ファンタスティックな思考をしている見た目は幼女、頭脳はダークドラゴンの首根っこをボクは掴み上げてダメだと言い聞かせた。
口を開け、見えた八重歯が鋭く尖っているのを見て、この幼子が人間ではないことを改めて認識する。
ほぉう。あれは『レールガン』というのか
そう、『超電磁砲(レールガン)』!
キソ様の人具は、それを人為的に行える、この世界でも屈指の雷使いなんだよ
褒めすぎです、サトミ。
俺はサトミが教えてくれたことしかしていません
何をいうか、キソ。
お前はそれに答えるだけの技量と力があったのだ。
本来であれば、高位魔術師も真っ青な実力だぞ。
どれ、ここは貴様を食べて我の知識に加えてやろう。では……――
ファンタスティックな思考をしている見た目は幼女、頭脳はダークドラゴンの首根っこをボクは掴み上げてダメだと言い聞かせた。
口を開け、見えた八重歯が鋭く尖っているのを見て、この幼子が人間ではないことを改めて認識する。
ここは戦を終えたシアン国の海だ。
さっきまでの曇天など嘘のように青空が広がり、黒くにごっていた雲も今は洗いたてのように真っ白。
潮の香りに包まれて、現在、賢誠は船の上。
この幼女ことダー君がかのダークドラゴンであることを王子様は知っていらっしゃったため、VIP待遇と相成り国王専用のお船でポイントまで運行中。
現在、我らが釣り姫は上機嫌で準備中だ。
ローナ様の準備中とは、まず、この前大物を逃がしたポイントまで船を自ら操縦することからの準備に含まれている。つまり、国の船を現在操縦しているのはローナ様である。
やっぱスゲェんだけど。
どうして人具が使えると分かるようになる前まであんなに自信が無かったのか謎で仕方ないんだけど。
そんな船内は当然の如く豪華。
交渉を兼ねて、現在、王子も乗船中。そして、その交渉はライト先生が対応中。
その客室に案内されたが、ダー君はふかふかの椅子には座らずキソ様に肩車してもらっている。ふかふかしすぎで、お尻が落ち着かないそうなのでキソ様の肩の上をポジショニング。
セレスティノ様が物凄くご機嫌斜め。それをダー君が笑っている様を見ると神様さえからかう度胸がおありのようだ。
キソ様がダー君を相手にしているそこへ、ボクはお邪魔していた。キソ様なりに人具の話をしたが、うまく説明しきれないので実際に人具を使った方が分かってもらえるとアドバイスする。実演してみせて、ダー君は満足した。
アカイシ。お前は何者だ?
ボクですか?
赤石賢誠です。人間で、魔術師見習いとして弟子入りしています
そんなことを聞いているのではない
本当のことしか言ってない。
どうやって答えたら正解なのか、答えに困る。
それとも、ボクは異世界トリップしてきた人間で、それはたくさんの情報が溢れかえる世界からやって来ましたの方が正解なのだろうか?
科学が進み、魔法が空想の産物でしかないと言われる世界から。
だからって今まで言ったことはない。
本当にいつもそういう質問をされるけど、ボクはただ人より変なことを考えてるだけで、一般人です
真面目に答えないと噛み殺すぞ。まず第一に『レールガン』なんて魔法は聞いたことがない
ダー君が、ぎょろりと大きい瞳を胡散臭そうに細めた。
そもそも、超電磁砲は魔法じゃない。立派な科学だ。魔法とは違う、現象そのものを利用した攻撃方法と言っても良い。
だから科学的に実証されている現象というものの動力源を魔力に切り替えて同じことが出来ないかやらせたら出来たという、ただそれだけのことだ。
まぁやらせたらキソ様とジョーカーさんが馬鹿みたいに強くなりすぎて、ボクの方が困っているという状況である。
異世界人だと言っても信用してもらえないだろうから一般人だと言い張ってみるが、やっぱり信じてもらえない。
とっても心外だ。
ボクは、ただの人間なのに。
異世界人だけど。
ボクはいつの間にか異世界に居た。
とりあえず、覚えているのは現在、ボクのトレードマークにしようとして着用している執事服。
それを着て、文化祭でメイドカフェと執事カフェを織り交ぜたような模擬店を開いていた。
ボクはスカートが嫌いだから執事服にしてもらって、数人のクラスメイトと休憩に入ったことまでは覚えている。
そうして気づいたら、テルファート王国の町中にいた。
何がどうなって、町中に居たのかは分からないが、それでも突然起きた異世界トリップに大興奮したわけで、トリップした理由は……――本当に分からないのだった。
船がポイントに到着し、ローナ様は嬉々として到着を心から喜んだ。
本当に後姿が美しいローナ様。引き締まっている腰が何ともなまめかしい曲線美を描いていた。
おぉっしゃああ!
いくわよー!!
新調した釣竿(マリア)を握って戻ってきたローナ様は釣竿を握ると……――彼女の全身に魔力が満ちる。それから、竿を軽く振った。
今、ローナさんは何をしたんですか?
うーん。肉体強化魔法を自分自身にかけたみたいなんだけど……
肉体強化魔法とは無属性魔法で、自身の身体能力を上げる魔法だ。
これは誰でも使える魔法で、うちのギルドメンバーはほとんどが使えるように必ず修練してもらう魔法でもある。
でも、釣りをするのに肉体強化をかける必要が有るだろうか。確かに体力は使うがそこまで使うことはないはずなのだが。
身体能力を上げるって……お、俺にも出来ますか?
ボクでも割かし簡単に出来たから、飛騨君もすぐ出来ると思うよ
そういうと、彼は目をキラキラさせる。
ちょっと口が開いたけど、すぐに視線をあちらへ動かしてしまう。
うん。たぶん、すぐにでも教えてほしいって言いたいところだったんだろう。
ローナ様が大物捕まえるまでは暇ですし、使い方教えておきますね。
もう、ギルドメンバーですし
い、良いんですか?
うん。
新人のギルドメンバーの会得は必須条件なんですよ。
死が付き纏うお仕事が多いですから
そうやってボクは飛騨君に使い方を教えていく。
案の定というべきか、彼は早速、簡単にやってのけてしまう。
ボクもまぁまぁ早い方だったけど、彼は教えたらすぐだ。
こういう人を、飲み込みが早いというが早すぎて羨ましいぐらいだ。
死が付き纏うお仕事が多いというか、依頼主が結構な割合で依頼内容違いをぶん投げてくるんですよ。
お金がかかるからって
でも、ギルドは割安なんですよね?
そう言ってましたけど
うん。
殆ど割安だし、分割もオッケーなんですけど、ケチりたい依頼主はケチるんですよ。
今回みたいにね
今回?
ボクら後方支援で呼ばれたけど、ほぼ前線配置にされたでしょう?
結構、お偉い方の依頼だとそういうの普通にやってくるので、マスターが金をふんだくるチャンスだと喜ぶんですよ
……喜んで、お金をふんだくるのに?
ボクらのメンバーズにはギルド内部で設定しているランクがありますよね?
じゃあ、さくっと説明していきますねー
飛騨君みたいに、加入したばかりの新人さんはこの『D』ランクになります
これは加入から二年間、いろんな人と組み経験を積んでもらう目的があっての『D』で、この間に組んだ相手から評価で二年後のランクが決まるも同然です。
この期間内に、新人さんには肉体強化魔法を会得してもらいます。
あえていうなれば、肉体強化魔法を会得してもらう期間ともいえるのです。
なので、新人期間はほぼ勝負です。
実力が有る人は、この二年の期間を満了せずに『A』ランク配置もありえます。
メンバーズランクでも下位はこの『C』。
これはまだ未熟とか、実力が足りないため一人だけの依頼はさせられない、というランクでもある。
さて、どうでも良いけどプチ情報!
貴族の方に結構多いランクなんですね。
平民でギルドに入る人は、大概、腕っ節に自信が有る人とかの方が多いのと、二年の新人期間で腕が立つようになるので、本当に滅多なことでは『C』ランクにはなりません。
最近、うちのギルドランクは一つの『ステータス』扱いされているようで、大枚叩いて上位ランクを寄越せと煩い貴族の方が多いのですよ。
実力が伴ってない人、コソコソ居るので注意してください。
それ、良いんですか?
そういうお馬鹿様は単独行動を絶対にさせませんし、しませんから。
あと、何があってもギルドに訴えないという契約書も書かせいるので何かあって文句つけてもランク剥奪で無効扱いになります。
お金は半額返しますけどね
次は、『B』。
このランクから単身での依頼がこなせるようになります。
ギルドメンバーズとしては、ここが最低ラインと言っても良いですね。
あぁ。
あくまでも、これはモンスター退治とかのお話ですよ?
畑仕事の依頼とかもありますけど、それはまた別種ですね。
誰にでも出来るレベルのお仕事は、ランクを設けていません。
お金が無いから働きたいとか、腕っ節は自信ないけど働く口がほしいとか。
まぁ、一種の人材派遣業者ですね。
小さい子供も来るので、驚くかもしれませんね。
次は、『A』。
『B』よりも実力・経験・知識など、『B』ランクの人間よりも強い人に与えられるランクです。
テルファート国王軍でちゃんと実力が有る人はこのランクに殆ど該当します。
さぁ、プチ情報のお時間でーす!
ステータス代わりにランクがほしいと仰る貴族のお馬鹿様達が一番ほしがるランクです。
強すぎず、弱すぎない、というソコソコの評価なんでしょうね。
次は『S』。
とりあえず、この『ギルド』の中でしっかりとした実力者に与えられるランクになってます。
このランクから『指名』で依頼を受けられます。
ご依頼人が『絶対、この人でお願いします!』という指定認定許可が降りたメンバーですね。
あと、外国からの応援要請を複数名でなら受けられるメンバーです。
このランクの人達になると『パーティー』と呼ばれるチームを組んでる人が多いんですよね。
この『パーティー』の人数によりますが、五人中二人が『S』ランクなら、一応、外国からの依頼を受けても良いことになっています。
まぁ、ぶっちゃけてしまいますと、『A』ランクの人と実力差はあんまりないんですけどね
なら、何で分けてるんですか?
あくまでもボクの想像なんですけど。
『有名な人を罠にかけて、亡き者にしよう』って考える人が居るんじゃないかなって思ったからなんですね。
指名ができるということは、意図的にその人だけを呼び出せる。
あるいは、そのチームだけを呼び出せることになります
なので、そういう危険も承知で指名受けます!
という人に与えられるランクになってます!
で、最高は『SS』。
ギルドでも屈指の実力者達に与えられるランクです。
実力はもちろん『S』や『A』よりも高い。
このランクは『外国からの応援要請、指名依頼を単身で受けても可能』という、ギルド内部では最高位ランクになっています。
キソ様の実力なら『SS』でも問題ないんですけどね
でも、キールさんは『S』ですよね?
キソ様はギルドの『保護対象』なんです。
そのため『一人にしてはいけない』んですよ。
『S』ランクではあるんですけど、キソ様は指名認定許可は降りてないんです
保護対象というのは、本当に『護らなくてはいけない』という対象者だ。
キソ様は『神子』という立場から、ローナ様は『一般人』……――そう、ローナ様は『一般人』なのである。
え……あれで一般人なんですか?
敵の魂引っこ抜いてるのに?
うん。
ライト先生も一般人だったけど、医者として腕が有るから勤務してた病院を辞めて正式なギルドメンバーズ入りしてる人もいる
?? 何が違うんですか?
ローナ様は本職があるんだよ。
商家のお嬢様だから、商売人なんだ。
宝石商だったんだけど、ローナ様のモンスター捕縛力が高すぎて販売物変わっちゃってるし、構える店もギルドの中になっちゃってるけど……
どっちかって言うと、ボク達ギルドがローナ様に『力を貸してください』ってお願いしてるようなものなんだよ。
ローナ様は『非』戦闘員なんだ。
ギルドの仕事は時折するけど、戦う専門じゃない。今回みたいに引っ張るのは危ないんだよね
モンスターを倒す。
モンスターを捕縛する。
これは、全然違う。
倒すのと捕縛するのでは『やり方が』何もかも違うのだ。
倒すなら対峙したりすることになるが、モンスターを捕縛する場合は罠をしかけたり遠方からの狙撃など、モンスターに接近することは本当に少ない。
虫取りするわけでもないのだから、網を握って走り回るということはしない。
特にローナ様は『後方支援専用』というべき人具の使い方をする。
遠距離戦なら実力を発揮できるが、近接になるとほぼほぼ戦えなくなってしまう。
竿を振るという作業があり、それが遠方に行く。なかなか近場の敵は捉えられないのだ。
彼女が鍛えていないとか、魔法を学んでいないとか、様々な理由もあるけれど、ローナ様はそもそも戦うためにギルドに入ったわけではない。
ほら、ローナ様ってあの人具で使い勝手が良いでしょう?
だから、狙われるんですよ
狙われる……?
誘拐、脅迫による、人具の使用を強制させられるということですね。
ほら、今は魔族から取ったけど、あれ人間からだって魂を抜けるんですよ
!?
マズいでしょう? 気に入らない奴を殺したいと思ったら、ローナ様に依頼して魂を抜いて殺してくれるだろう。
そうやって考えて押しかけてきた人間が居たのですよ。家族を人質にとって
簡単に言うと、ギルド保護対象としているのは『ローナ様の力を借りたきゃギルドを通せ』っていう口実を作るための措置なのだ。
ギルドは人身殺害の依頼は絶対に受けない。
魂を引っこ抜くのも危険ということで、人身殺害の部類として禁止にしている。
ローナ様が嫌がっているのにギルドでも通せないようなふざけた依頼をしてきたら、うちらが全勢力を持ってテメェを叩き潰すという宣言でもある。
……そういうこと、あったんですか?
うん。あの時は、ちょー焦った。敵の方、全力で叩き潰してやったけど
出来心で、人具がどう使えるのか調べ上げたことを後悔した事件だ。そして、彼女がとっても強い人だって分かった事件でもあった。
もう、うちのギルドメンバーやばい人ばっかりで、敵に回したくないですよ。
敵に回った時が恐ろしいったらないです。
だから、飛騨君も気をつけてくださいね……――
うぉっしゃあああ!
かかったぁあああ!!
何度かお魚を釣り上げていた彼女から、そんな雄たけびが上がった。
でも、ローナ様はぐるん! とボク達の方を向いて。
サトミ、助けて! やっぱり、私の力だけじゃ足りない!
えー……
どんだけ大物なんだ。
泣きそうな顔がやっぱり可愛い。もう、今日は頑張ったご褒美ですね。神様ありがとう。
一応、肉体強化で屈強な男を殴り飛ばすぐらいの力はついているはずだが、でも確かに、踏ん張りが足りずに持っていかれそうになっている。海に引き込むほどの大物か。これならエリザベス(前ローナ様の釣竿)が折れても仕方ない。
ボクも手伝うために彼女の細い腰に腕を回すという美味しいシチュエーション、と顔には出さずに下心満載で手伝いに行ったら……――そんな状況にならなかった。
彼女の浮かび上がりそうな腰を抑えて、足を踏ん張るがずりずりずり、と前へ引っ張られるのだ。慌ててボクも肉体強化魔法を展開させるが、それでもまだ足りない。
ちょ!? すっごい大物じゃないですか!?
何、引っかけたんですか!?
飛騨君! ヘルプです!
手を貸してください!! 肉体強化魔法使って!!
え? お、俺も!?
お願いですから早く!!
困ったように飛騨君も使い方が分かったばっかりの肉体強化魔法を纏ってボクの後ろに回る。
最初は戸惑っていたがボクの後ろから腕を回して尋常じゃない事態に気づき、ボクのぷにっとしている腹を締め上げる。
ちょ!?
何、引っ掛けてんですかぁああー!
大物だって言ってるじゃないぃぃ!
三人がかりでもまだ足りないんだけど!
ずっと、遠くからこちらを監視するように見ていたアジュール国の隻眼兵士、レオン・メイナードにも声をかける。
ちなみに、そこの隻眼兵士はシアン国の名家・メイナードのお坊ちゃま。
← この人!
ちなみに、ボクがこのシアンの国で初めて自力で作ったお友達なのだ!
気づいても言ってはいけない。
ボクは友達が少ない
メイナードさぁん!
お手伝いお願いしまぁああーーす!!
わ、分かった!
慌てたように、彼も飛んできて飛騨君の後ろに回るが、さっきよりもちょっと引っ張られにくくなっただけで、踏ん張ってもまだ足りない。
ちょっと! 足元、石で固定しますよ!!
そう宣言してボクは四人の足元を人具で固める……――それは、真っ赤な石だ。
血の色みたいに真っ赤である。
それで、一応引っ張られることはなくなったものの……――ボクは、異変に気づく。
こ、これは……!
ちょ!?
船の方動いちゃってんですけど!?
ローナ様! 何、引っ掛けたんですか!?
だから、大物だってばぁ!
とりあえず、ローナ様の手から離れないように、彼女の赤くなっている手と釣竿を包むように赤い石を纏わせる。
それを見届けたらしい隻眼の兵士が発する。
赤石!
その赤いの、本当にお前の人具なのか!?
サトミ! どうしたんですか!?
船が動いてるみたいですけど!?
うわぁあん!
キソ様ナイスタイミングぅ!
ん? この気配は……
相変わらずキソ様の肩の上に座り込んでいるダー君が何か呟いたが、今はそれどころではない。彼に急いで船動かしてもらうようにお願いする。それから、援軍要請。ライト先生以外のギルドメンバーを呼んでもらう。
ぐにょん、としなっている釣糸は、きらりと太陽を反射して銀の線を地平線の彼方に伸ばしているのは伺えた。というか、こんな大掛かりでも釣れないなんて、何を釣ろうとしているのだ彼女は。
よく見ると、さっきからリールがなかなか回っていない。ぎち、ぎち、と本当にちょっとずつしか巻けていないのだ。何百メートルと長い釣り糸を巻ききるなど一日がかりでも無理だ。
というか。
竿が折れないのはオリハルコン製だって知ってますけど、糸が切れないのって何でですかぁ……!
糸はアリアドネ様から頂いてきたのぉ……!
この釣竿、最強じゃないですかぁあああ!!
神様から糸貰ってくるとかボクも頭がパニックになりそうだ!
というか、神様に直接会ってきたのかこの人!?
素晴らしいほどの行動力に感涙して脚力抜けちゃいそうですよ!!
どんだけ本気なんだ、ローナ様!?
突っ込みどころが多すぎて疲労困憊だ!
当たり前よ!
もう、もんのすごい大物なんだから!
超、超、超! 大物なんだからぁ!!
面白い人間達だな
そんな、のんびりと感想を漏らすダー君にちょっと殺意が芽生えた。猛烈に可愛いロリだけどかなりムカついた。
そんなこと言ってないで手伝ってくださいよ、ダー君!
いや、あれはダークドラゴンだろ!
そんな奴に手を借りるとか……
ふん。ちっぽけだな。
竿を貸せ。我が回してやる
やだ!
私が回すのぉー!
そこへジョーカーとキール、ルームフェルもやってきて、抜けない蕪を抜こうと人が連なっているような現状を眺める。
馬鹿極まる光景も眺めていると暇だ。釣らせてやるか
ダー君は浮かびあがって釣り糸をぐいっと引っ張る。
それでリールの回りは良くなった。
しかし、それだと悔しいとおっしゃるローナ様に、ダー君が釣り竿を置いて糸の方を直接引くように助言した。
仕方ないわね、とそこは諦めたローナ様。それからは、みんなで糸を引っ張ることになった。
確かにリールで巻いていくよりも力の入る具合が違い、さっきよりも格段に釣り糸を引くことが出来るようになった。ただ肉に食い込んで痛くなるので、手袋か布はないかと大騒ぎ。手袋が支給されて、ついには船員達も釣り糸を引っ張るという大掛かりになった。
幾分か糸が引っ張りやすくなったことで、ローナは宣言する。
私、これから毎日筋トレするぅ……!
そうして、徐々に徐々に……『影』が見えてきた。
見えてきた『影』に、船員達と一緒になって、ボクは唖然とする。そして船員達は真っ先に逃げた。
ちょいぃいーー!
超、超、超大物って、こういうレベルの大物だったんですか、ローナ様!?
え!? 何が!?
何が? じゃないですよぉおおーー!
引っ張るのに夢中なローナ様はボクの下賎なる人間の問いかけに答える余裕はないとのこと。
でも、どう見たって海に見える影が蛇のように長い。
それだけではない。何か『翼』のようなものが左右に生えている。その大きさは……――ハッキリ言おう。
ボクの目視で計測しても、この船よりデカイ。この王族御用達意の船並みで全長おおよそ一キロあって三階建ての船だけどそれよりも絶対にデカイ。
それが、ついに海面から飛び出した。
蛇のように長い薄鈍色の身体は硬質な鱗にびっしり覆われて、コウモリのような両翼が伸びている。顔面は、お魚のような優しい形ではない。
ドラゴンのようにごつい、というかドラゴンみたいな強面で大口を開けた。
リヴァイアサン!?
どう見たって、海洋生物というには優しくない。海洋怪物でぴったりの中東の幻獣である。旧約聖書では七つの大罪の『嫉妬』と呼ばれるレヴィアタンとも言われている。
それは天空に向けた口からぼぉおお! と、炎を吐き出せば、その一瞬だけ空が茜色に染まった。
そして頭から海に巨大な水しぶきをぶちまけて戻っていけば、大波を船に当てる。
大きな波に、巨大船の方がぐわん、と大きく揺れて傾いた。
だって、海洋生物よ!?
釣りガールが黙ってられるわけないじゃない!
絶対魚じゃないでしょう、あれ!
どこをどう見て魚だと思ったんですか、ローナ様!?
巨大ウツボの最終形態だと思ったのよ!
ローナ様の思考回路が釣りガール最終形態だったぁぁぁあああああ!!
目をキラッキラさせて言われてボクの完敗だよ!! その綺麗で純真な眼差しにこれ以上、何も言えるわけがないじゃないですか!!
緊急配備です!
ボクが網で上げます!
ジョーカーさん、口を開けられないように凍らせてください!
殺しちゃダメですよ!
敬礼!
ちょっと、サトミ!
私の獲物よ!?
この期に及んでも、釣り姫様は釣り馬鹿発言なされるので、この場で一応、専門家であるボクから留めの一撃。
ローナ様!
あれは召喚師に違法放棄された召喚獣です!
この海域に住んでいる海洋生物ではありません!
え……――
ようやく現状に気づいてくれましたか、我れらが釣り姫!
ぱぁあん! とダイヤモンドダストを散らして、ジョーカーさんが構えたのを目視で確認。
ボクは釣り姫の獲物を横から掻っ攫うハイエナのように赤い円盤に乗って浮かび上がり、上空から暴れまくっているリヴァイアサンの全貌を目の当たりにして人具を海中で形成する。
行きます!
巨大な網でリヴァイアサンを海から掬い上げる。リヴァイアサンの上から重力に引っ張られて海水が滝のように網目から流れ落ちていく。すぐに、胴体を固定するように四角く形成。
蛇のような胴から伸びている雄雄しい両翼を根元から固定する。こうする事で羽ばたいて逃げるのを阻止できる。
口を開けようとしたその直後、びぃいん! とジョーカーの梓弓が弾けた。
リヴァイアサンは口を開けたまま凍りつく。
ぎょろり、と瞳がボクを忌々しそうに睨み上げるがリヴァイアサンの網釣りが完了した以上、こちらのものだ。
慌てたように船の縁に掴みかかった飛騨君が叫ぶ。
大丈夫!
もう、攻撃したりしない!
あ、あと! 口を凍らせてごめんなさい!
でも、殺すつもりは無いんだ! 信じてくれ!
危ないから下がって、とキソ様に連れ戻される飛騨君。
だけれど、こちらを向いていたはずのリヴァイアサンの瞳が彼の方へギョロリと動いた。
ほう、『話せる人(スピーカー)』か。珍しい
これから、君を元の場所に還したいんだ!
だから、ちょっとの間だけ時間がほしい!
お願いします!
じっと、リヴァイアサンが飛騨君を見つめる。だけれど飛騨君は渋面を作る。
あ、あの、赤石さん。
氷、外してもらえませんか? 彼の声を聞きたいんです
うん。良いけ……
ど、と言いかけたその直後。
しゅううう、とリヴァイアサンの口元からそんな音が聞こえてきた。まるで蒸気が発生しているような音……それはすぐに、白い煙となって姿を現す。
そうだ。
口を開けたままだと炎を吐き出すことが出来るのだ。氷を吹き飛ばすべく炎を吐き出す気では!?
ボクは慌てて、固定したままのリヴァイアサンを横倒しの状態から上空へと向ける。
リヴァイアサンの口から炎の塊がちょっと出て消えた。
ちょっとした爆発が上空で起きたような程度で終わる。あるいは、人間がアルコールを含ませた呼気を噴き出して炎をちょっと大袈裟に燃え上がらせた程度で終わった。
こちらに敵意があるなら、その程度の炎で済むはずは無い。
先程のように青い空を一瞬でも茜色に覆うぐらいの炎を噴射するだろう。
だからって、こっち向いてれば船に直撃して、ボクらが丸焦げになる事態だったけど。
ぐぇえ。ぐぇええ
え? 何ですか?
ぐえん。ぐえぇん
どこら辺ですか?
えぇぇ
上の方ですね。分かりました。
でも、何か分かりますか?
ぐぇぇ
そうですか。
ちょっと、見てみますね
ちょっとションモリした飛騨君が、ボクを呼ぶ。
口の中の上の方に何かが引っかかってて、それが気になるそうです。
それが有るからなのか、さっきから自由に動けなくて、引っ張られるようにこっちの方まできてしまったと……
取ってあげたいんですけど、それが何がなのかよく分かってないみたいで……
・・・・・。
ボクはオリハルコン製と神様の糸で作られた最強の、あるいは有る意味で神具とほぼ同一レベルの釣り竿を一瞥する。
ちょっと、糸をたどってみようか
アリアドネ様がミノタウロスを倒すため迷宮へ挑むテーセウス様に託した玉糸。
彼はソレを使って、無事に迷宮を抜け出した。
その糸のように迷いし我らを導いてくれるはずだ。
リヴァイアサンの赤い口の中、太陽を浴びてキラッと銀の糸が伸びていた。
ありがとうございます、セルリアン王子! ギルドのみなさん!
そんな声援が港に帰ってきたボク達に向かって放たれる。
あの巨大生物の討伐……――正確に言うと、送還だ。
どこぞのド阿呆な召喚師が召喚したけど離されてしまったリヴァイアサンを、ルームフェルの片眼鏡で契約印を見つけ、それを破壊。そうすることで、召喚契約が排除されたと言うことになり、彼らは元の世界に帰ることができるのだ。
ボク達にしてみれば『還してあげられる』の方が正しいかもしれない。
当然、遠くからでも巨大生物の姿は目撃できたわけで、ボク達が還したのを討伐してくれたと勘違いしてくれたアジュール国の市民達。
そこで、船をずっと見ていると王族の船だ、しかも王子様が乗っていると言うことで、ギルドメンバーと一緒にこの国の王子達があの海洋生物を倒してくれたと言う風に広がったみたいだった。
だが、実はそれだけではないようで。
漁師の群れが、現在、眼前に有る。
漁師の群れ、表現は間違いではない。
この海で漁師をしている皆様が、海女さんも含めてだろうけれど、ローナの前で土下座していた。
なんだこれ。
ありがとうございます、ローナ様!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
次々にローナ様の前にひれ伏す漁師達。彼女は竿を握って目をぱちくりさせる。
その内、一人が土下座のまま顔を上げた。イカツイおっちゃんだ。
あの時のお約束を果たしてくださるなんて……! この前の無礼、お許しを!
え? えっ?? な、何かあったかしら?
なんと! あの無礼を許してくださるのですか!?
いえ、ローナ様は本気で覚えていらっしゃらない時の反応です。マジ何も覚えてません。
ボクは同行していないけれど、目配せで助けを求められたので、そこはあえて言わず事情をボクは尋ねてみる。
アッシは、ここで漁師をしています。
この前、沖合いまでローナ様を乗せて船を出した者です……
あ、あらやだ!
すみません、クーゼルさんじゃないですか!
私ったら、お世話になったのは私のほうですわ!
どうやら思い出したようだ。
この前はありがとうございます、と片膝をついて頭を下げる彼女。何度近くで見ても、マジ女神なんだけど。
俺はあの時、何隻も沈めているあの怪物をローナ様に倒せるわけないと暴言を吐いてしまいました……
あら……そうだったかしら……?
たぶん、ローナ様は『ゼッテー釣り上げてやる!』としか考えていなかっただろう。
そりゃあ、覚えてないわ。
ローナ様は気にしないでください、と彼女はぐっと拳を握り締めると雄雄しく立ち上がる。
そう、この海の危機は海洋生物達の危機!
この釣りガールが黙って見ていられるわけがないのです!
翻る白いスカート、潮風に靡く黒髪。そして太陽は光臨のごとく彼女を照らす。
まさに、その姿は女神。
それから、女神のごとき麗しく神々しい笑みを浮かべ、漁師さんの手を掬い上げる。
本日、あの海洋生物はかの地へ還りました。もう大丈夫ですよ
おぉ、と漁師の群れから感極まった声が小波のように押し寄せてくる。中には泣き出す海女さんまでいる始末。
ですから、またこの海に何かありましたらギルド『アメノミナカヌシ』にご相談ください。
この私! ローナ・スタセーラが必ず助けに参ります!
ちゃっかりギルドの宣伝忘れてないところ、本当にしっかりしてる。
でもローナ様。忘れないで。
ローナ様はご指名できないメンバーですからね。
まぁ当然、依頼書という針に『シアン国・アジュールからの依頼』っていう餌が引っかかっていれば、巨大ウツボの如く喰らいつくんでしょうけれど。
漁師達の群れから『ローナ様ぁぁあああ!』と熱狂渦巻く声の嵐が吹き荒れた。
王子様に向かって声援を送っていた町人達よりも明らかに熱狂さが違う。熱さが違う。灼熱を受けたように思えてしまう。
これはもはや心酔して崇拝しているレベルだ。このままだと本気で彼女の銅像が海の近くに建立されそうだ。
漁師達を護る、海の女神として。
ボクは思う。
さすが、我れらが釣姫。
我らが釣姫 ~ 人間 VS 魔族~