もう何日も、雪の日が続いている。
幸い食べ物は足りており、雪避けの洞窟も火を焚けば十分に暖かい。
しかし、来る日も来る日も狭い洞窟の中に閉じ込められていると、どうしても気が滅入ってくる。

また今日も何もできないわね

うー

ルルは最近元気がない。陽の光を浴びることができないからだろう。ごろんと床に転がっては、気怠そうにうーうーと唸っている。

今年の冬は長すぎるわ。
早く山を下りたい。

思わず呟いた一言に、ルルが素早く反応した。

ルルは?

サキは口ごもる。ルルに泣かれて以来、山を下りる話も、ルルに迎えに来る人がいることも、曖昧にしてきた。

ルルは、どうしたい?

サキといっしょがいい。

甘えるように、ルルがすり寄ってくる。愛おしい温もり。サキはルルの頭に手を伸ばしかけたが、そこで躊躇った。

ルル。私、やっぱりあなたのことは連れて行けないの。
ルルにはね、ちゃんとお迎えが来るのよ。

言ってしまった。とうとう言ってしまった。
泣かれるだろうか。恐る恐るルルの顔を見ると、ルルは意外にも平気そうにしていた。

ルル、泣かないよ。

ルル……

やっと、ちゃんと言ってくれたね。
ルルのこと、連れて行けないって。お迎えが来るって。

ごめんね、ルル。
私はあなたをちゃんと帰してあげて、自分も
ちゃんと帰らなきゃいけない。
みんな、待っているの。

うん。

ルルの返事はしっかりしていた。
別れの時は近い。本当はルルも、そのことをちゃんと分かっていたのかもしれない。つい事実に背中を向けてきたサキが、全てを見えなくしてしまっていただけだ。

サキ、少し目を閉じて。

目を?

ルルの行動の意図は分からなかったが、サキは従った。

これでいい?

不意に、暖かい風が頬を撫でる。
驚いて目を開けると、外から眩しい陽光が差していた。思わず洞窟から顔を出す。

どういうこと?
雪が降っていたはずなのに……

よく乗り越えましたね

驚くサキの前に、柔らかな光に包まれた女性が一人現れた。その姿をサキは知っている。古代より、一族の書物に繰り返し描かれてきた姿――。

山の神……様?

そう、と自分で言うのは気恥ずかしいものですね。

どうして神様がここに?

あなたの愛した春の種が、ようやく芽吹いたからです。
ほどなくして雪は解けるでしょう。そうしたら、山を下りなさい。

春の種?

あなたが預かってくれた幼き精霊です。
山の民だけが、精霊の姿をみとめ、愛することができる。
愛された精霊は、やがて次の春になるのですよ。
それが、山の民の試練の正体。

サキの頭の中で、ばらばらと点在していた事象がつながった。試練を課されるのは、どんなときも毎年一人だけ。山の民と精霊は、古来からこのような付き合いを続けてきたのだ。

それじゃ、ルルを預けたのは神様なの?

ええ。

ルルは今、どこに?

あなたを取り巻く風の中に、息づいています。

サキはまた瞳を閉じる。
もう、ルルの姿をみとめることはできないのだろう。
ルルは、本来の姿に還っていったのだ。

さあ、支度を始めなさい。
私は、次の春の種を生み落とさねば。

待って!

山の神の姿は消え、サキの声は虚しく洞窟に反響する。
これが望まれた、完璧な終わりなのだとしても、サキの胸にはどうしても、やりきれない思いが残る。
あまりにも突然だ。ちゃんとお別れを言いたかった。

ルル……

サキは瞳を閉じると、一筋だけ涙を流した。

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