強い風に、眼下の旗が翻る。

 視界に映る、その様々な色合いに、ヴァルドは目を細めた。

陛下。


 聞き慣れた声が、背後で響く。

皆、ご指示を待っております。


 これが、最後の戦。

……最後に、せねば。


 唇を引き結び、誓いを新たにする。

 内乱で疲弊した国に、平穏を取り戻す。それが、ヴァルドが兵を挙げた理由。

俺に、できるか?


 もう一度、かつての問いを自身に発する。

 いや、……やらなければならない。

……大丈夫だ。
できる!


 背後に控えている、『弟』をいう頼もしい存在も、いるのだから。

行こう。


 小さく頷き、手の中の指揮用の鞭を力強く振り上げる。

全軍、出陣!


 晴れた空に高らかに響いた自身の声に、ヴァルドは静かな笑みを浮かべた。

……うおっ。

 すぐ側を走り抜けたエンジン音に、我に返る。

あっぶねぇ……。


 ガードレールで守られている歩道を走っているとはいえ、また、……意識を飛ばしてしまった。

気を付けよう。


 首を横に一つ、強く振ると、やっと昇り始めた太陽から、理は目を逸らした。

 走っている時は、思考が別のところに向かいやすい。だからこそ、なおのこと、……前世の記憶に囚われないようにしなければ。

 かつて、ヴァルドと呼ばれた自分が内乱を制し、王となった国は、既に無い。今の自分は、日本と呼ばれる国の、とある地方都市に暮らす、ただのお気楽な大学生。

まあ、今の暮らしも、悪くはない、よなぁ。


 家に帰る道に足を向けながら、理は小さく微笑んだ。

 戦、そして王になってからの駆け引きも、面白くないわけではなかったが、緊張の連続であったことだけは、確か。

 しかし今生では、その緊張はほぼ、無い。

 それに。

……。

 未だ涼しい、無人の道を走りながら、一人微笑む。

 ……『弟』も、近くにいる。

『妹』が兄を蔑ろにする件について 1

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