夕刻の光が、晶の、紅潮した頬を更に赤くする。
……。
夕刻の光が、晶の、紅潮した頬を更に赤くする。
……。
カーテンをしっかりと閉め直し、理は、荒い息を吐いて眠る晶をじっと見つめた。
大丈夫、だよなぁ……。
先に小学校から帰宅していた晶がベッドでぐったりとしているのを見つけたのは、つい先程。
中学校が期末考査準備期間で良かった。
ほっと、胸を撫で下ろす。
もし部活をしていたら、弱っている晶を発見するのはずっと後。もしかすると、誰にも看取られぬまま……。
いやいや、それは無いだろう。
……多分。
降ってきた前世の記憶を、理は強く首を横に振って追い出した。
今は、あの、戦や病で人がばたばたと亡くなっていた時代ではない。すぐ近くに、小さい頃の理も度々世話になった、腕の良い医者がいる診療所がある。
晶、大丈夫、だよなぁ……。
……。
どうしよう?
理や晶が留守番できるほど大きくなったからと安心してフルタイムの仕事に戻った母に連絡するのは、気が引ける。
今からでも、晶を診療所に連れて行く、か。
晶の細い身体を抱きかかえるために、理はそっと、晶の方へと腕を伸ばした。
その刹那。
ぐっ……。
衝撃が、腹に走る。
晶の足が布団から出ているのに気付いたのは、痛みが半分ほど退いた後。
なに、してるの?
中学入学までは理も通っていた武術道場仕込みの鋭い蹴りを放ったとは思えない、小さな声で、晶が理を詰る。
勉強しないと、高校に受からないって、お母さん言ってたよ。
そんなこと、今言われても……。
言い掛けた文句を、飲み込む。
……。
弱っている妹を放っておくわけにはいかないだろうが。
再び目を閉じた晶の額に、冷たく濡らしたタオルを置く。
熱が出ているのに兄のことを心配する性格は、前世からちっとも変わってない。
腹の痛みを忘れ、理は小さく唸った。
広めの講義室に入った途端、冷たい空気が理の頬を撫でる。
冷房、効き過ぎじゃないか?
しかしそのことは口に出さず、理は広い割にあまり人が入っていないように見える階段状の講義室を見回した。
やあ、望月。
あ、高村さん。
おはようございます。
講義室の一番前にある、広い教卓の横で実験器具の準備をしている白衣の男性に、しっかりと頭を下げる。
理が所属する陸上部の三年先輩で、大学院に行くために教授の手伝いをして学費を稼いでいる高村を、理は密かに尊敬していた。
お、望月。
講義室の一番後ろで、中学時代からの腐れ縁である松岡勇介が手を振っているのが見える。
おまえも、この講義落としたのか?
……。
勇介の問いに、理は曖昧に笑った。
実験や分析の方法を学ぶこの講義は、学部の学生にとっては必須のもの。しかし学生数に対して教室の広さが足りず、前期に講義を取ろうとした理は抽選で落とされてしまった。だから仕方なく、夏休みに行われるこの講義を登録しただけ。
夏休みだから、部活の時間まで家でのんびりしたかったんだけどなぁ。
おそらく出席数が足りず単位が取れなかったのであろう腐れ縁友人のにやりとした顔に、理は頷いて友人の隣に座った。
と。
この、教室?
みたいね。
小さいが華やかな声が、耳に響く。
顔を上げた理の瞳に映ったのは、小汚い男ばかりの学部には馴染まない、ぱりっとした制服が揺れる女子、三人。そして。
……。
晶……?
その三人の中に、妹の晶を認め、理は正直驚いた。
何故、ここに?
思わず、声が出てしまう。
その理の声に、晶が肩を竦めるのが見えた。
高大連携。
晶の、形の良い唇が、短い言葉を吐く。
その一言で、昨夕の晶と母親の会話を、理は不意に思い出した。
晶が通うお嬢様女学校の、晶が所属する理数科は、近くにある、理が通う大学と連携して、優秀な高校生に大学の授業を受けさせるということを行っているらしい。その制度を利用して、大学で行われている高度な実験や分析の講義を受けるために必要なこの基礎的な講義を受けに来たのだろう。
前の方が、いいよね。
大学生の邪魔にならないように、って先生言ってたけど。
どうせみんな後ろの方に座ってるじゃない。
納得する理を余所に、晶は理を一瞥すると、おそらく理数科の友人なのであろう他の二人と共に中程の席に陣取る。
……。
兄と同じ授業を受けることを、晶はどう思っているのだろうか? 講義を担当する教授に指名され、前に出て実験器具に手を伸ばす晶の、前世と同じきらきらした瞳を、理はただただ、見つめていた。