Wild Worldシリーズ

コール歴5年
未来視の未来

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  カノンが歩けば、擦れ違う人は皆一様に振り向いた。

 女性にしてはやや高めの身長。すらりと華奢な体。年齢不詳の美貌。真っ直ぐに伸びた姿勢に、凛とした雰囲気を纏っている。絹糸のように細い紫色の長い髪が、この世のものでないかのように輝いていた。髪の色に合わせた紫の薄絹を幾重にも重ね、所々に捲きつけた色石と、左目尻の月のタトゥーが、彼女を呪い師だと暗に物語っている。

 カノンは滅多に街に出てこない。

 だが、時々こうしてふらりと訪れる。その度に、独特の美貌が全ての人を惹きつけていた。一度目にしたら忘れることが出来ないほどの存在感。しばらく見惚れたあと、ハッとしたように目を逸らしてしまう。

 そんな人々の動作がやたら無粋に見えてしまうのは、きっと彼女の他を寄せ付けない美しさのせいだろう。

 カノンは、そんな周りの様子を一切気にすることはなく、紫の衣装をはためかせながら、音もさせずただ真っ直ぐに城に向かって歩いていた。

 誰も、カノンには声をかけない。かけられない。近寄りがたい。

 彼女の存在そのものが幻なのではないか。そうとまで思ってしまう。

 夏の大きな太陽。容赦ない日射に照らされて尚、汗ひとつかいてない。

 城下町を前に、王城は堂々と建っている。攻め込まれても簡単には陥落されないような造りになっているらしいが、専門家でない限り人の目では分からない。

 石造りの2重の城門。直立不動で槍を構える兵は、カノンをチラリと見ると門を開けた。カノンが来ると聞いてはないが、彼女が来たら門を開けるよう指示されている。兵たちの赤くてやたら華美な隊服は、現王の趣味だ。

 重々しい城門を潜り抜け、広い庭に出ると、庭師に愛されたその庭を無表情に通り抜け、いくつもある扉を迷うことなく進んでいった。やがて、やたら天井の高い廊下や階段が複雑に交差している広い部屋に差し掛かった。

 今の時間ここを任されている見知った兵士、クローブを見つけ、カノンは一度足を止めた。城内では許されていないから、クローブも大きな剣は持っておらず、短剣を腰に差しているだけだった。そして恐らく、兵士の中でクローブが1番兵服を着こなせていない。黒い短髪と、意志の強い闇の瞳が、赤を反発させてしまうのだ。線の細い体つきと、切れ長の目で整った顔立ちがもったいない。




 カノンを見つけ微笑んだクローブ。

 彼は知っていた。カノンは、人間だということを……

カノン

王はどこ?



 カノンは短く聞いた。カノンはクローブにそれほど興味を持っていない。若い女性なら黄色い声をあげてしまうクローブの爽やかな笑顔を向けられても、何の感慨も持たなかった。そんなカノンだからこそ、クローブも楽にいれた。気を使わなくていい女性。カノンのことを、そんな風に思っていた。

クローブ

王ならバルコニーにおります、カノン様


 爽やかな笑顔を向けたまま、右手でひとつの階段を指し示した。

 元々耐久性を重視した石造りの城だったが、デザイン性重視の現王が気のすむまで弄ったので、摩訶不思議な空間となっている。絹の密度の高い生地が覆うのはごつごつした石だから、目利きならいぶかしむ。敵を惑わすための複雑な造りも、今の城にはあまり意味もない。

カノン

5年……

 カノンは、絹ごしに石の手すりに手をかけて、無機質にそう思った。

カノン

バルコニーだな。1人で行く

 付いて来るなと暗に告げて、階段を上っていく。カノンの頭の中にあるのは、王に会うという目的だけだから、それ以外のことには一切目もくれない。若くてカッコいい兵が暇を持て余していたとしても、そんなのはどうでもいいことだ。

 そんな姿がカノンらしい、とクローブは肩を竦めた。カノンを見えなくなるまで見送ると、警備の任務に戻る。といっても、敵なんてそうそうやってくるものではないから、どうやって暇を潰そうかと頭を悩ませるのはいつものことだった。いつか、カノンともゆっくり話してみたいと思いながら、小さく息を吐き出した。

     


 カノンは、交差する廊下を一定のリズムで迷うことなく進んで行き、両開きの扉の前までたどり着くと、両手でその扉を思い切り開いた。その途端に、太陽の眩しい光が飛び込んでくる。

 焼かれた目が回復するまでの少しの間、彼の気配だけを探っていた。そして見つけた。

 城の4階をぐるりと囲んでいるバルコニー。正面の、城下町を一望できる1番広い場所に、”王の憩いスペース”が設けられており、今年30歳になる王、コールが城下町を見下ろし佇んでいた。

カノン

  短く呼んで、近くまで行く。

 説明するのも億劫なほど派手な衣装を見に纏った王は、カノンに気付いても振り向くことはなく、空に向かって両手を広げた。

コール

見てごらんカノン。民衆のあの笑顔。真夏の太陽に照らされて輝いて止まないあの笑顔……!!


 芝居がかったような口調。透き通るようなテノールは耳に心地いい。

コール

これは全て、新しい王であるこの私、コール王の行いの賜物と言うものだ!!


 1人歓喜に震え、両手を胸の前に持ってくる。そして満足したのかカノンに振り向くと、毛先まで手入れの欠かさない自慢のさらさらの金髪をかき上げた。

コール

それで? 何の用かな、カノン?

カノン

国が滅びる


 コール王の1人芝居を軽く受け流して、カノンはとんでもない事をさらりと言った。

カノン

そんな未来を視たんだ


 カノンの表情からは、感情が読み取れなかった。


   

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