『時間屋』から逃げ帰り、悪夢のようなものをみてろくに眠れないまま日曜日も憂鬱に過ごした。
『時間屋』から逃げ帰り、悪夢のようなものをみてろくに眠れないまま日曜日も憂鬱に過ごした。
その暗い気持ちを引きずったまま、月曜日。
時間の売買が出来るお店に行く、なんて非日常を体験してしまったけれど、私は普通の高校生だ。登校しなければならない。
時蔵とまったく異なる雰囲気の通学路が、なんだかひどく懐かしい。
全然休めなかったな……。月曜日ってもとから嫌いなのに、ああ、嫌だなあ……
舞花っ、おはよ
わっ、わ、あ、由宇……。おはよう
突然現れたのは、私の幼馴染の羽邑由宇だった。
すこし息が上がっている。私をみつけて走ってきたのだろうか。
彼は私の幼馴染で、そして、二ノ宮茶道教室の生徒でもあった。
--------つまり、おばあちゃんのことをよく知っている。
予想通り、由宇の表情はすぐに曇った。
……私もきっと、同じような顔をしていたと思う。
聞いたよ、花楓さん、入院してるって……。まだ、意識戻らないの?
……うん
そっか……。お見舞いは……行っても、会えないのかな
ううん、病室には入れるよ。状態自体は落ち着いてるんだって
そっか、早くよくなるといいね……
重苦しい空気が漂う。
憂鬱な朝、沈む気分。
明るい朝との対照的な暗さが、私の心をさらに重くする。
まっ、心配だけど、でも、花楓さんならきっと大丈夫だよ
うん、そうだよねっ
無理矢理に明るくしようとする。
大きな違和感がわだかまって、私たちが学校に着くまで口を開くことはなかった。
放課後、普段の倍以上の疲労感を抱えながら、帰宅の準備をする。
今から病院に行こうかな……
いつ目を覚ますかわからない。
……聞きたいことが、たくさんある。
心配な気持ちはもちろんあるけれど、時間屋のことがずっと引っかかって息苦しかった。
時屋さんは、おばあちゃんと契約済みだと言った。
そんな話は当然、聴いていない。
……おばあちゃんは理屈の通っていないことが嫌いだから、なにか話せない理由があるのかもしれない。
でも、そうだとしても、まるで時間屋のこと自体よく知らないというような振る舞いをする必要はなかったと思う。
私の混乱を招くだけだ。
……時屋さんが、契約のことを話すなんて予測していなかった、とか?
……駄目だ、一人で考えていても埒が明かない。
……か、……いか、
舞花っ
はいっ!!!
舞花、なに、ぼんやりしちゃって。それと声、大きいよ……
教室に残っていたクラスメートの視線が集まっていた。……かなり恥ずかしかった。
舞花、どうしちゃったのよ
由宇の隣には、眉をひそめた友達の神原秋帆の姿。
どうやらふたりでずっと呼びかけてくれていたようだ。
……心配をかけてしまった。
秋帆……。由宇も、ごめん、考え事してて
考え事? 似合わないなぁ
ひどい!
いや、羽邑の言うとおりだよ、難しいことは苦手でしょう?
ほらほら、ため込んでキャパオーバーになるぐらいなら、お姉さんに話してごらんよ
……えっと
話していいのか、わからない。内容が内容だ。
……そもそも、信じてもらえるかどうか。
どっか寄って行こうか
おっ、いいねいいね、そうしよう!
え、え、待って待って、寄るって、何処!?
どっかはどっかだよ、さあ行こう!
羽邑の仰せのままに~!
ちょっと、待ってよ~
二人に背中を押されるまま、歩き出す。
……二人なりの気遣いだということが伝わってきて、強引な手口には戸惑っても、やっぱり嬉しかった。
二人に話してみよう。
信じてもらえるかどうかは不安だけれど、でもきっと、受け入れてくれる。
いつの間にか手を握ってくれていた秋帆に引かれるまま、私は学校を後にした。
第五話へ、続く。