夏美

お父さん、しっかりしてよ

劇場支配人

お前、夏美か。何しにノコノコとこの町に戻って来た?

劇場支配人

ここには幻しかないと言ったはずだ

夏美

私はここに帰ってくるためにこの町を出たの。
そして私が死んでもやりたい写真を見つけたから戻って来たの

劇場支配人

女にも女優にもなれないお前の席なんてここにはないぞ

菅原大吾

まあまあ汚いところだけどよ、とりあえず中に入って話しません?
映画館の前で立ち話もなんだしさ


スクリーン上で怒号と血潮を振りまきながら怒声と血汗を飛ばしている菅原文太とは相反して、
菅原大吾を含む二十人中半数以上の観客が居眠りをしている映画館内。


その反対側で舞台裏の控室では松田と夏美が、
カウンター受付では小暮と経華が各々の修羅場を迎えていた。

小暮忍

今何してるの?
あの女性は知り合いかい?

織原経華

あの方は川島夏美さんといって、
今度活弁リサイタルをやるのでそのお手伝いをしていたんですが、
諸事情によりそれも中止になってしまって

小暮忍

あっそう

小暮は煙草をふかしながら素っ気なく相槌を打った。

それから売店のドリンクケースを顎でさして

小暮忍

喉乾いただろう?一本好きなヤツ取っていきなよ

織原経華

もうお財布戻って来たのでちゃんとお支払いするから結構です。それくらいの持ち合わせはもうありますから

小暮忍

いいから餞別に取って置けよ。
あと今月分の給料は失礼だとは思ったが、もうその財布に手書きの給与明細と一緒に入れてある。
確認してくれ

織原経華

…ありがとうございます。
今後の就活の参考までにお聞きしたいんですけど具体的に私の何が先生にとっていけなかったんでしょうか?

小暮忍

勘違いしているようだけど君は悪くない。
ただ俺はやっぱり一人の方が向いてると思ったんだ。

小暮忍

今までの君の働きぶりにはとても感謝している。
むしろ俺みたいな大人になる事に背を向けてる大人を反面教師にして真っ直ぐな社会人になってくれることを心から願うよ

織原経華

にゃんにゃん先生はまたそうやって難しい事言う

織原経華

私は単純だから考えが浅いのかもしれないですけど、私の事嫌いになったんじゃないならどうしてクビにするんですか!何が何だかさっぱりわかりません!優しい言い方で冷たくしないで下さいよ

そう声を荒げながら経華は小暮の袖口をぎゅっと掴み続けた。

それは逢瀬の女の仕草というよりは母に駄々をこねる幼児に似ていた。

小暮はそんな無垢な手を優しく摘まんで退けながらこう言った。

小暮忍

君と一緒にいるととても大事な過去を思い出すんだ。それが嬉しくもあり同時に辛くもある。

小暮忍

俺は幸せになる資格の無い人間だから、そんな自分にすごく戸惑うんだ。許せない気持ちになる

織原経華

よくわからないけれどにゃんにゃん先生は…

織原経華

小暮忍さんは幸せになる資格は絶対あると思います。

織原経華

この町のいろんな人たちを健康にして元気にしてるんですから。

織原経華

少なくとも私はとってもとっても幸せでした。さようなら

続く

タイムス ライク ディーズ その11

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