少年は見つめている。

星の瞬く夜空に目を細めながら。

この閉ざされた空間に辟易しながら。

この世界の理を見極める如く。

ただ、静かに。

ただ、ただ、静かに。

森の奥にひっそりと佇む秘密の病院。

謎の病に侵された
少年少女達が集う場所。

日常は幻想的に甘く、
刹那的で。

そして、これは

『 僕等の罪の果て 』

なのかもしれない。

なーんて。ね。

嘘つきな僕は星を見つめる。

それへの羨望は間違いなく本物だ。

そう、信じて。

僕のささやかな願い。

それは。

やぁやぁ。愛しい弟よ。
久しぶりじゃないか。

……何言ってんだかこの人は。
昨日も会ったでしょ。

えー?そうだったっけ。
忘れたなぁ。

いっつもヘラヘラして。
そういうの、どうかと思うよ。

弟と呼びかけられた少年の目が細められる。
その明らかな批難を無視してへらへらと笑った彼の方が少し年上だろうか。真っ直ぐに切りそろえられている前髪を撫でながら、尚も続けるようだ。

嗚呼。可愛い可愛い俺の弟。
何故そんなに可愛いんだい?

はぁ?あんたって本当に……
いい加減にしないと
その口縫い付けるよ。

おお。こわ。冗談だって。じょ、う、だ、ん。
嫌だねぇ。ユーモアの分からないニンゲンは。

大丈夫?
ユーモアの意味分かってる?

2人の少年の顔立ちや立ち振る舞いは良く似ていた。流石兄弟、といったところだろうか。

へらへらしている方は赤い髪に蜜柑色の瞳、不機嫌な方は金色の蜂蜜色の瞳。そして共通しているのは、その口から覗く牙のような八重歯だ。

ねぇ。……兄さん。

わ。なんだよ。
普段そんな風に呼ばないだろ。

もう。茶化さないでよ。
こっちはそれなりに真剣に……

あー、はいはい、分かった。
分かったからお説教はやめてくれよ?
俺の耳にはタコが出来てるんだ。

あんたがいっつも真面目に
話を聞かないからだろ!

悪かったってー!

で?なになに?
なんか悩んでんの?

暫しの逡巡。

息を飲むほどの覚悟。

そんなものが小柄な少年から感じられた。

僕。病院やめる。

赤の少年は息を飲んだ。

弟の決意に潜む揺らぎを見つけ、そして。

ばっかじゃねぇの。

そして、吐き捨てた。

お前さ、もしかしてまだ思ってんの?
今ならまだ"普通"に戻れる、なんてさ!

……っ。

大体さ、忘れちゃダメだぜ?
俺達は元々"出来損ない"なんだって。
それを今更、何言ってんだ。
現実見ろよ。
あ〜、笑っちゃうね!

……何が。
何が分かるんだ、あんたに。

分からないね。
分かりたくもないね!

睨み合う2人。
木々のざわめきだけが響いている。

……勝手に嘲笑えよ。
あんたなんか、嫌いだ。
昔も。今も。
……これからも……!

勝手にするさ。
後悔すんのはお前だ。

お気に入りの猫耳フードを目深に被り、踵を返して森の出口へ向かう弟の背中を少年は見守る。その瞳はとても切なく揺れていて。

じゃあなー!
また明日も来いよー!

来ねぇよッ!

一筋の涙は誰にも見られずに落下する。

……ばーか。

嘲笑ったりなんかしねぇよ。
幾らお前のことが嫌いでも。
俺が嗤うのは……

少年は森の奥へと戻る。いつもの壊れた日常へと帰っていく。彼の居場所はもうそこにしかない。

一歩足を踏み出すごとに溢れた感情を捨てていく。
大切なものから捨てていく。

おかしな仲間達の待つ白い牢獄へ。

俺が嗤うのは、俺の嘘だけだ。
今までも。これからも。

それは嘘を吐きすぎた彼の罪。

嘘しか吐けなくなった彼の罰。

狼少年、嘘に嗤う。

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