしてないだろうコイツとは同列じゃない。格段にあなたの方が上だ。






そんな国も町も聞いたことがない!

アンタが知らないだけだろ!

ボクは知ってるんだ!

そんなこと、誰から聞いた!?

天之御中主神様からだ!!







 困った時は、神様に丸投げ。



 これ本当に便利な言い訳のような気がしてきた。だが、今はこの男をどうにか打ちのめさなければ気がすまない。




それに、空間操作師が何だ!

そんな使い方しか出来ないなら、お前なんか敵じゃない!

はっ! 空間操作がどれだけの上位魔術師知らんのか、小僧め!

はん! テメェの発想力なんか漫画家(神様)に敵わん!










 間違ったルビじゃない。知恵を授けてくださるのが神だというのなら、漫画家を含めて作家は賢誠にとって神様だ。






 賢誠は、いつだって『物語』と生きてきた。





 賢誠は人具を自分の側に十個ほど出現させた。そのうち、四個を和泉へ向かって投げつける。ひゅーっと飛んでいく赤い石に、和泉は凶悪に笑みをつり上げて笑った。





そんな小石で何ができる!






 盾となるように、和泉の前に出現した空間。そこから覗くのは六個の赤い小石と賢誠の真正面の姿が見えるという、遠くから姿見に自分の姿が映っているような光景だった。






 口がつり上がるのは、こっちの番だった。









 四つの小石は賢誠へぶつかる直前にぱぁん! と弾け飛ぶ。それと同時に、待機させていた小石が空間を潜り抜けてカーブした。




 その六つの小石は、泉の元へ。





っ!!







 石が六つ、和泉の身体を打った。その痛みに魔法構築する集中力が切れ、ぐにゃり、と紫色の輪が歪んで元の風景へと戻っていった。



 その遠くで、痛みに顔を歪めている和泉の姿があった。










 空間を敵の前に直結させるぐらいしか能がないなら、その空いた空間から攻撃を打ち込めば良い。



 賢誠の目の前の空間と、和泉の前にある空間が繋がっているのだから。






 それに、まだある。










 賢誠は再び、四つを出現させるとそれを打ち出す。再び、その四つの石の前に空間が出現する。今度は賢誠の前ではなかった。齋の側で、止血に勤しんでいる織田信長の後頭部。





 小石は輪を潜り抜け、真っ直ぐ進めば織田の後頭部を直撃する……その直前、小石は停止すると逆走した。



 再び、小石は空間を潜り抜け、和泉の前へ躍り出ると弧を描いて和泉の身体に突撃した。



 痛みに顔を歪め、よろめく。
 賢誠を見据えて、ぎっと睨み付ける。

空間を潜り抜けたなら、また戻れば良いんですよ。元の空間へ戻るために







 和泉は怒りにギラリと目を光らせた。




 遠距離攻撃であれば、空間を直結させる紫色の輪を展開させる瞬間が見える。攻撃の減速と方向転換の操作がしやすい。急には止まれませんからなおのこと、こちらも操作しなくてはいけないが、和泉はそれよりも早く展開する必要がある。のんびりしてたら、攻撃が身体に当たってしまうからだ。





 敵の空間直結を逆に利用するのは、近未来で宇宙のお隣さんから攻撃を受ける地球人の子供達が、侵略者達から地域を守るために死闘を繰り広げる漫画がヒントだ。



 あれをやった某A級隊員の戦術に、どれだけ興奮したか今でも鮮明に思い出せる。






この、ガキが……!

一人では何もできないくせに!!






 顔を歪めて、叫ぶ。










 何とでも言え。





 賢誠の頭の中には、漫画家を含め、たくさんの作家がいる。



 頭の中で、賢誠の思考を支えてくれている。






 本は、人だ。





 誰かが、本は人間を描くものだといった。


 そうだとも思う。だけど、それ以上に作家の脳味噌と直結していると賢誠は思っている。





 簡単に言えば、本を通じて知恵を授かっているのだ……――どんな本だってそうだった。



 漫画だって例外じゃない。


 ライトノベルだって例外じゃない。







お前みたいな阿呆になるぐらいなら、一人で何もできなくて良い


















 ぶわり、と子供は無数に人具を浮かばせる。それを複雑な動きで操作する。






 和泉に攻撃の軌道を読ませないため、正面から来るように見せかけてガクン、と方向を変えた。他の方向から小石が和泉の身体に直撃する。





 背後から。



 側面から。


 真正面から。




 目視では、防ぎようがなかった。






 こんなことになったことは、今まで無かった。
 神を味方につけられるなぞ、和泉でも出来ない。





 何度も小石が老体を打ち付けて、痛みが増していく。







小僧……飛行魔術を使えるか?








 和泉は天井付近に一つ、空間を産み出す。そこと繋がっている空間は、まだない。






 だが、パカッと繋ぐ。



 子供の足元に空いた空間。










 小さな身体は、するっと穴を落ちて……――さらに、この倉庫の天井から落ちてきた。






 空間魔術師が、稀少でありながら千の敵兵と渡り合えるその理由。






 その空間の操作方法。





 地を這い回るしか出来ない生き物を、天空から落とすこともできる、その危険極まりない使い方。



 歩いて突撃するしかない一般兵相手では敵ではない。



 そして、魔法攻撃しか得意じゃない魔術師の攻撃をそのまま敵陣へ送り返すことができる。







 子供は驚いた顔のまま、何が起きているのか理解できないまま、落ちていく。






この堕落した国に、前王の意思を受け継いでいる皇女などいてはならない!

三文字幸乃は、消さねばならんのだ!!

赤石賢誠!?














 何かが落ちた音が倉庫に響いた。



 鈍く、重たいその音。






 振り返った先に、痛みで呻くことも出来ずに子供が踞っていた。




 織田信長と三文字幸乃とその息子の直筆を背負った服をまとい、誰よりも敵に向かい合った、その少年が。







両足骨折だ。お前達の唯一の希望である子供は、もう動けん!

拝啓、空間操作師殿

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