オレはパーソナライズを終えて、篠原先生が指示を出すのを待ちながら、先ほどの世界でクロノスが言った言葉について考えていた。

――MEにも精神のようなものがある。




クロノスはこう言った。


それが一体何を意味するのか、オレには全く分からなかった。


ボールと友達になるとか、八百万に神は宿るとか。


そういう、気合や精神論の話をしているのだろうか。


それも違う気がする。もっと根本的な何かを伝えようとしていた気がするのだ。



しかしいくら考えても、答えは出てこない。


というより答えに似た物が思いついたとしても、それが正解だと確かめる術がない。


そもそもなぜクロノスがそんなことを言い出したかということ自体も腑に落ちない。


あいつは自分のことを《時》を操るこの世界の《核》なのだと言った。


それがどうしたって人間の科学的発見であるMEの話なんかするというのだ?



――これもまた結局答えの出ることのない問いか。



オレはとうとうぐちゃぐちゃと考えるのが面倒くさくなると、他の生徒達がパーソナライズしているのを何も考えず眺めることにした。



オレはパーソナライズが生徒の中でも早く終わった方らしく、教室の七割ほどは身動きすらせず、じっと座っていようだった。



隣をちらりと見やると、未だにオレの嘘を打ち明けていない少女もまた、パーソナライズを行っている最中だった。



彼女は今、一体どんな世界を見ているのだろう?


彼女のことをオレはまだ何も知らない。


まだ出会って何時間も経っていないのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、彼女が自分のことを知っているということが、例えそれが誤りや思い込みだったとしても、彼女が特別な存在のように思えてならなかった。


そして、彼女が本当にオレの幼馴染だったらどんなにいいだろう、とも思うのだった。

そんなことを思いながら彼女の顔を眺めていると彼女がちょっとびっくりするくらい美人なことに気づく。


やや垂れ気味な目は気弱そうで、それでいてなんとなく相手を落ち着かせるものがあり、真っ白な白肌は薄くファンデーションを塗っただけなのだろうが、つい触れてしまいそうなほど綺麗で、柔らかそうな唇の淡い桃色が上品でいて、どこか艶やかだった。


なんで今更ながらそんなことが目につくんだ、と心の中で自嘲気味に呟いたあと、彼女があまりにもクロノスに似ているせいでそちらに気がとられてしまったのだと気付いた。



そうなるとクロノスまで美人だということになる気もするが、それはさて置くほうがよいだろう。

緋瀬 未来

……んにゃ?

緋瀬が目を覚まし、寝ぼけたような声を発する。


必然的にオレと視線があった緋瀬は、三秒ほどぼーっとオレの顔を見返した後、だんだん意識がはっきりしたのか、顔を真っ赤にして手で顔を覆い隠したかと思うと、懇願するような顔つきでオレを横目で見ながらこう言った。

緋瀬 未来

あ、あの、なんか私変なこと言ってないよね?

緒多 悠十

あぁ……えっと……大丈夫だよ。

恥ずかしがって真っ赤になっている女の子に現実を突きつけて辱めるほどオレは落ちぶれてはいない、はずである。

緋瀬 未来

そ、そっか……よ、良かった……。

緋瀬が本当に心から安心したように笑った。


また彼女についている嘘の数が増えてしまった、とオレは罪悪感を感じながらも彼女が笑ってくれたことに少しほっとする。

緒多 悠十

パーソナライズは無事に終わったのか?

緋瀬 未来

う、うん、なんとか……。
ゆ、悠十くんは結構早く終わったの?

緒多 悠十

そうだな。
五分くらい前に終わったよ。

そんな何気ない会話をしていると、マイクから篠原先生の指示が入る。

篠原 紀伊

よし。ではもうほとんどの者がパーソナライズを終えたようだな

では、実際に一般演習に入る。
MINEを使ったMEの生成の場合、あらかじめデータを保存しておいて生成する場合と、その場でイメージを作り上げ、生成する場合がある。
今回は後者の方法で演習を行う。

電子端末にレジュメが表示される。

篠原 紀伊

今から生成してもらうのは炭素元素からなる12グラムの固体だ。
これを生成する速度がそれぞれの基本生成速度となる。
定期試験における実技でもこの基本生成速度が評価項目の一つとなっているので、今日から各自これから行う生成操作を練習しておくように。
それではMINEのタイム測定機能をオンにしたのち、15分間演習を繰り返し、最短の記録を端末に登録し、提出するように。

篠原先生が話し終えるとある者は余裕の表情を浮かべながら、またある者は困惑したようにあたふたしながら演習に入った。



おそらく前者はもともとMERを対象とする《塾》に入っていて、経験がある者なのだろう。


ヒサが前に話していたことなのだが、この《塾》というビジネスはMERが社会的に重宝されるようになるにつれ、非常に大きな市場を持つようになったらしい。


御縞学院(ミシマガクイン)
翡翠塾(ヒスイジュク)
琥台予備校(コダイヨビコウ)


現在ではその三社が三大塾としてシェアを拡大しているとのことだった。


しかしMERが進学することになる各《学区》の学園には年齢とMER適性テスト以外の入学要件がないため、これらの塾は進学塾というよりは技術向上により学園で良い成績を収め、MERとして良い職に就くための積立としての働きの方が強い。


MINEの配布は学園にしか許可されていないため、塾生であってもMINEの扱いは初めてかもしれないが、MINEなしで生成イメージを作り上げるトレーニングなどを積んでいる彼らにとってはこの程度の演習はさして難しくはないのだろう。

もちろんオレは後者で、なんとかMINEのタイム測定機能をオンにしたところで止まってしまった。


どうも生成するという感覚が分からないのだ。


MER適性テストというのは別に何かを生成するわけでなく、人が身体を折り曲げてやっと入れるくらいの大きさのタマゴ状のテスターに入り、スキャンを受けるだけという単純なものだった。


塾にでも入っていない限り、実際に生成するのは初めての生徒が初めてのはずなのだ。


そうこうしているうちに測定機能をオンにしてから30秒ほど経ってしまい、MINEから音声ガイダンスが流れた。

【タイム測定機能がオンになっていますが、生成反応が確認できなかったため、要求がタイムアウトになりました。タイム測定機能をオフにして中止、オンのまま続行、ヘルプイメージへのアクセスのうちから選択し、命令を入力してください】

オレは潔く諦め、躊躇うことなくヘルプイメージのアクセスと頭の中で命令した。


すると視覚ディスプレイに生成したいものの名称を入力するテキストボックスが表示されたので炭素物質を入力した。


するとコンマ数秒で炭素物質のイメージモデルが表示された。


これを見ながら生成イメージを作り上げればいいのだろうか。


それにしてもこんなものでうまくいくのか?


オレは軽く深呼吸をして目を閉じ、神経をその視覚イメージに集中させた。

――頭の中で何かが蠢いた。




それは気を抜けば拡散してしまいそうなほど不安定。



その不安定な何かを。


安定させる。



安定――させる。



――――――――。












目をゆっくりと開けると、そこのはいくつもの黒いぼんやりとした粒子がくるくると形を定めないまま彷徨っていた。




オレはその粒子が集まろうとしている場所に手をかざし、より神経を集中させた。


もっと。もっと。もっと。もっと――。













 

それは炭素の塊がポッドに付随しているテーブルに転がる音だった。



右目側の視覚ディスプレイには「生成時間:四三秒」と表示されている。

緒多 悠十

できた……のか?

と、オレが一息ついた瞬間――。



























――突然隣で爆発が起き、大きな音が教室中に鳴り響いた。

緒多 悠十

!?

緋瀬 未来

ふぇ、ふぇあ……。

爆発を起こし、気の抜けた声を出しているのは緋瀬だった。


まぁ爆発と言っても水素が少量酸素と一緒に燃えただけのようだったが、荷物が衝撃でポッドから飛び出してしまったらしく、緋瀬はあたふたして周りの生徒に荷物を受け取りながら謝り倒していた。

篠原 紀伊

おい!
そこの生徒、何があった!?

篠原先生の怒号が飛ぶ。

緋瀬 未来

す、すすす、すみません!
生成に失敗してしまって、それで……。

緋瀬が泣きそうな顔になりながら説明し始める。


すると篠原先生はポッドごと緋瀬のもとへ移動し、緋瀬を手短に叱った。

篠原 紀伊

今後このようなことがないように、自分で練習してこい。

緋瀬 未来

は、はい……。

緋瀬の瞳には今にも零れそうなほど涙があふれていた。


それを見た篠原先生はさすがにきつく言い過ぎたと思ったのか少し語調を落としこう言った。

篠原 紀伊

まぁ、お前や他の生徒に怪我がなくて良かった。

そういう篠原先生はさっきまで少し怖いと思っていたイメージと打って変わって、生徒想いの先生だった。


そもそも、篠原先生は(幼児体型ではあるものの)かなり美人だ。


目鼻立ちがはっきりしていて、帽子がチャームポイントとなり、可愛らしくさえ見える。


かと言って、そんな無駄口を叩いた日には再び鉄槌ならぬたらいが落ちて来ることは明白なのだけれど。



人のことばかり気にしている場合ではないか。


オレは、自分の演習に戻ることにした。


しかし手元にあった先ほど生成した炭素物質は先ほどの爆発で集中が拡散してしまったために、元素へと還元されてしまっている。




オレはもう一度精神を集中させるために目を閉じた。

万能元素―Multi Element―(7)

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