セリヌンティウス

何言ってんだ……

事実だ。メロスはまだ帰ってない。
もうすぐ時間になるので、処刑台に移動する。

カチャンと牢の鍵が開く音がする。
こんなに無慈悲な音だったのかと思いを巡らせる。

やけに静かだな

セリヌンティウス

メロス……あいつ……逃げたのかな……

……

セリヌンティウス

よく考えればあいつだって人間だ。
生きていたいと思うはずだ。
それを責めることはできない……

……

地上に近づくにつれ陽の光が感じられるようになってくる。
その光も、この命の終わりを告げる光なのかもしれないと思うと、素直に喜べるはずもない。

セリヌンティウス

もしかしたら、あんな風にメロスは帰ってくると言ってたのも強がりだったのかもしれないな……

俺はそう思わない。

セリヌンティウス

え?

もちろん、今この場にメロスがいないのは事実だ。
ただ、メロスは今確実にここへ向かっているはずだ。

セリヌンティウス

なぜそんなことが言える。

さあな。
俺もなぜだかわからん。
ただ、地下でお前が散々メロスは帰ってくると言っていたのを信じてみたくなったのかもしれない。

セリヌンティウス

……

それに、俺はお前がもしこの場で死ぬようなことになってしまったとき、メロスを恨んだまま死んでほしくはないのだ。

身勝手なことを言ってることは分かっている。
ただ、俺もメロスが帰ってくることを信じてみたくなった。
そのお前が絶望したままの最期を迎えるなんて間違ってる。

セリヌンティウスはただ絶句した。
自分の何気ない想い。プレッシャーの中で今にもぐしゃぐしゃに押し潰されそうな想いが、一人の人間の心を変えていたのだ。

お前は今、どんな気持ちだ?

セリヌンティウス

気持ち……

あの時メロスを見捨て、妹の結婚式を見せずに見殺しにしていればよかったと思っているのか?

セリヌンティウス

それは……思っていない……

だったら、お前の人生は間違ってないはずだ。
もちろん、他人事だからこんなことが言えるのかもしれないがな……

セリヌンティウス

ありがとう

処刑場につながる扉の前でなぜかこの言葉が口をついて出た。
その理由は俺にもわからない。

それを言うのは早いぜ。
メロスのためにとっておけ。

それだけ言うと、彼は扉を開けた
目の前には絞首台がある
民衆の声も聞こえるが、顔を見る余裕はない。

ディオニス

よく逃げずに来たなセリヌンティウス

セリヌンティウス

逃げようもないですからね。

ディオニス

お前も死ぬ前に理解できただろう。
人を信じるなど無意味だと。

セリヌンティウス

……

ディオニス

だんまりか……
まぁいい、連れていけ。

二人の兵士に背中を押される形で絞首台の上に昇る。
眺めは決していいものではない。

ディオニス

これより、罪人メロスの代理としてセリヌンティウスの処刑を執り行――

メロス

待った!!!

その声を聴いたとき、俺はもう死んだと思った。
きっと死後の世界でこの声を聴いていると思った。

セリヌンティウス

メロス……

メロス

遅くなってすまない……セリヌンティウス……

セリヌンティウス

メロス……待っていたよ……メロス……

メロス

すまないセリヌンティウス……実は俺……一度お前を裏切ろうとしたんだ……
このまま逃げれば生きられるんじゃないかって……
すまない……セリヌンティウス……

その時俺はメロスを恨むことをしなかった。
むしろ、メロスも人間なのだと思った。

ひたすらに正義感の強い、ただの弱い人間だと。

セリヌンティウス

メロス……実は俺もお前のことを一度信じられなくなったのだ……すまない……

無意識に俺とメロスは抱き合っていた。
民衆は惜しげもなく拍手を送ってくれている。
よく見ると、王も涙ぐんでた。

どのくらい抱き合っただろうか。俺はあることに気が付きメロスに声をかけた。

セリヌンティウス

それはそうとメロス

メロス

なんだ?

セリヌンティウス

なんだその恰好は。
全裸じゃないか

メロス

あっ!
わるい……全然気が付かなかった……

あまりに人間臭いヒーローは顔を赤くした。

民衆は今まで閉ざしていた心を開くような大笑いでメロスを迎えた。

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