人具


それは己の魂を具現化させたモノ。






武具から防具、農具、玩具まで


多種多様。





さらに魂が持つ属性で


攻撃方法は変わってくる。





人具


それは、神でいう『神具』に同じである。






神の『魂』とも『中核』ともいえる、


『神具』に同じである。






人具は、己の分身。

己の人具を使いこなせ。


それは

己を信ずること同意義である

 海に面した青の国・シアン。その王都『アジュール』は未曾有の災厄を前にしていた。


 前方より十キロメートル地点に魔族が進行中なのだ。

 その数、およそ五千体と推測されている。草原の辺りは墨を溢したように真っ黒だ。




 魔族からの攻撃は幾度もあったが、これほど大規模な進行はこれが初めてだった。





 アジュールは城の中心部に神の加護が与えられた魔宝石がこの国を守る防御壁を築いていた。しかし、国の中枢を担っている幹部の一人が魔族に操られてその宝石を盗み出し、破壊してしまった。





 基礎的な魔除けは起動しているが、その魔除けが効かないほどに強い連中はアジュールに侵入し、住まう人間達を襲っていた。




 物理的に命を奪う。

 その魔力で絶望の縁へ落とす。

 その方法は様々だった。





 破壊された魔宝石と全く同じものを、テルファート国にある仕事請負機関・ギルド『アメノミナカヌシ』のメンバーズ達が発見し、現在はこの王都を守りし神がそれを加工している真最中だった。


 それが治ればまたシアンは魔を寄せ付けない国に戻る。




 魔族にしてみれば、神の加護が弱まり、絶好の好機にして王都を攻め込む最後のチャンスだった。







 病床に伏せている国王に代わり、指揮を取るのはアジュール国第一王子。


 そして、第一王子指揮の元、最前線を任されたのは……――その要請に応じた、ギルド『アメノミナカヌシ』のメンバーズだった。

魔族、進軍中

五キロ離れた地点

ルームフェル

【ルームフェル・
    ヴァールハイト】


ランク
  ――『【S】A』

人具
  ――『片眼鏡』

属性
  ――『水』

職業
  ――『拳闘士』

 十メートルを越える大木に立ち、大群の情報を収集していた。

 前方の黒い海原の中心地に、一際目立つ暗黒色のドラゴン……――ダークドラゴンがいる。



 ドラゴンはモンスターの中でも頂点に立つ。


 基本的に攻防共に強くあり、高い知能を持っている。



 そして、ダークドラゴンは闇を溶かして固めたような黒い鱗が強固で特に防御力が高い。狂暴でありながら他のドラゴン達よりも遥かに高い知能と攻撃性を持っている。



 その理由は邪気を纏い、『闇属性の魔法が使える』ことにある。







 その両サイドを挟むように地を這うドラゴンが二体いた。腐り果てた肉を、なんとか骨にまとわりつかせているような『ドラゴンゾンビ』だ。




 アンデットの中でも最悪の攻撃力を持っており、また痛みを感じないため一度暴れれば止めるのは困難を極める死に損ない(アンデット)モンスター。



 これら二体のドラゴンゾンビは、中央のダークドラゴンが操る『死霊術』によって操っているもので間違いない。

 ルームフェルは己の人具である『片眼鏡』で見抜く。

 彼の人具である『片眼鏡』はよく見える。



 眼鏡がこの現世に作り出された理由は、視力が落ちてしまった人間の視界を矯正……――見えにくいモノを見えるようにするために生まれた。





 その『本質』が人具に現れる。


 ルームフェルの『片眼鏡』をかけると両サイドのドラゴンゾンビの肉が剥けた鼻っ柱に紫色の怪しげな光が奇妙な模様を描いているのが視えてしまっているのだ。

 彼の『片眼鏡』を通すと、世界が誇る高位魔術師であろうと見えるはずがない不可視の『刻印』も可視となる。



 見えない刻印とは丑刻参りのような『呪詛』や、魂を結びつける類の術。

 じわじわと相手を苦しめるモノは呪詛の気配が分かっても、その印は決して見ること敵わない。



 彼の『片眼鏡』は刻印が見えないタイプの呪詛さえも『視えるようにしてくれる』のだ。

ルームフェル

まぁ、こんなところだ

赤石賢誠

ありがとうございます、ルームフェル。

帰還してください

ルームフェル

残ってて良いだろう。
あのドラゴンゾンビの相手は俺の人具じゃないと出来ないだろ

赤石賢誠

ドラゴンゾンビの解呪はしません。

ダークドラゴンが操ってるの分かれば十分です。

ボクの気が変わらないうちに帰ってこないと、モフモフの刑に処します

ルームフェル

わかった。帰還する

キール

処されれば良いじゃないですか。
モフモフの刑に

キール

『キール・ソティラス』



ランク
  ――『【S】S』
    『ギルド保護対象』

人具
  ――『おはじき』

属性
  ――『雷』

職業
  ――『神子(?)』
      『配達人』
      『護送人』

ルームフェル

何か言ったか

キール

だって、好きなんですよね?
サトミのこ……――

ルームフェル

それ以上は黙れ

キール

ちゃんと想いは伝えないとダメだと思うんだよ。

諦めてもいけない。

サトミは、螺子ぶっ飛んでるから

ルームフェル

悪く言うな

 さすがに、そろそろ本気で不味いと思ったキールは、ごめんごめんと謝って、悪く言ったつもりはないとルームフェルの誤解をどうにか解く。

キール

螺子が二、三○個ぐらい飛んでるから、想いが伝わりにくいのは分かるけど。

サトミは仲間しか集めてるつもりが無いから、それより先の想いがあるなら苦しいと思うって話なんだけど

キール

やっぱり、考えてることを伝えるのって、難しいなぁ

お前は単純に言葉足らずなだけだ

セレスティノ

『セレスティノ(仮)』


種族
  ──『神』

守護対象
  ──『キール・ソティラス』

 キールの脳内に訴えかける言の葉を降らせると、その背後に身体をうっすらと透かせてた男……――セレスティノが浮かび上がる。

 その背から首へ腕を回す。

セレスティノ

あまりキールに害は加えてくれるな。
何かあれば、その魂滅するぞ 

 セレスティノは満面の笑み応答した。


 しかし、その空気は彼がルームフェルに放つ『敵意』で辺り一体は冷気が支配していた。




 すでに、一触即発の空気。

 本来であれば霊感の無い人間でさえここは嫌な予感がするという直感が働くほどの寒気が走る空気になっている。それはその場にいれば一瞬で逃げ出すという判断を選らざるおえない生命危機を覚えるほどの濃密な空気なのだ。




 それはセレスティノが持つ、神の気……――『神気』。
 魔のモノを近づけさせない聖なる気。
 その神々しさに人間なら煩悩など浄化されてひれ伏してしまう。



 常にそばにいるキールはそれに慣れてしまっており、そこまでなることはない。

 しかし、ルームフェルもまた神の放つ気に身をすくませることはなかった。

 神はとても平等だ。



 それは時として無慈悲である。



 もっと正確な表現をするならば『人間を平等に愛する』。



 一般市民も、国王も、神官も、悪人も、殺人鬼も、犯罪者でさえも平等に愛する。






 神にとって人間は平等に守るべき命だ。


 それに唯一無二は存在しない。


 すべてを助けられないことを、長い時を生きて知っているからでもある。






 そして、その平等はとても合理的だ。



 五人死んで六人助かるなら、その五人を切り捨てるて六人を助ける。


 そこに一人の善人と、二人の悪人がいたとして、その一人とその二人、どちらを助けるか秤にかけたら神は間違いなく一人の善人を切り捨てて二人の悪人を助ける。



 だからこそ、キールのように神に気に入られることはそうそう無い。


 神からの加護をその一身に受ける彼女は、まさに神の愛し子と呼ばれても過言ではない。







 神が与える恩恵は暴力的なほど人間達に差別的な恩恵を授けてしまう。人間界の常識と、神界の常識が全く異なるということでもある。


 お小遣いほしい? それならと百万をぽいっと出す。

 べつにそれが変なことだとは思わない。簡単に言えば、それが普通なのである。



 基本が平等愛なのだから当然でもある。
 気に入った子を思いっきり甘やかしてこそ平等にはならないと思っている。


 それが神には『普通』なのだ。



 それで寵愛された人間が堕落していっても神様は死ぬまで面倒を見てくれる。大事なのでもう一度繰り返すが気に入った子を思いっきり甘やかしてこそ平等にはならないと思っているからである。




 本当に質が悪い。




 そして、神からの暴言は本気である時が多い。

 つまり、たった今、セレスティノから吐き出された暴言は本気でルームフェルに向けられた、まさに、冗談抜きで一触即発である。

キール

大丈夫だよ、セレノ。
ルームフェルさんは悪い人じゃないんだから

セレスティノ

悪人だろうと善人だろうと関係ない。まして、子供でさえもお前に手を出す者は愚か者なのだ。

私のお前に手を出す輩は私が許さない。ただそれだけのことだ

 笑顔でそんなことを言ったセレスティノに、キールは頼りになるなぁ、と笑い返す。

 その内容が激しく穏やかではないことに彼は微塵も違和感を抱いていない。




 そのすぐ側に立て掛けてあった板を持ち上げる。


 白く塗られた部分の中心部には魔法陣が描かれているものだ。それをキールは両手で持ち上げる。

キール

……

 キールが意識を集中させた。

 彼の魔力が散らばって、強く光り輝いた。



 それは一粒一粒が自ら光を放つ星のように、木が群生している風景に強い光を点在した。それはさながら、夜空に瞬く星のごとく。

 この空間に燃え尽きずに落ちてきたかのような、あるいは自分達が星の瞬く海原に立っているかのような視覚に覆われる。


 その一粒一粒が発光し、景色の色を白く奪い取る。
 それに照らされて、自分達もたちまち四方八方、斜め上下から全身を好き勝手に照らされ、暖かく光を包む。



 彼の属性は、本来なら『黄色』をした雷だ。

 だが、彼の持つ魂がほとんど『白』に近い魔力を生み出し、白く輝いているのだ。



 だから彼の人具である『おはじき』は白い小さな光を放つ星のように見える。



 ぱぱぱん、と軽く弾ける音。
 それは人具の出現が完了して魔力が弾ける音。

 今まで星のように輝いていた白い魔力は、あたりに放電して中から透き通ったガラス細工が姿を現す。


 しかし僅かな陽の光を浴びて反射している『おはじき』はその姿を白く染めていた。


 その白光に神々しく照らされる彼は、誰もが神の愛し子と頷ける魔力の持ち主だ。
 

 今まで散らばっていたおはじき達は、キールが手を払うと細い隙間を開けて二列に並んだ。その配列で、もう一組の直線が大きく間を空けて横に並び、アジュールのある方角へ整列していく。


 それはさながら、空に架ける虹のごとく、汽車が走るレールとよく似せて設置されていた。




 似ている、という表現は正しくないかもしれない。これは、キールの人具で作る『線路』なのだ。

キール

ルームフェルさん、板の上に乗ってください

 先に乗っかったキールの後ろ、その背を預けるようにルームフェルは片膝を立てて彼に背を向けた。



 その板の裏側にもおはじきを貼りつける。右側と、左がに縦一直線、ビッチリと。つまり、二本の直線となって置いてある。



 それから、板はふわりと浮かび上がると、先程、空へかけた線路へ。

キール

振り落とされそうになったら、言ってくださいね。減速しますから

ルームフェル

要らない世話だ。落とされても文句は言わない

 板の裏に貼りついたおはじきが、空に設置されたおはじき線路のちょうど隙間にはまれば、板は線路の上をゆっくり動き出した。


 それから徐々に加速していく。ずっと先には、おはじきで出来た、星の輝きを放つ線路。風景が両側から後ろへ流れるように去っていった。




 木々の隙間を抜けて、瞬く間に暗雲立ち込めている空の下へと抜ける。




 この使い方を教えてくれたサトミ曰く『電車』という乗り物の類いと同じなのだという。板に貼り付いている『おはじき』が線路の『おはじき』に『弾かれて』前進しているのだ。




 汽車と違い、大量の電力を消費して動く乗り物があるという。それとほとんど同じ原理らしい。ド田舎者であるキールは、汽車という乗り物をサトミと共に外の世界を出てから知った。それよりも上の魔法の乗り物は、キールも実物を見たことはない。


 この国にはないらしい。でも、サトミが元々住んでいた国にはあって、それは誰にも話さないでほしいとのことだった。






 使い方なんて全くわからなかった『おはじき』。
 その本質が『弾く』ことにある。
 昔、『弾いて遊ぶ遊び道具』だからに他ならない。
 サトミはそう言って、この使い方を教えてくれた。



 キールがその気になれば時速は二百を越えるが、それはまた専用の『乗物道具』が必要となる。今回の乗物道具は『板』で、風を遮るものがない。あんまりにも早いと受ける風圧が大きすぎて受けて落ちてしまう。この『板』では時速四○キロが限度……にされている。



 初めて、『電磁力』というモノを使った時は、何度も急ブレーキをかけてしまい、乗っている自分が勢いに負けて吹っ飛ばされたものだ。



 スタートは良いが、ゴールの時は特に注意しないといけない。

 サトミの話では『カンセイの法則』という小難しい現象の理由があるから吹っ飛ぶという。だから、スタートとゴールは必ず減速しないといけない。

 髪が風に煽られて踊る。


 暗雲が一層濃くなる空の下、流星が低空を駆け抜けていった。

魔族、進軍中

十キロ離れた地点

 今日は、ギルドメンバーの中でも特に上位の人間がこの魔族進行の阻止に駆り出されるから、ギルドメンバーズ入りしたばかりの飛騨零璽はサトミのご使命の元、メンバーの紹介を兼ねて一国が滅ぶかもしれないような大事件へ連れ出された。



 話を聞いた時、そんな重要な依頼に自分なんかが行って何が出来るのかとも思ったが、サトミからは本当に『見てるだけでオッケーなのです☆』と、かなり軽い調子でこんな戦々恐々としている場所へ連れて来られてしまった。




 だが、問題はそれだけではない。


 一応、後方支援とはいえ前線の場所……――そんな緊張感溢れる場所に、緊張感ゼロのような人が目の前にいる。



 親指で押し上げたゴーグルから現れたのは少し垂れた女性の目元だった。穏やかで淑やかそうな彼女はどこからどう見てもお嬢様のような雰囲気を醸し出していたが、その目は怒りを爛々と秘めて、眼前の黒い集団を憎らしげに睨み付けた。

ローナ

せっかく、大物を釣りに行くために五ヶ月かけて準備してきたのに!!

マリア(釣り竿の名前)だってこの日のために最高級の素材集めて最高の技師と使い心地を追求に追求をして、最高の使い心地になる釣り竿を作ってもらったのよ!? よりによって、何で今日なのよ!!

私がアジュールに来た理由はこんな連中のお片付けするためじゃないの!!

 それなのに! と彼女は今までの苦労と同等の怨嗟を撒き散らしながら地団駄踏んだ。


 釣りに出掛けるというわりに、その格好は寝起きと分かる寝巻き姿だった。しかも可愛らしいクマ柄の。



 長い髪が寝起きのせいでボサボサだ。

ローナ

【ローナ・スタセーラ】



ランク
  ――『A』
    『ギルド保護対象』

人具
  ――『釣竿』

属性
  ――『水』

職業
  ――『侯爵・スタセーラ家
     の次期当主』

ローナ

何で魔族共は今日に限って来たのかしら……私が非番と知っての狼藉かしら……?

釣りガールの人生の楽しみにである釣りを邪魔するなんて無粋な真似をしてくれたことを後悔させてくれる……!

 釣りガール、とはサトミがローナに与えたあだ名というか、異名というか、そういうものだ。釣りが好きな女性に与えられる呼び名だ。零璽は少なくとも、ローナをそう紹介された。

 しかし、通信魔道具に恨み辛みを吐き捨てたローナの隣で思う。

飛騨零璽

言葉の使い方、間違ってる

飛騨零璽

【飛騨零璽】



ランク
  ――『D』

人具
  ――『お面』

属性
  ――『召喚』

職業
  ――『ギルド新入り』

 狼藉という言葉の使い方は本来、高尚な存在である者が失礼をされた時、自分より地位の低い者に対して無礼を詫びろと言うための言葉だのはずだ。


 この使い方では、彼女のお仕事が休みの日がとても貴重で高尚なモノ、という表現として使われてしまう。そんな休みの日に呼び出して使うとは何事だ、という、ちょっと自分勝手さが滲んでいる言葉とも言える。




 確かに、休みなんだから休ませろという気持ちは分からなくもないが、一つの国の危機が迫っていると分かっていても、あんまりにも自分勝手じゃないだろうか、と思う。


 あと、言葉の使い方を間違えていると教えた方がいいんじゃないか。そう思った。




 だが、これから『思う』だけで済まそう、という気を起こしてしまうような会話が始まって、そんな現実がやってくることを、まだ零璽は知らない。

ローナ

どの国もそうだけど、入国するのにビザ高いんだから! 滞在費用だってメッチャかかるんだから!

赤石賢誠

えー……でも、ローナさん、ボクと違ってお金掃いて捨てるぐらいメッチャありますよね?

ローナ

無いわよ、サトミ!

全額、私の夢を叶えるために使っているんだから!

そう、この世界の海洋生物を全て釣り上げるために費やしてるの!

 いくらあっても足りないのよ、とローナは通信機の先に怒鳴られたサトミは、ごめんなさいと謝罪した。



 今回もリーダーとして立っているはずのサトミは、タジタジなご様子だ。




 だけれど、その夢を語る彼女の目は綺麗に輝いている。



 こんなに目を輝かせて語る人を零璽は知っている。



 汐乃を旅立つドラゴンの空挺で、零璽の人具の使い道についてあらかた語った時のサトミだ。話している時の彼女の目が綺麗だと思いながら聞いていた。







 ローナの夢は、途方もない。


 世界中の海洋生物を釣り上げ、それを『ずかん』という魚の種類が絵でいっぱい描かれた本を作ると言うのだ。


 その目的を達成するため、まずは隣国であるシアン。その中でも海が近いアジュールに仕事が無い日は通いつめていた。

ローナ

そこで、すっごい大物に会ったのよ!!

 シアンでも恐ろしい海洋生物と船乗りに恐れられているらしいのだが、それが釣竿に引っ掛かったらしい。ローナが愛用していた細くしなやかな『エリザベス(釣り竿の名前)』は折られて敗退。




 しかし、大物とあって釣りガール魂が鎮火するわけもなく、今回は魔道具職人と最高の釣り竿を作るべく材料を自分で調達し、作って貰った。



 今回は『エリザベス(釣り竿の名前)』の無念を晴らすべく、新しい相棒である『マリア(釣り竿の名前)』を伴った再戦日だった。そんな時の応援要請だったわけで、釣りガール様は酷くご立腹ということだ。

ローナ

私のフィッシングタイムを邪魔をしたこと後悔させてやる!!

 彼女は恨み辛みをその瞳に爛々と輝かせて、眼前の魔族軍に怯む様子もなく睨み付けた。

飛騨零璽

……ローナさんの人具って、釣竿ですよね?

それなら、わざわざ道具を作らなくても、人具の方で釣れば良いんじゃないですか?

ローナ

甘いわね、少年

 すると、怒り猛っていたはずのローナは得意気にふふん、と鼻で笑った。

ローナ

確かに、私の人具『ローズ』であれば大物なんて一発で釣り上げことが出来るわ

飛騨零璽

すごい自信……

 ついでに、人具の釣竿は、自分の名前の一部を変えて『ローズ』と名付けているのという小噺を挟んでもらう。

 所以も釣り揚げる様が可憐なバラのようだから、というがよく分からない。

ローナ

でも、それではダメなのよ!

海洋生物達は常に死と隣り合わせ。彼らは常に生存をかけ、生きるために本気で挑んでる彼らに私達人間は経験から産み出される直感で勝負する、いわば一騎討ち!

確かに、私達の方が釣り上げることの方がずっと多いわ。でも、釣竿が折れる、釣り餌だけが取られるというハプニングもあってこそfishing!!

彼らはこの世の理の中で生きているのに、
この私だけが絶対に釣れる己の人具で挑むなんて
彼らの命を馬鹿にしていると同義だわ



正々堂々と勝負するためにも
私は私自身であり誇りでも有るローズで
彼らを釣ることは絶対にしない!

ローナ

それでこそ釣りガール!

フィッシングに命を、人生を捧ぐ人間としての宿命なのよ!!

 彼女は、そう力説する。

 夢を語り、それを追い求める人……――。

ローナ

ねぇ、サトミ。
もう釣って良いかしら。

釣り名人様や漁師様ならまだしも、何でこの国の第一王子ごときの言うことなんざ聞かなきゃいけないのよ

時間の無駄だわ

赤石賢誠

やっばぁーい。チョー怒ってるぅー

赤石賢誠

【赤石賢誠】


ランク
  ――『【S】SS』

人具
  ――『赤い石』

属性
  ――『土』

職業
  ――『魔術師見習い』

ライト

怒ってるな、スタセーラ

赤石賢誠

今日、リベンジするんだって、気合入れてましたからねぇー……

 賢誠は通話口を塞いで聞こえないようにライトの呟きに応じた。

 赤石は銀縁眼鏡の男性に向かって首を縦に振って、困ったように笑いかけた。

ライト

【ライト・ネスター】

ランク
   ――『【S】SS』
人具
   ――『トマト』
属性
   ――『水』
職業
   ――『外科医』

ジョーカー

【ジョーカー】


ランク
   ――『【S】SS』
人具
   ――『梓弓』
属性
   ――『氷』
職業
   ――『ギルドメンバー』
     『吟遊詩人』

守護神
   ――『死の神(男)』
     『死の神(女)』

 本当なら非番である彼女に応援要請はしたくないところだった。


 今日のために、ローナが働き詰めだったのを賢誠は知っている。

 彼女の素材集めも手伝いに行ったぐらいだし、会った当初のローナを見たら誰もが別人だと疑うほど性格が明るく猛烈に過激な釣人魂を見せるハッスル娘を育て上げて見守ってきた本人なのだ。





 そもそも彼女の海洋生物の図鑑を作るという夢を与えたのも、賢誠の呟きからだった。


 そんなに釣りが好きなら釣りでお金を稼げるようになれば良いよね。魚の図鑑とか作ってみたらどうだろうか。もしくは、この魚を釣るためのテクニックや、釣れる時期を計測する、とパラパラ言ってみたら、ローナはそれは楽しそうだと大層、喜んでくれたのだ。




 でも、マスターがローナを使えというからには仕方ない。



 別に報酬を出すことにはしているが、やっぱり、今日のために長期間の休みをもぎ取った彼女のためにも……正直、戦い慣れなどしていないであろう第一王子の命令なんか待っていたくない。



 とっとと終わらせてしまいたいところだ。



 第一、王子一匹と美女ローナ様を天秤にかけたら賢誠の中でローナ様の方が大事だからである。

それに
『最前線を任された』のだ。



そう
魔族軍進行の
『最前線』

王子。さすがのご采配です

セルリアン

奴らには時間を稼いでもらう。
シアンが神の魔宝石の加工が済むまでの時間稼ぎをしてくれれば十分だ

 シアン国王都『アジュール』王子は冷めた目で前線に立たせた異国の何でも屋・ギルド『アメノミナカヌシ』のメンバーズであるリーダーの小娘を見下ろす。


 といっても、それはアジュールの宮廷魔術師が彼らの様子を透視魔法で送ってくれている映像だ。紫色の布地の台座に腰を下ろしている大型の水晶玉が四つほど設置されており、その水晶玉から映像が映し出されているのだ。




 特に、リーダー格の女は間抜けな顔をしている。それと、もう一つの画面には、パジャマ姿の女性も居るが……正直、ふざけているのかと思う。



 この『アジュール』という国の危機が迫っている状況で、どこかの家に仕えている執事らしい小娘と、寝起きらしい女も前線のメンバーになど。どう見たって鍛えられた騎士のようには見えない。




 それにあの執事姿の女がリーダーで、その傍にいるのは頭こそ良さそうだが医者の出で立ちだ。参謀ぐらいは出来そうだが、もう一つは愉快な顔をした道化師だ。

 少数精鋭にもほどがある。





 派遣された人数はたった六人なのに、それでも後方支援という名目でも一千万も要求されたのだ。




 加えて、研修もかねて一人、新人が居る。そのため割り引いても一千万だと抜かす。

 コレにはもちろん、魔宝石捜索依頼料金は含まれていない……――。

大丈夫でしょうか。
報酬金はあんまりにも高すぎます。

この金額を搾り出すのは……

 王子は映し出されている七人の姿を見下ろす。



 その中でも、護送人としてアジュールでも呼んだことのある銀髪の男を一瞥した。




 彼とは話したことも有るし、何度も護送を依頼したことも有るが、のほほんとしてて常識知らずな上に頭は悪い。


 天然でどこかポケーっとしている。守護神が居ると聞いているが、王子自身は見たことが無かった。

セルリアン

彼らが一人でも死ねば依頼料金は要らないと言っている。

それに、あれだけの軍隊に七人ごとき相手できるわけが無い

一人ぐらい、死ぬだろう

 一応、ローナには待機を言い渡し、通話をギルドマスターであるカロンへ繋いだところだ。

赤石賢誠

つーことで、最前線でーす

カロン

おや。

私は戦闘の補助として要請を受理しましたが、後方支援で後ろにほとんど引っ込んでいるはずが、むしろ前で殺れと。

つまり、私達に魔族軍の戦い方を見るためのデモンストレーションをしろと

赤石賢誠

そーぉでしょうよ。
王女様の命令なら喜んでやったんだけどなぁ

あのイケメ王子じゃなぁ。
クッソやる気でない

カロン

Ms.サトミ。近くに彼らは居るんですか?

赤石賢誠

いえ、居ません。
もう前線配置されてまーす

カロン

なるほど。
もう、完全に餌になれということですね。

依頼内容違いです。
前線配置はもっと高額だというのに

赤石賢誠

えぇ、そのためのご連絡デース

カロン

Ms。今は指示待ちですか?

赤石賢誠

いえす! ますたー!

カロン

では、Ms。そろそろ時間稼ぎを頼むなんて指示入るでしょう。問題は時間です

 ギルド『天之御中主』のマスターは告げる。

カロン

圧倒的スピードで完了させなさい。

刻限は『神が魔宝石を完成させる前』です

 それから様々な忠告を受けて、賢誠は通信を切る。
 そして最近、新しく突っ込まれた機能。全員へと通信を繋げる。

赤石賢誠

まずは、キソ様。
ルームフェルいる?

キール

いないよ。
今、待機中の騎士団長のところに収集した情報を届けに行ってもらってます

 賢誠は良かった、と呟いて改めて連絡を取る。


 本当であれば、キールもルームフェルと共に後方支援待機の予定だったが、配置場所を鑑みて前線で死ねと言われている以上、作戦変更は必須だ。



 ルームフェルをその場に置いて、キールは賢誠の元へ来るように指示。ルームフェルには知られないように、あるいは気づかれても置いてくるように、としっかり言っておく。

赤石賢誠

ジョーカーさん。
すみませんが、先発変更お願いします

ジョーカー

コクン

赤石賢誠

あ、無茶はしちゃダメですよ?

ジョーカー

コクン

赤石賢誠

本当に分かってます?
『俺が全部凍らせれば良いじゃん』とか思ってたらぶん殴りますよ

ジョーカー

ブルブル

 首を左右に振ってくれたので良しとする。たぶん『そんなことは思ってない』という意味で首を左右に振ったのだ。



 彼は、喋ってくれない。

 見た目も道化師の格好だが、これは全身が防護魔法を常時展開させている特殊な洋服なのだ。

 全身タイツにするわけにもいかないので、なぜかこのピエロのデザインにしてやると彼はとっても喜んだ。

キール

サトミ! サトミ!
今、到着しました!

 賢誠の頭から降ってきたキールの声に、顔を上げる。



 乗っているのは板ではなく、風の抵抗を受け流す先端を細く丸くさせた形の鋼鉄製。全体は銀色の塗装だ。デザインは賢誠が担当した。賢誠が召喚される前の日本で作られた『車』に似せてデザインした。



 こ大人数用をこっちに来る前に持ってくるように指示していたものだ。




 側面のドアと天蓋がスライド式で開くようになっている。攻撃時はそこから身を乗り出すことになる。中はキール専用の運転席、その隣にの助手席、それから後部座席が三人乗れるようになっている。

 サイズ的には、軽ワゴンぐらいの大きさだ。








 ちょうどそこへ、シアン国の宮廷魔術師が到着し、こう告げる。

少しの間で良いから、時間を稼いでくれ。我が国の神が、魔宝石を完成させるまでの数時間だ

赤石賢誠

え。一時間以上もかかるんですか?
すみません。王子に繋げてもらえます?

ボクからも伝言有るんですよ

言伝預かろう

赤石賢誠

いえ、今すぐに行きたいので、さっきからつけてる透視魔法から直接繋いでくれません?

声は聞こえてないんでしょうけど、ボク達のこと監視してましたよね?

……

 魔術師が国の中で自分達のことを監視していたであろう王子へと繋いでもらう。




 すぐに、監視用の鳥獣……梟が飛んできてその魔術師の肩にとまった。

赤石賢誠

セルリアン王子、聞こえますか? ギルド『アメノミナカヌシ』の赤石賢誠です。

今の配置、どう考えても前線なんですけど、依頼内容は後方支援と伺っていますが、それに間違いはありませんか?

あぁ。倒してほしいとは思っていない。

あくまでも時間を稼いでほしいだけだ。

我が国の神が、護りを再び固めるその礎を築くまでの辛抱だ

 鳥の体から発っせられた声は、間違いなくシアン国の王子のものだった。

カロン

そうですか、シアン国王子

 通信機の先で、カロンがそう呟く。

カロン

では、その礎が出来上がる前に片付けてしまった場合のお話をさせていただきましょうか

 あとはカロンのお仕事なので、賢誠は通信機を魔術師に預けて『車』へと飛び乗った。横側のスライドドアを開けて、賢誠は椅子に飛びつく。心地好く沈む椅子に身体を預けて、幸せ、と一言。


 その隣にライトが乗り込んで、運転席にはキール、助手席にはジョーカー。派手に立っている帽子がちょっと狭そうだ。

ライト

悪い人じゃないんだけどな、あの人

赤石賢誠

いえ、イケメンと言う点で十分悪人です

ライト

そうなるとイケメンの部類は全員悪人になるだろ

赤石賢誠

そんなことはありません。
先生も、ルームフェルも、キソ様もジョーカーさんも、飛騨君も、みんなイケメンですが悪人ではありません

ジョーカー

ペコリ

 おはじきの線路が空にかかって発進。魔族の進軍が目視でも確認できる位置にライトと賢誠を下ろすと、すぐに『車』は上空へ戻る。

 上空に戻って、止まる。
 作戦準備が整った。

 ライトに預けてあったもう一つの通信魔道具で、みんなに繋げる。

赤石賢誠

みなさん、準備は良いですか?

ローナ

もちろんよ!

ローナは勇ましく。

キール

大丈夫です!

キールが元気よく。

ジョーカー

コクリ

ジョーカーは大きく頷いて。

ライト

いつでも良い

 そう呟いて、隣のライトは静かに頷いた。



 賢誠は黄色い宝石の通信魔具の前で少し多めに空気を吸い上げる。

赤石賢誠

では、作戦開始です!

 邪気にまみれた空気が白銀の髪をサラサラと撫でた。ダークドラゴンの頭の上に、男が立っている。




 その魔族の名はバルゼル。今回の魔族軍を率いている悪魔だった。




 あの国の神の護りが戻りつつある。

バルゼル

来たか

 そろそろ仕掛けてくるだろうと思っていたバルゼルは、案の定だと笑う。



 ようやく国の護りを落としたのに、なかなかシツコイ人間達ばかりでここまで挽回されてしまった。




 ただ自身の力を振るい、そこから大量の悲痛と憎悪が産み出されていく光景を見下ろしたいだけだったのに、まさかダークドラゴンまで呼び寄せることになるとは思ってもいなかった。



 前方に、魂が四つ。


 地面と、上空に二つ。どれも上等で旨そうな魂達だ……――そこでバルゼルは気づいた。

バルゼル

神……?

 神の気配がある。


 なるほど。とんだ隠し玉がいたものだ、とバルゼルは顎をさする。

あぁ、間違いない。
火の神の類いと、死の神だ。

まぁ、死の神は放っておいても良いだろう。

あの神は、おそらく今回死ぬ人間達の魂を狩りに来たんだろう

 ダークドラゴンも気づき、肯定する。
 ドラゴンは口を動かさない。
 知能の高いドラゴンは魔法を使う。口を動かさずとも直接、頭に叩き込んでくる。そもそもドラゴンの声帯では言語を喋ることに向いていないのだ。

だが、あの地の守神ではない。

まさか他の地から応援の神を連れてくるとは……守神には加護の付与に専念させて、これを最終戦にするつもりなのだろう。

バルゼル

準備万端ということか

神が一柱だけとは笑わせる。
我を相手にするならば、あと四柱は必要だが……――遠方に、聖人がいるな

そうだな。
神の代用品だろう。

だが、前線は氷に、土……――守護神付きはたぶん、雷だ

バルゼル

もう一匹は水。大方、守護神つきの奴にほとんど任せる形になるだろう

後は雑魚と言うお決まりのパターンだな。つまらない

バルゼル

だが、氷の奴には気をつけろ。例の『音魔法』の使い手だ。


名は『ジョーカー』という見た目こそピエロの格好をした愉快な奴だ。



だがアイツの攻撃範囲はひたすら広い。一秒で三百メートル範囲を一瞬にして氷らせる。

音が大きければ大きいほど、その氷結範囲は広がる。まぁ、広範囲攻撃する場合は発動地点から遠いと霜がかかる程度になる。

だが、その分、中心地点は骨まで凍るぞ。しかし無差別級だからアイツは必ず単独で戦う。制御は出来ていないのだろう

 謎に包まれている男なのだ、あのピエロは。
 あれには、対峙しなければ絶対に理解できない。
 奴の攻撃力はバルゼルの想像力を遥かに越えている。




 常に斜め上。


 常に非常識。


 それは、奇想天外と呼ばれる。





 ほぉう、とダークドラゴンは興味深そうに金色の目を細めた。

……そいつを丸ごと食して『音魔法』とやらに関しての情報は手に入れよう

 ダークドラゴンはペロリと真っ赤な舌で口をなめた。



 血には記憶が宿る。その血を食して知識を得ようとするその貪欲さには恐れ入る。ドラゴンの類いはどいつもこいつも、知らないものがあれば知りたいという知りたがりばかりで扱いで困る。だが、今回はそれがこのダークドラゴンの協力を得られる理由になった。




 視界の先で、守護神つきの雷魔法が動き出した。


 曇天の下をゆっくりと、こちらに接近してくる。
 あまりスピードは早くない。
 これなら人間でそこそこ強い魔術師が飛行魔法を使った方がずっと早い。



 目を凝らして見る。
 あの鉄箱は雷属性の魂が入っている箱で間違いない。そしてジョーカーも入っているのが感じられる。



 こちらはバルゼルの全兵力を挙げての大戦争。
 ジョーカーとて、この数を見てそれぐらいわかっているはずだ。



 だから奥には国の兵士と思われる魂たち(雑魚)も群れをなしている。





 他の神の援助もある。加護が戻れば、守り神も戦場へ来るはずだ。


 何を考えている……――バルゼルは思惑を読んで、小さく笑う。

バルゼル

全軍! あの鉄箱に注目せよ!

ジョーカーが先制攻撃を仕掛けてくる!

ダークドラゴン、弓の動作に注目し、攻撃の直前に全軍の上に防御魔法を展開せよ!

皆のものも『音』に気を付けよ!
強襲部隊は手筈通りに行け!

 その言葉をまるで待っていたかのようなタイミングでトオルが箱の中から上半身を出した。あの藍色の弓を構える。


 上からの音魔法攻撃。今のところ、防ぐ手段は防御魔法を張ることしかない。だが、弦を引いて弾くまでには必ず隙が生まれる。



 引っ張らないと弦は弾けない。弦が弾けなければ音が出ない。つまり、攻撃ができない。すでにその隙をつけと強襲部隊には周知させている。






 『音』がしたら自身に魔法防壁を張って一気に詰めろ、と。


 鉄箱の天井から、ムカつくほど満面の笑みを浮かべているピエロが上半身を晒した瞬間、キリキリと引いていた弦を弾いてしまった。


 それは自分達と向き合うように真正面へ。どう見ても先制を打たれた。




 ダークドラゴンの防御魔法は少し遅れて兵士達の上に展開される。ぐわん、と紫色の光を放つ複雑な魔法陣が展開されたその直後、ジョーカーは弦を弾いた。二回、三回と弦を弾くと、続いて左にも目一杯引いた弦を三回弾いた。

バルゼル

音が、しない……――?

 バルゼルは疑問符を浮かべた。



 弦を弾いたのに、その音が全くしないのだ。



 音がそれほど小さいのか?

 魔宝石奪取のためにあのピエロとは何戦か交えているバルゼルにはそうとは思えない。




 弦を引く強さで音の大きさが変わる。弦を引けば、無条件で音魔法が発動するのは承知だ。


 狙いをバルゼルに定めたように、弓が壊れんばかりに引いた……――その途端だった。

 凍った。



 片側の、ドラゴンゾンビの顔の一部が。後に続いて、胴と翼がとろけた肉に氷の花を咲かす。

 驚くまもなく、もう片方も顔の一部が凍った。そちらは顔全体を氷が覆った。



 理解不能という文字が脳裏を駆けた。


 音がしない。音がしないのに凍った?


 まさか、伏兵がすぐ近くに居たのか?





 いや、それならバルゼルが気づかなくてもダークドラゴンの方が気づいて助言しただろう。


 しかし、ダークドラゴンの方は『音がしないが?』と疑問符を浮かべている。





 それに、氷魔法を展開したとしても一部だけを凍らせるような凍り方は今までしたことはなかった。足元から発生源からじわじわと全体を凍らせていく、もしくは一気に辺りを凍らせるのが氷魔法の形態だ。





 しかし、ドラゴンゾンビの凍り方は明らかに不規則だ。好きなところから凍てつき咲いて、それ以上へと広がってはいない。

ピエロの魔力は走っていた。
魔力が当たったところから凍ったぞ

バルゼル

そうなのか!?

 ダークドラゴンは面白い、と笑った。戦慄を呼ぶ狂喜の混じった邪気と魔力が湯水のごとく、その黒い巨体から一気に沸き出した。




 音が出ない音魔法?
 それとも、別の……――。







 そんな思考が時間の無駄でしかなかった。


ジョーカー

・・・・・。


 状況をまとめきる前にあのピエロがを目視した。



 弦をギリギリまで引いた状態で。



 その姿をバルゼルは目で追いかけ、顔を天へ上向けていた。






 まるで星の上から天罰を下さんとする神のように、ジョーカーはバルゼルの頭上を越えると弦を弾いた。

 ビィイイイン!

 バルゼルは『音』を聞く。



 弦を弾く、あの『音』を。



 幾度となく魂を交えた戦場で聞いてきた中で、初めて聞く『高音』だった。

バルゼル

なぜ……――

ぴき、

  ぴきぴき、

     ぴき。

 疑問を全て口にする前に、その全身は冷徹な青は顔を一瞬で多い尽くし、肩から全身をねぶるように、氷塊が覆っていった。 

我らが釣姫 ~人間 VS 魔族~(前)

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