もう一言だけ、告白する。
私は、巡礼志願の、
それから後に恋したのではないのだ。
わが胸のおもい、消したくて、消したくて、
巡礼思いついたにすぎないのです。
私の欲していたもの、全世界ではなかった。
百年の名声でもなかった。
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もう一言だけ、告白する。
私は、巡礼志願の、
それから後に恋したのではないのだ。
わが胸のおもい、消したくて、消したくて、
巡礼思いついたにすぎないのです。
私の欲していたもの、全世界ではなかった。
百年の名声でもなかった。
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二十世紀旗手 ――(生れて、すみません。)
参唱 同行二人
太宰治
……ここか
五日町 環は吹き出すような冷気と共に車を降りた。
黒いスーツの下の左腕に包帯を巻いてだらりと下げているが、運転できる程度まで回復しているようだった。
彼女はそのまま俊敏な動作で後部座席の扉を開けた。後ろに座っている人物の肩にそっと手の甲を当てる。
生きてるか? 数奇
中の人物は、少々変わった状態で頷いた。
まずアイマスクを外す。
シートベルトを外すと、ベルトと体の間に挟んでいたタオルケットのようなものをはいで除けた。
コードについたリモコンのボタンを押すとヘッドフォンをずらして首にかける。
そこでようやく目を開き、近くに置いていた上質な上着を羽織って五日町の方を見た。
……
ひどく車酔いをしたような顔の青年だった。
ああ、生きてるな
……はい
……
墨野博叉に彼女がいた、ということを、夜暮は彼が死んで初めて知った。
同棲、といっても、男女のシェアハウスは理解されないからそういう建前にしていただけなんです
遠区 霞(とおく かすみ)と名乗った女性は、からりとした口調で言った。
おかげさまで、
今回は残念なことで、本当に、申し訳なく思っています
僕にとっても大切な相棒でした
……とかなんとか、考えていた言葉が全部吹っ飛んだ。
植物の品種改良をしているというこの女性は、独りでも経済的に困らないという。
仕事が仕事だ。大切な人、自分が明日いなくなったら困る人は作りたくなかったのだろう、と夜暮は思った。
墨野の考えそうなことだ。
互いの仕事に干渉はしませんでした。
生活と家事を分担してお互い無駄を省くだけ。遺産に関しても関与していません。
そういう契約だったんです
その口調からは悲しみは感じられず、厚めの化粧の奥には感情が見えなかった。
付き合っているというのは本当に形だけのことだったようだ。
そうはいっても、一つ屋根の下で暮らしていたのに何も感じないものだろうか?
……やりにくい
夜暮が黙っていると、遠区は一枚の紙を取り出した。
小さめの便箋にびっしりと文字がブルーブラックで書かれている。先日の暗号と同じインクだった。
墨野は、情報を送るときにはデータが残らないよういつも手書きだった。夜暮は見慣れた字を見返した。
これが墨野さんから送られてきた手紙です。
本当は封を切る前にお知らせすべきだったのですが、いつもの手紙と同じ封筒だったので気づかずに開けてしまって
見せられたシンプルな封筒には『遠区霞 様』と印字されていた。
え、手書きじゃない?
ええ、普段は中身まで含めて全部印字です。初めて直筆を見ました
は、初めて?!
だから気づいたんです、これは私宛の私用のものではなく、仕事の手紙だと