オレは今、自分の不幸を非常に嘆いている。




なんだって500分の2でしか引かないハズレくじを引いたりするんだ。


空中に投影された500名の名前のうち、緒多悠十と蘇芳怜の名前にカーソルが当てられているのを睨みながらオレは深いため息をついた。

篠原 紀伊

緒多悠十、蘇芳怜の両名は前に出ろ。

篠原先生が言うのに対し、オレは仕方なく前に出た。

篠原 紀伊

それ以外の者は観覧席へ移動しろ。
見学を通して戦闘時の規定を叩き込めよ。

クラスメート達が一斉に小走りで移動し始める。


その中に緋瀬もいたが、こちらには目を向けることもなく観覧席へ行くための出入り口へ向かって行ってしまった。

オレは声をかけるわけにもいかず、ただそれを見送る。

篠原 紀伊

緒多、蘇芳。
お前たちは模擬演習を通して実践的な経験を詰めるんだ。
意欲的に取り組めよ。

篠原先生が後ろから声をかけてくる。


げんなりしながら振り返ったオレを見て篠原先生はため息をついた。

篠原 紀伊

何をそんなに嫌そうな顔をしている、緒多。
お前の場合、座学で点が取れないようなら、ここで稼ぐしかないんだぞ?

緒多 悠十

は、はぁ……。

篠原 紀伊

まぁ別にお前に勝てとは言わん。
蘇芳は御縞学院の生徒だからな。
それなりに経験や知識がある。
お前はとりあえず基本を踏まえてやればいい。

緒多 悠十

塾生だったのか、蘇芳……。

オレは相変わらず顔の隠れている蘇芳を見る。

しかし、蘇芳は少し頷いただけでろくな返答をしなかった。

そういえばポットに乗っている時には気づかなかったが、蘇芳はオレより頭一つ分ぐらい低かった。

オレが173センチメートルほどの平均身長なので、それより頭一つ分というのは男子にしては小柄な方だろう。

篠原 紀伊

まぁそう気負うな。
では私はモニタ室でお前たちの模擬演習を見せてもらう。
MINEの無線通信で指示は出すが、5分後に演習開始とする。
それまでにマーケットから装備を選んでおけよ。

そう言って篠原先生はすたすたと歩いていってしまった。

蘇芳 怜

……とりあえず……よろしく……。

篠原先生が歩いていくのを眺めているオレに対し、蘇芳が声をかけてきたと思うと握手もなしに背を向けてオレから距離を取った。


もう蘇芳はやる気なのだろう。



もうここまできたら引き下がれない。
オレも腹を決めよう。

【執行システム起動命令が入力されました。実行しますか?】

音声ガイダンスに対し、YESと念じる。

【執行システムを起動します。ベール展開準備――確認】

【センサーアシスト起動準備――確認】
【パワーアシスト起動準備――確認】
【精神接続――確認】

【現在のベール耐久限界まで残り一〇〇パーセントです。以後、視覚ディスプレイで耐久限界残量を表示します。】

オレはそこまで聞き届けると、マーケットを立ち上げるよう念じた。

【マーケット――起動】
【ワールドネットワークに接続、利用可能な装備を表示します】

ガイダンスの通り、視覚ディスプレイに大量の装備名が表示される。


その数およそ、数千。

それだけでも多いのに、リアルタイムでアイテム数が増加している。

緒多 悠十

こん中から何を選べってんだよ……。

オレは大量の装備のリストを流し見しながら呟いた。

すると一番端にオートセレクトという欄を見つける。


ど素人のオレがグダグダ考えたって答えなど出ない。

オレは半分ヤケになってオートセレクトを選んだ。



【装備をオートセレクトします――完了】
【融合型・進化型刀系装備《黎玄(レイゲン)》が選択されました】
【ローカルメモリーに設計データを保存しますか?】

オレは何も考えずYESと答える。
何度も言うように、考えたってどうにもならないのだから。

【ローカルメモリーへの保存が完了しました】
【通信アクセス申請を検知しました】
【アクセスを許可しますか?】
……
【許可命令が入力されました、音声通信を開始します】

篠原 紀伊

緒多、蘇芳、聞こえるか?

緒多 悠十

はい、聞こえます。

蘇芳 怜

……聞こえています。

篠原 紀伊

よし。
両名とも装備の選択は終わったか?

緒多 悠十

はい。終わりました。

蘇芳 怜

……終わりました。

篠原 紀伊

よし。
では、私の合図とともに両者ともベールを展開、センサーアシスト、パワーアシストを起動して戦闘を開始しろ。
決戦方法は相手の殲滅とする。

緒多 悠十

了解しました。

蘇芳 怜

……了解。

篠原 紀伊

では、善戦を祈る。

【音声通信が終了しました】

オレは七メートルほど先にいる蘇芳に向かい合う。


髪で隠れた彼の表情は、やはり伺うことはできない。


ただ、その体から発せられる殺気にも似た緊張感だけが伝わってくる。

篠原 紀伊

戦闘開始まで5秒前。

篠原先生の凛とした声がマイクの音声としてスタジアム中に響く。

篠原 紀伊

4

オレは息を短く吐いた。

篠原 紀伊

3

前傾姿勢。

篠原 紀伊

2

足に力を込める。

篠原 紀伊

1

視線を蘇芳、いや、対戦相手に定めた。

篠原 紀伊

開始!

合図とともにオレは蘇芳を中心とした円状に走り始めた。

【ベール展開、センサーアシスト、パワーアシストを起動しました】

音声ガイダンスが伝えると同時に体全体が見えない膜に覆われ、五感が研ぎ澄まされ、地面を蹴る足が軽くなる。


オレは刀を握るように軽く右手を伸ばす。

【ローカルメモリーよりモデルイメージを取得、生成を開始します】

その瞬間、右手の周りにどこからともなく黒い粒子が現れ、その「形」を成し始めた。

それは、刀と呼ぶには大きすぎる。


それはオレの身の丈ほどの長さを持ち。


黒と銀の金属が成すその造形は武器と言うよりも何かのオブジェのようにも見えた。


そして驚いたことにその刀には刃がなかった。


すなわちどちらも刀でいう「峰」なのだ。



それは言うなれば――。

――無刃の刀。




これがオレの装備、《黎玄(レイゲン)》。

黒を意味する「黎」と「玄」が連なるその名の通り、黒い姿を持つその刀は、確かにオレにはおあつらえ向きかもしれないが。



しかし、無刃の刀で何を斬れというのか。



そしてオレは想像以上に大きく、刀とは程遠いその刀を“片手”で握っているのだった。


しかも軽々と。


パワーアシスト、か。



感心している場合ではない。
オレは走るのをやめて、刀を構えた。





対して、蘇芳はその場に佇んだまま、視線だけでオレを追っていた。


茶色いグローブがはめられたその手にはロングソードと思われる西洋的な剣が握られている。


しかしその剣の鍔からは複数の太いケーブルが伸びており、刀身からは陽炎が立っている。

緒多 悠十

なんだ、あれ……。

そう呟いたオレが握っている刀も一見刀には見えない異形の刀であったことに気づく。


蘇芳が持っている武器もそれなりに長いとはいえ、リーチの長さならオレの方が上だ。


余裕なのか、何か策があるのかは知らないが、今蘇芳は動きを見せていない。

緒多 悠十

それなら……先手必勝!

オレは一気に間合いを詰め――







――その大きな刀を横薙ぎに振るった。

















つもりだった。



しかし、蘇芳はオレの刀が触れる直前に大きく跳躍してかわしたのだ。

そして次の瞬間。




オレの体は大きく横に吹き飛ばされた。





横に吹き飛ばされて転がる体を刀を地面に突き立てることでなんとか止まったオレの眼前には蘇芳の剣が迫っていた。

緒多 悠十

うぁ!

とっさに避けようとしたオレの頬を蘇芳の剣先がかすめる。


オレは刀を振るってなんとか蘇芳を退けて距離をとった。



今、一体何が起きた。



オレが吹っ飛ばされる瞬間、確かに聞こえたのは爆発音だった。



でも蘇芳が爆弾の類を投げた様子などは無かったのだ。


何がオレを吹っ飛ばしたというのか。


視覚ディスプレイには耐久限界残量83パーセントと表示されている。

今の一瞬だけで一五パーセントを失っている。



かなり分が悪いことは明白だ。


しかし、いくら相手が塾生だからって〇(ラブ)ゲームじゃ笑えもしない。


オレは再び足を踏み出し正面から蘇芳へ突っ込んでいく。

しかしやはり途中で爆発で吹き飛ばされる。


かと思うと、仰向けになったオレに対し、待ち構えていた蘇芳の剣が振り下ろされる。

オレは無理矢理刀を持ち上げてその剣を受け止めた。




しかし、驚いたことに剣が触れたあたりからシューシューという音をたてて刀が熱され、溶け始めたのである。



オレは慌てて足を蹴り上げるが蘇芳は再び距離をとってそれを避けた。



八方塞がりだ。





蘇芳がどう爆発を起こしているのかも分からず。

待ち構えている蘇芳が持つ灼熱の剣は受け止めればオレの刀が溶けてしまう。

そしてオレが今握っているのはリーチが長いだけの無刃の刀。



どうすればいい。


どうすればいい。どうすればいい。


どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。



どうすればいい?

クロノス

ワタシを使えよ、ユウ。

頭の中で声がした。

クロノス

ワタシを使い、未来を見ろ。
そうすれば簡単に勝てる。

ふざけるな。


お前の力の代償を誰が払うと思っているんだ。

オレの記憶をこれ以上失う訳にはいかない。
もうあんな思いをするのは嫌だ。

クロノス

ま、強がっていられるのも今だけだ。
その見えない皮を被っていられる間だけだ。

頭の中で聞こえた声が消えた。

そして気づくと蘇芳の剣がすぐそこまで迫っていた。

オレはセンサーアシストとパワーアシストを頼りになんとか体を動かしてそれを避け、次々と襲ってくる剣先をすれすれで避け続けた。



考えろ。


考えれば何か分かるはずだ。


それはクロノスのような得体の知れない何かの力が働いているものじゃない。


相手は同じ人間なんだ。
さっきのように考えることを放棄するな。




オレは数少ない記憶を辿り始める。

爆発。
爆発。爆発……。











そして思い出した。

教室での出来事を。
確かあの時緋瀬が爆発を起こしたのは――。

問題は爆発を阻止した後、どうするかだ。


普通に切りかかっても避けられるか、あの熱した剣で武器がやられて終わりだ。


必要なのは蘇芳の反応速度を超えるスピードとタイミング。


もうオレには後がない。
避けきれなかった蘇芳の剣がベールのあちこちを斬り、そして灼いた。


普通の物理的ダメージに加えて、熱的ダメージも上乗せされるせいで、耐久限界に刻一刻と近づいている。


視覚ディスプレイ示された残量は47パーセント。



今はとにかく一矢報いることだけ考えろ。

緒多 悠十

ふぅ。


……スー。

オレは、最後の「悪足掻き」のために。


息を目一杯吸い込んだ。

万能元素―Multi Element―(10)

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