白猫ヴァイスは螺旋階段をひたすら走る。


 

 白猫は多くの命を奪った。




 生きる為に、仕方なく命を奪った。

 スラムの住人になる前の、ただの猫だったころの記憶を思い出していた。

 長いこと忘れてしまっていた、刹那の記憶。

 

 とある貴族の飼い猫だった頃がある。



 まだ、幸せだったあの頃の記憶。
 美味しい食事と、温かい寝床が用意されていた。

 ご主人様は愛らしい少女だった。
 彼女は、あの家の宝物だった。

 白猫の言葉なんて、彼女はわからない。
 人間の言葉も、白猫はわからない。

 言葉が通じなくても良かった、彼女が側で微笑んでくれれば、それだけで……良かった。













 冒険が好きだった彼女は、いつものように屋敷中を駆けまわる。


 それを白猫は追いかけていた。

 

 ある日、彼女は木の上にのぼった。

 白猫も一緒にのぼった。
 そして、一緒に転落。



 彼女は大怪我をした。
 もう歩くことは出来ない。
 白猫は軽傷だった。

 人間の大人たちは、白猫の所為だと責め立てる。



 何で止めないのだと大声で怒鳴る。
 それを庇ったのは、彼女だった。

猫の言葉はわからないもの。止められないよ

 彼女は味方だった。
 だけど、味方は彼女しかいなかった。


 大人たちの妄想は膨れ上がる。
 彼女が怪我をしたのは、白猫が呪いをかけたからと。

 呪われた白猫。
 穢れた白猫。
 
 それまでは、彼女が止めてくれた。
 だけど彼女にも、もう止められなかった。


 彼女の知らない間に、白猫はスラム街に捨てられた。
 ゴミ袋に詰められて、そのまま放り投げられる。

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……

 声なき声が響き渡る、ゴソゴソと蠢くゴミ袋を不審に思ったスラムの住人に助けられるまで、
 白猫は呟いていた。



憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い………

 スラム街に捨てられた白猫は人間を深く呪った。


 あの家族を深く呪った。

“あんなやつら、不幸になってしまえ”

 その呪いは、


 届いた。

 スラム街に一人の少女が現れる。
 血だらけで、ボロボロのドレスを着た女の子。

 それは、彼女だった。
 彼女はすぐに白猫に気付いて、駆け寄る。

これは……キミを捨てた罰だよ。みんなが私の大事なネコを……捨てたから……」

 ドサリと音を立てて彼女は倒れる。

ゴメンね……

 とある貴族の邸で起きた惨劇はスラムにも伝わっている。
 血まみれになった夫婦と使用人が発見されて、一人娘が行方不明となった事件。
 魔獣の襲撃を受けたそうだ。

 表向きは。

キミは悪くないよ……悪魔と契約をしたのは私だから

なんて

何もかもキミの所為にして、キミを捨ててしまった、皆が赦さなかったの。キミを捨てた私が赦さなかったの。だから、私は……悪魔にお願いしたの

………私の家族に不幸を与えてって

 少女は笑って、静かに目を閉ざす。
 悪魔との契約の代償は心臓だ。
 彼女は自分の命を捧げて、家族を消したのだ。
 そして、それが白猫の望みでもあった。

 白猫の願いは届いた。
 あの家族は不幸になった。

 階段の先に、あの少女が微笑んでいる。

 ヴァイスの姿は白猫の姿になっていた。
 だから、少女の方が大きい。

キミは、私の家の事件が、まだ自分の所為だって思っているの?

ヴァイス

僕が望まなければ、キミたち家族は呪われなかった

違うよ。キミが望む前から、あの家族は呪われていたのよ。私が生まれてから、私を神か何かであるかのように大事にして……私のことを人間としては見てくれなくて……

ヴァイス

………でも。悪いのは僕だ

じゃあ、私のこと忘れないで。私と過ごした平和な時間も覚えていて……そうしてくれるのなら、キミの罪ってことにしてあげるわ

ヴァイス

なんだよ、それ

 俯いていた顔を上げる。
 少女は弾けるような笑顔を浮かべていた。


 まだ、平穏だったあの頃。
 一緒に追いかけっこをした、あの頃のような笑顔。

ほら、扉は開いているよ

ヴァイス

うん

生まれ変わったら、また……追いかけっこしようね

ヴァイス

もちろん

 少女に扉を開けてもらって、ヴァイスは駆け出した。

37 Forgetting~忘却6(白猫と✕✕の罪)

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