花いっぱいの風景が続く。空は澄み渡り、木々は優しくそよぐ。
胸いっぱいに芳しい風を吸い込むと、心が洗われるような気分になる。

ここが向こう一年の住処になるのね

大地を踏みしめながら、サキは呟いた。
サキは、これから山の民の通過儀礼を迎える。毎年、15歳を過ぎた一族の中から一人だけ選ばれた子供は、1年間この山に籠りきりになるのだ。
集落に下りることは許されず、ただ一人で生き抜かねばならない。
次の春に下山できれば、サキは一人前の大人と認められ、長から山を与えられる。伴侶を見つけることも許される。
山の民はそうやって、自らの人生を切り開いていく。

一人で生き抜くほかにも、もう一つ試練がある。
それは山の神の試練と呼ばれ、サキは今日まで詳細を聞かされていなかった。長には、その時になればわかるとだけ言われ、送り出されてきた。

サキ自身もあまり心配はしていなかったのだ。この森に足を踏み入れるまでは。

息まいて来てみたはいいものの、いざ独りになると不安だわ。

わ!?

サキは素っ頓狂な声を上げた。足下の花畑に、幼子が座り込んでいたのだ。
まるで花が擬人化したような容姿の幼子は、くりくりとした瞳でサキを見上げている。

る?

迷子?
でも、独りでこんなところに来られるとは思えないし……。かといって、保護者らしき人も見当たらないし……。

るーるーるー

幼子はかわいらしい声で、歌うような声を出している。やがてサキの脚に、甘えるようにまとわりついてくる。
その壊れそうな柔らかさ。温かさ。人間の幼子とは違う、何か脆くはかない雰囲気を、その子は持っていた。

手紙?

幼子の服に挟まっていたのか、はらりと手紙が落ちた。封を開けると、ほんのりと花の香りがした。

心優しい方
どうか、この子を預かってください
必ず迎えに行きます
綺麗な水とお日様の光があれば、
この子は大丈夫です

短い手紙だった。差出人の名前はない。

この子を預かる?
一体どれくらい?

るーるーるー!

幼子は突然不機嫌そうな声を出して、サキの服の裾を引っ張り始める。一緒に連れていけと言わんばかりだ。サキは途方に暮れてしまう。

子供の面倒をみたことなんてないわ。
綺麗な水とお日様の光がればいいって、どういうこと?
植物じゃないんだし……

るー?

幼子が何度もサキと目を合わせてくる。
どうやら、選択肢はないように思える。

分かったわ。
あなたを預かりましょう。

るー!

るーるー言っているから、ルルって呼ぶわね。

サキに抱き上げられると、不思議な幼子はきゃっきゃと笑い声をあげる。

サキの通過儀礼が始まった。

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