コツコツ
 
コツコツ
 
コツコツ





 耳に響くのは自分の足音のみ。

 一人になったことで、ようやく冷静に考えることが出来る。


 この屋敷の持ち主はベン・カサブランカ。
 シュバルツにとっては叔父にあたる男だった。

 親しい相手ではなかった。
 シュバルツの父親は≪美しいもの≫に夢中だった。
 そしてベンは≪動物≫に夢中だった。

 この国の住人の大半は狂っていた。
 
 ここの屋敷は長年空き家だった。周辺住人からは無人の屋敷だと教えてもらった。


 だから、勝手に居座ろうと侵入したのだが………





シュバルツ

不法侵入なんて、するものじゃないね

 誰もいないのに口に出てしまう。

 入口に鍵はかかっていなかった。
 だから、躊躇なく入ることが出来たんだ。
 鍵がかかっていなかった……そのことに疑うべきだった。
 
 正常な人間からすれば、この屋敷の不気味さに立ちすくむだろう。

 地下に行く道があったから、そこから地下に下る。
 その先で、魔術師アークと再会。彼は驚いていた。
 彼に頼んで記憶を消して貰った。
 記憶を消して、自分がどうしたかったか、なんて今では分からない。
 あの時は、色んなものが一杯一杯で、何も考えたくなくて、正常な思考なんて出来なかった。



 階段の先で女が笑っていた。 あの、メイドだ。
 罪のない動物たちを何度も殺してきた女。

お帰りなさいませ、坊ちゃま

シュバルツ

まさか、君が叔父上に仕えるとはね

こんな傷だらけの醜い姿を、あの方は見てはくれません。ですから、私はベン様のもとに向かったのです

シュバルツ

……

坊ちゃまの所為です。坊ちゃまの所為で私の未来は潰されました

シュバルツ

確かに君に傷を負わせたのはおれだけど。君は、たくさんの動物たちの未来を奪っていった。おれが拾って来た動物たちも、君にたくさん殺された

あれは、仕方ないです。美しくなかったのですから

シュバルツ

君は傲慢だな

坊ちゃんもそうでしょ

シュバルツ

そうだね。おれの罪は兄貴を見殺しにしたこと。それ以外の罪を君は暴きたいってことなのかな

はい

シュバルツ

じゃあ、教えてあげるよ


 ニヤリとシュバルツは笑った。

シュバルツ

おれと兄貴には幼馴染がいた。彼女は明るくて可愛い女の子でおれの初恋で片思いの相手。だけど、彼女が好きだったのは兄貴だった

まさか、坊ちゃんの口から恋の話が出て来るとは


 メイドは楽しそうに笑っている。

シュバルツ

彼女には年の離れた異母姉がいたんだ。その人も……すごく綺麗な人

 あの人は綺麗だった。まるで人形のような整った顔立ちで、スタイルも良くて……あの子にとっては憧れのお姉さんだったらしい。

………

シュバルツ

その美しさに、父さんも心を奪われた。だって、彼女はとてもとても美しいからね

………ぁぁ

 メイドの顔が歪んでいく。

ああああああああああ

アアアアアアアアア

シュバルツ

おれたち双子がいなければ、父さんとあの人は出会わなかったね。父さんは彼女を愛人として迎えたよ……………でも

うぉあああ………やめて、ください

 メイドが床に座り込んだ。

シュバルツ

行方不明になったんだ。
おれたちが彼女たちをパーティーに招待しなければ、父さんと彼女が出会わなければ、愛人にもならなかった、彼女は今も行方不明のまま。おれたちのせいで、あの子はお姉さんを失ってしまったんだ

 その後、ヴァイスも死んでしまって、彼女との繋がりは断たれてしまった。

 姉を失った彼女と、兄を喪ったシュバルツは同類だった。
 慰め合うことも出来たかもしれない。
 だけど、それは無理だった。

 彼女が好きだった相手はヴァイスだった。
 彼女は最愛の姉と、片思いの相手を喪った。二人が喪われる原因を作ったのはシュバルツだった。彼女にとっての自分は、憎むべき相手でしかなかった。

 だから、シュバルツは彼女への恋心を捨てた。

………

シュバルツ

どうしたんだ? 罪を吐いているのはオレなのに、どうしてそんな顔をしているんだ

 シュバルツがニヤリと笑う。
 血は争えない。
 そんなつもりはないのに、悪い顔になってしまう。
 気を付けないとな。

私は悪くありません。あの女が、旦那様に色目を使ったのがいけないのです

シュバルツ

嫉妬深いメイドが何かをしたって噂はあったけど………殺したのか

旦那様は褒めてくれましたよ。彼女の亡骸が美しかったから。そのまま剥製にして蝋人形にしてしまいました

シュバルツ

………

でも旦那様も酷いです。私はあんなに頑張ったのに。あんなに私を褒めてくださったのに。坊ちゃまの手で傷だらけになった私を見て、汚らわしいって追い払って…………だから、だから殺しました。ハハハキャハハ

シュバルツ

………父さんも?

そうですよ!! クアハハハハハハハ

 腹を抱えて笑い出すメイドを茫然と見ていた。
 家出中に父親が死んでいたなんて、笑えない話をされている。



 執事と連絡を取った時に、暫く帰ってこない方が良いと言われていたけれど…………こんな事になっていたとは。


 今、考えることではない。

 今はその事実から目を背けることにした。

 笑っている女の横を進む。

シュバルツ

悪いけど、罪は吐いたし扉も開いた。オレはここにいる理由がないんだ

 扉を開けて先に進む。




 背後では、狂気に取りつかれた女が笑っていた。

キャハハハハハハハハハ

36 Forgetting~忘却5(双子の罪)

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