こいつがどうなってもいいのかぁ!

彼女・浜匙ハナは、喉元にナイフを押し当てていた。発言から察するに、どうやら自分を人質にしたらしい。

いや…何してんの?

え…反応薄くない…?
人質なんだよ、私。

…自作自演しといてよく言う……
一体何がしたいんだ?

だって!…どうしても、シオンの花畑に連れてって欲しかったから…!!

どうしても今すぐ、行かなきゃいけない気がするの…
図鑑であの花を見た時から、なんだか…胸の奥がざわざわするの…

…同じだ…

無理に思い出さなくていいって天使さん言ったけど、
やっぱりなんだか、忘れちゃいけないことを忘れてるような気がして…だから…

確かめたいんだな?
その場所で。

…うん。

やっぱ、こいつを置いて行くのはダメな気がする。
たぶんこの妙な感覚の正体には、こいつも関わっているんだ。
…大丈夫、万が一こいつの記憶が戻っても、死神からは、必ず守る。

…分かった。連れて行く。

ほ、ほんと!?_
ありがとう天使さん!!優しいね!
う~ん、やっぱり人質作戦は成功だったなぁ!

いや、全く成功してないから。

すっごーい!ほんとに空飛べるんだね!
きーもちーい!!

…ねえ天使さん。
私、昼のあいだ、シオンの花についていろいろ調べたんだけど、シオンの花には別名があるの。知ってる?

…知らない。

別名はね、「オニノシコグサ」。
漢字で書くと、「鬼の醜草」。
…なんだかひどい名でしょう?あんなにきれいな花なのに。

…!

この花の名は、「鬼の醜草」。
…あんまりよね。この花は、
「鬼」でも「醜」くもないのに。
ただ、一生懸命咲いているだけなのに。

…やっぱり、覚えがある。
この声は…この記憶は、何だ!?

…着いたよ。

……!!
うっわあ……すごい…

…シオンの花で、いっぱいだね…

…天使さん?

…泣いてるの…?

ご、ごめん…
勝手に涙が…

謝らなくていいよ。
…私もなんだか、この景色を見てると泣きそうになるもの。

……少し、歩こうよ。

…そうだな…だね。

…フフッ。
天使さんって、しゃべり方を私のために変えてるよね。普段と同じしゃべり方でいいのに。

…そうか。じゃ、そうする。

うん。

懐かしくて、悲しくて、ほんの少し嬉しくて、胸がヒリヒリする。

この一面の花を見た途端、堰を切ったようにいろいろな感情が溢れ出て、両の目に洪水を生みっぱなしだ。

なぜだろう。

…なぜかは分かっている。
ここに、来たことがある。
ずっと、ずっと前に。

見て。何かあるよ。

これは…石柱?

うーん、なんだろ…っあ!なんか書いてある!
もしかして、お墓とかかな?
なんて書いてあるんだ…ろ……

急に黙ってしまった彼女は、その墓石らしきものに刻まれた「なにか」を凝視していた。
つられて「なにか」を覗き込んだ自分は、

…いや、俺は。

全てを思い出した。

シオン!

次章:シオンの記憶Ⅲ

4章;シオンの記憶Ⅱ

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