幾らか時間が経過しているため、

茜がいる1年B組まで無事到着した。

先程の忠告の事もあり、教室内に不審な動きを

みせる人物がいないか様子を伺うが、

生徒は普通に食事を取っており、

茜も自席で友達と弁当を食べているようだ。

鏑木 貴幸

……特に問題はなさそうだな

一先ず茜の無事を確認すると、

ほっと胸を撫で下ろす。


繋がりにも異常はないし、今の所は大丈夫そうだ。

鏑木 貴幸

それじゃ教室に戻る、か

忠告して来た人物の正体は分からないが、

みんなの前で何か事を起こすとは思えないし、

自分の教室に戻って昼飯でも食べるか。


できるなら昼休み中は茜についてやりたいけど、

頻繁に足を運び過ぎるのは茜にも迷惑がかかる。


そう判断した俺は静かに回れ右をする。

あ、茜! 貴幸先輩がいらしたよ!

声がした方向、教室の前扉に目を向けると、

そこには茜の友達の一人

浅倉 夕(あさくら ゆう)の姿があった。

鏑木 貴幸

ああ……また見つかってしまったか……

茜の様子を見に来た事はできるだけ

悟られたくないのだが、なぜかこの子とは

廊下で出くわしたり、教室内から姿を

見つけられたりする事が結構あるのだ。


悪意などは感じられないので、

何かと勘が良い子なのかもしれない。

上坂 茜

貴幸さん! 教室に入ってきてください!

茜はそう言って元気な声、そしてめいっぱいの

笑顔を振り撒きながらこちらに手を振る。

茜……茜のクラスメイトの視線が、

突き刺さって痛いから止めてくれ……。


ここで無視して帰るとまたうるさいので、

仕方なく茜の教室へと入っていく。






上坂 茜

さあ、貴幸さんもそこの椅子にこちらに持ってきて、一緒にお話しましょう!

自分のクッションを手に取って、モフモフしながら

俺を待ち構える茜の姿に一つため息を吐き、

近くの空き椅子を借りて座る。

こんにちはです、鏑木先輩

箸を丁寧に揃えて挨拶をしたのは、

先程から茜の右隣で弁当を食べ始めた

新崎 杏奈(にいざき あんな)。

廊下で会った浅倉さんはショートカットの

元気な女の子だが、新崎さんは言葉数が少なく、

不思議な雰囲気を纏った女の子で、

休憩時間だけはめている銀色の指輪が、

より彼女の神秘性を際立たせている。


そんな二人は茜の良い友達である。

鏑木 貴幸

こんにちは、新崎さん。
浅倉さんは今日も元気そうでなによりだ

鏑木 貴幸

そうだ。ポケットに例の飴があるから、
みんなにあげよう。

北海道の生乳を使った美味しい飴を

箱から2つ取り出した所でふと手が止まった。

みんな?

その言葉に何かがひっかかる。

新崎 杏奈

先輩、どうかしたんですか?

鏑木 貴幸

ん……? あ、いや、何でもない。
それじゃ茜と、いつもお世話になっている
2人には飴を進呈って事で

何か強い違和感を感じたが、

具体的に思いつかなかったため、

そのまま3人に飴を手渡す。

浅倉 夕

わー、これいつも楽しみにしてるんです!
ありがとうございます!

新崎 杏奈

茜ちゃん、貴幸さん来ないかなって
そわそわしてた

上坂 茜

わーわー! 
杏奈ちゃん、それは言っちゃ駄目!

鏑木 貴幸

いや、いいよ。茜の言動なんて今更だし

新崎 杏奈

さすが茜ちゃんの良き理解者

沈んでいた気持ちを吹き飛ばすくらいの

この明るい雰囲気は、正直俺はありがたかった。


茜のあの時の顔を思い浮かべると

今でも胸が張り裂けるが、

それは悟られないように笑みを浮かべる。

浅倉 夕

そんなに茜の顔をじっと見たら
穴が開いちゃいますよ。貴幸先輩?

上坂 茜

あれ、貴幸さん…何か顔色悪くないですか?

茜の言葉に俺はドキリとした。

どんなに取り繕っても見抜かれてしまう……。

それが幼馴染みなのだろうか。

鏑木 貴幸

ちょっと最近夢ばかりみて眠りが浅くてな。
ただの寝不足だから気にしなくでいてくれ

上坂 茜

確かに目の下にうっすら
くまができていらっしゃいますね

浅倉 夕

さすが茜、未来の旦那の体調は
しっかりチェックしてるね!

上坂 茜

そんな大袈裟な事じゃないよー、
私は貴幸さんの事いつも見てるもん!

言った後でわたわたして顔を真っ赤にする茜……。

これもだいたいいつものパターンだ。

新崎 杏奈

先輩、もうご飯は食べられたのですか?

鏑木 貴幸

いや、昼休みになってすぐに
ここに来たから食べてないよ。
今頃雅春がパンを机の上に置いたまま、
まだ戻らないのかーと怒ってるに違いない

浅倉 夕

あはは。その光景、私も目に浮かびます

上坂 茜

それは東儀先輩がお気の毒ですね……。
一緒に食べたい所ですが、貴幸さんは
教室に戻ってご飯を食べてきてください

鏑木 貴幸

まあ、雅春の事だからそこまで
気を配る必要はないが、
そろそろ腹も減ってきた事だし、
教室に戻るとするか

浅倉 夕

もし時間が余ったらまた来てくださいね!

新崎 杏奈

大歓迎

鏑木 貴幸

分かった。それじゃ……とその前に1つだけ
聞かせてくれ。学校内で普段見かけない
人物とかいなかったか?

上坂 茜

何か不審者の方でもいらっしゃるのですか?

浅倉 夕

茜。不審者は悪党なんだから、
そんな言葉遣いしなくてもいいの!

新崎 杏奈

先輩がいない時は、私達が守るので安心

鏑木 貴幸

守るって何か武道の経験があるんだっけ?

浅倉 夕

いえ、杏奈は箸より重たい物を持った
事も無いを地で行くお嬢様なので、
それはないですね

浅倉 夕

私は護身術を少々やってたので、
何とかなるかもしれないです

鏑木 貴幸

そっか。もし俺がいない時に何かあったら、
浅倉さん、お願いできるかな?

浅倉 夕

もちろん、OKです!

鏑木 貴幸

ありがとう。それじゃ俺は教室に戻るから。
またな

3人に手を振り、教室を後にする。

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