――帰り道。

ワタル

ごめん、レン。
やっぱり悪いイメージが
頭から剥がれないんだ。

 厳しい現実。それに対しての負のイメージ。それをどうしても拭えきれないワタル。それにレンの申し出を断った罪悪感がのしかかってきていた。

 過酷な日々を過ごす食堂に来るお客さん達が頭をよぎる。
 でもワタルは思い出した。食事をして、母と話し、帰る時のその人達の顔を。疲れているには違いない。だがそれだけじゃない。また頑張ろうという活力が湧いてきているようだった。

 人の言葉には力がある。母の言葉や言動には力がある。

ワタル

ッハ!

 レンが夢を語った時、母とレンが重なって見えた。ワタルはそれを思い出し、自分に足らないモノがやっと分かった。

 無意識に走り出していた。

 レンの農場に戻ってきたワタル。こんなにも体が勝手に動いたのは初めてだった。

 そして驚く事に、その星空の下の農場に、レンは立っていた。まるでワタルが帰ってくるのを知っていたかのように。

レン

ワタル!?
何で帰ってきたんだ?

ワタル

僕に足らないモノが
やっと分かったんだ。

 肩で息をするワタル。レンは驚きながらも次の言葉を待っていた。

ワタル

レンが語る夢だよ。
僕には最終的に
目指すモノがなかった。
今更ながらその事に
気付かされたんだ。

レン

俺も気付かされたよ。
俺達は足らないモノを
お互いに持っている。

ワタル

レンにはプロセスが。

レン

ワタルには最終地点である夢。

ワタル

僕にはレンのような
大胆さが必要だ。

レン

俺にはワタルのような
堅実さが必要だな。

ワタル

僕もレンと同じ夢を
見させて貰っていいかな。

レン

ワタルなら大歓迎だ。
二人で作りあげる夢の方が
断然楽しいぞ。

 二人は自然と星空を見上げていた。
 幾つか輝く星の中、二つの星が瞬いたように見えた。

ワタル

ここに戻ってくる時、
母ちゃんの言ってた事を
考えてたんだ。

ワタル

『縁ってやつは
 人を変えるもんだよ』
って。
『生まれ変わった』
みたいにも言ってた。

レン

生まれ変わり?
そこまで言うか?

ワタル

だけど僕達も実感が
あるはずだ。
僕にはレンが必要だし、

レン

俺にはワタルが必要だ。

 ワタルが言おうとした言葉をレンが続けて言った。笑顔を合わせる二人。ワタルの心のもやもやは、既に晴れていた。そして言葉に出たのは、やはり母の言葉だった。

ワタル

これで僕も、
おてんと様に恥ずかしくない
生き方が出来そうだ。
今ならそう言えるよ。

レン

それも母ちゃんの言葉か?

ワタル

そうそう。多分今頃、
二日酔いが回復して、
飲み始めてるんだろうけどね。

 二人は日常に埋もれる不思議な縁によって、同一の夢を追い掛ける事になった。不器用でもいい、がむしゃらに夢を二人で楽しもうと。

 ――そして10年後。
 農家を継いだレンの作った新しい豆を使用して、ワタルは国際的な料理の賞を受賞した。

 レンの農場で働くヒロミチがその知らせを受け、喜びのあまりに泣き崩れた。一緒にいたユウカに介抱され、付き合ってもいないのに勢いでプロポーズしたのには皆を驚かせた。
 授賞式でワタルの母が飲んだくれて大変な事になった話は、ツナジーに永遠に冷やかされる事だろう。

 何度も挫けそうになった。諦めようとも思った。だが二人は続けた。食堂の定休日、その放課後、二人で決めた夢を追い掛け続けた。

 初心を忘れなかった二人には大切なものがあった。

 二通共、同文の手紙。
 辛くなったら、負けそうになったら読もうと持っていたものだ。

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