緋瀬 未来

悠十くん!!

スタジアムに緋瀬の声が響く。


なぜ緋瀬がここに。
みんなと一緒に逃げたはずじゃなかったのか。


蘇芳が顔を緋瀬の方に向けた。

そして、遠くに見える緋瀬が蘇芳の異形な姿を見て小さく悲鳴をあげる。

緒多 悠十

緋瀬!
来ちゃダメだ!
逃げろ!

緋瀬 未来

で、でも悠十くんが!

緒多 悠十

オレはいいから!
早く逃げろ!

オレは声を張り上げて怒鳴ったが、緋瀬は足が震えて動かなくなっている。


そして後ずさり、へなへなと座り込んだ。

『蘇芳はオレから緋瀬の方へ向き直ると、剣を構えて走り出した。動けない緋瀬の胸を剣が灼き貫く』

緒多 悠十

やめろおおおおおおおおおお!

右眼に映った凄惨な映像にオレは絶叫しながら、緋瀬の方に振り返ろうとした蘇芳に向かって刀を槍投げの要領で投げ込む。


蘇芳が剣でそれを防ぐために立ち止まった隙に緋瀬の側まで駆け寄った。

緒多 悠十

なんでみんなと一緒に逃げなかったんだよ!?

緋瀬 未来

だ、だって、ゆ、悠十くんが……残ったまま、だ、だったから……

怯えた様子で答える緋瀬を何とか立たせる。

緒多 悠十

いいか?
オレが合図したら執行システムを起動して出口に駆け込め。分かったな?

緋瀬 未来

嫌!嫌だよ!
私、悠十くんに謝らなきゃいけない事が……!

緋瀬が謝らなきゃいけないことなんて、一つもない。

むしろ、オレにこそ謝らなきゃいけないことがある。

なれば、オレは生きなくてはいけないし、彼女に怪我をさせるわけにもいかない。


だから。


嘘を吐いたオレだけれど。
偽物のようなオレだけれど。


そう思う気持ちだけは、本当だ。


オレは緋瀬のことを何も知らない。
だけど、それでも、だからこそ。

緋瀬ともっと一緒にいたい。
もっと色々話したい。

それが自身の寂しさを埋めるための姑息な手段だったとしても、それが、オレの本当の気持ちなのだから。

緒多 悠十

信じろよ。

緋瀬 未来

え……?

オレは緋瀬を支えたまま、緋瀬の顔を見ずに言った。


それでも彼女の瞳が涙で濡れている事ぐらい分かる。

緒多 悠十

信じてくれ。
オレが戻ってこられるって信じて。
そして、待っていてくれよ。
必ず思い出すよ。
緋瀬の事も、約束の事も。
だから緋瀬はオレが、オレの記憶が戻ってくるまで、絶対に生きるって約束してくれよ。
緋瀬ならこの約束、忘れないでいられるだろ?

緋瀬 未来

悠十くん……一体何が……。

緒多 悠十

……後で話そう。さっきのテラスで。
オレ一人じゃ緋瀬が買った食べ物、消費しきれないし。

オレはぽんと緋瀬の頭に手を置いて、支えていた腕をどける。

多分、それで十分だったのだろう。

彼女にオレの気持ちが届くのが分かった。

緋瀬 未来

う、うん! ぜ、絶対だよ!

緒多 悠十

あぁ、約束だ。

一歩前に踏み出し、4メートル先まで歩み寄ってきた蘇芳に向かい合う。

待たせたな、蘇芳。
もうそろそろ決着つけようぜ。

オレはさっき投げつけて地面に転がっていた刀を還元し、もう一度手元に生成し直した。


蘇芳も剣を構えて、凄まじい殺気を放った。





数秒の沈黙。




緒多 悠十

行け!

オレの声が静寂を破った瞬間、緋瀬は出口の方へ走り出し、オレと蘇芳は互いに走り寄り、剣と刀を振るった。


右眼に映った未来を見据えながら、オレは蘇芳の剣を避け、一方の蘇芳もセンサーアシストでオレの刀の動きを見切っている。


両者の刃が空を切りつづける。




しかし、踏み込んだ足が一瞬滑り、先に体勢が崩れたのは――オレだった。

緒多 悠十

くそ、脚にガタが来やがった!

その隙を蘇芳が見逃すはずもなく、灼熱の剣が振り下ろされる。

緒多 悠十

――の、やろう!

とっさに刀でそれを防ぐが、熱でじわじわと溶かされていき、刀の半分あたりまで到達する。

蘇芳 怜

終わりだ……。

この世のモノとは到底思えないような、そんな不気味な声が、メイクの口から漏れる。

蘇芳 怜

《核》はお前のような人間が所有すべきではない!
よってこの《道化騎士(クラウンナイト)》の手によりその命を砕き、《核》あるべき場所へ、あるべき形に戻すのだ!

緒多 悠十

何訳の分かんねぇことを……。
オレはまだ死ぬわけにはいかねぇんだよ!
オレはまだ何も分かっちゃいねぇし、何も思い出せてもねぇ!
まだ……終われねぇんだよ!

そう叫んで伸ばした左手に天から真っ直ぐに落ちてきたもう一振りの刀がすっぽりと収まる。


それと同時に受けてめていた方の刀が折れるが、オレは身体をくるりと半回転させ、蘇芳の剣を避け――



――そのままの勢いで刀を振り抜いた。

蘇芳 怜

これで……終わりだと思うなよ……緒多悠十……。

そう言い残して蘇芳は臙脂色のリジェクトキューブに包まれた。

緒多 悠十

はぁ……はぁ……はぁ……。

オレは荒い息をしながらその臙脂色の箱を見つめた。

もし未来を見て、あのタイミングに落ちてくるように地上高くにもう一振りの刀を生成していなかったら、やばかった。


だんだんと右眼の視界が元通りになり、二つに分かれていた視界も統合され始める。

緒多 悠十

とりあえず、モニタールームのところに行って篠原先生と合流するか……。

その瞬間、オレの背後で泥が崩れるような、不気味な音が聞こえた。



振り返れば。


あの硬いはずのリジェクトキューブが水を含みすぎた粘土のように――溶け崩れていたのだ。


そして中央からゆらりと蘇芳が立ち上がる。

緒多 悠十

なっ……!?

冗談じゃないぞ。


もう相手はベールを纏っていないんだ。


この状態で戦ったら、一方が他方を殺すことになる。


オレは逃げ出すわけにもいかず、刀を構えることもできず、ただ呆然としていることしかできなかった。



素手で迫ってきた蘇芳に反応できず、押し倒され、首を両手で締め上げられる。

蘇芳 怜

終わりじゃないと……言った……!
もしこれで助かったとしても、世界中の《道化騎士》がお前を狙う。

緒多 悠十

か……は……!

オレは蘇芳の手を引き剥がそうと抗うがもう意識も絶え絶えで、力も入らない。

緒多 悠十

や、やべぇ……!

約束したのに。

情けないことだ。

オレは首を締められる痛みすら感じなくなっていた。


このままじゃ――。


意識が闇に落ち――。

葵 香子

パラライザー!

見知らぬ少女の声が遠くに聞こえ、すぐに発砲音が響く。


その瞬間オレの気道に空気が再び流れ始める。

緒多 悠十

――かは!
……はぁ……はぁ……はぁ……。

オレは引っ掻き傷と圧迫で痛む首元を抑えながら体を起こそうとする。

しかしそれは叶わず、貧血のようにふわっとした感覚に襲われたかと思うと、再び倒れた。




意識が黒くて深い湖の底へと沈んでいく直前。

そこに見たのは、真っ青なMINEを耳に装着し、二丁の拳銃を持った少女だった。

* * * * *

葵 香子

ん~。
ビミョ~に間に合わなかったか~。

その少女は手に持った二丁拳銃を還元しながら、その語尾が伸びる独特の話し方で呟いた。


少女は倒れている蘇芳のもとに近づき、首筋に手を当てた。

葵 香子

まぁ麻痺弾(パラライザー)で打ったんだし、死ぬわけないんだけどね~。

そういって蘇芳の耳についているMINEに指を触れる。

篠原 紀伊

何をしている……葵(アオイ)。

葵と呼ばれた少女は顔を上げ、その声の主に向き直ると、にっこりと笑った。

葵 香子

遅れてすいませ~ん。
あたしの担任のせんせ~ですよね~?
葵(アオイ)香子(カコ)と申しま~す。
よろしくお願いしま~す

篠原 紀伊

自己紹介はいい。
何をしていると聞いているんだ。

葵 香子

そ~んなに警戒しないでくださいよもう~。
パパからCスタジアムから警報が来たって聞いたから急いで救援に来たんですよ~?

篠原 紀伊

パパ……学園長か。

葵 香子

はいはいそ~です~。
それで~暴走したこの子のMINEを回収するように言われまして。

篠原 紀伊

なるほど……。
しかし、無理矢理MINEを外せば後遺症の残る可能性だって……。

葵 香子

だいじょ~ぶですってば~。
あたしこれでもこう見えてあたしトリニティなんですよ~?
あ、正確にはトリニティになる予定、ですかね~。
MINE操作師《エクスキューショナー》の資格は学園じゃないと取れないですからね~。
でも、ME装備技師《ウィザード》もMINE整備技師《アルケミスト》ももう持ってますし~。
活動状態時のMINEの接続解除ぐらい訳ないですよ~。

篠原は何を言っても言い返される気がしてため息をついた。

篠原 紀伊

まぁ学園長がお前に任せたということはお前が適任と判断されたということだろう。
この二人はお前が所属するD5班のチームメイトだ。
……とはいえ蘇芳は今後どう処理されるか分からないがな。

葵 香子

へ~この人達同じ班なんですか~?
じゃあ仲良くしないとですね~。

そう言った葵は悠十のそばに座り、気を失い瞳を閉じている彼の顔を覗き込むと、先ほどまで浮かべていたにこにことした顔を引っ込めた。


そして、微笑みのような、悲しみのような複雑な表情を浮かべ、小さく呟いた。

葵 香子

久しぶりだね、悠十?

記憶操作―Memory Shuffle―(3)

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