ひかり

留奈ちゃんに呼び出されるなんて、珍しいね

……おしごとのことで、おこられるのでしょうか

ひかり

それとも……

言いかけて、やめた。
デートの一件で勝手な行動を起こしたことは、やはりひかりの胸をちくりと締め付け続けていた。

いずれにせよ、心が晴れるような予想はたてられない。

留奈

…………遅かったじゃない

声がして、振り返った。

コート、マフラー。イヤーマフ。
もこもこに着込んだ留奈が立っている。

ひかり

留奈、ちゃん……?

ひかり

る、るなちゃん、用事ってなんだろう

留奈

……大したことじゃない。手短に済ますわ。だからアナタたちもサッと立ち去って

留奈

……なに、デートのセッティングって

ひかり

……あう

ただ事ではない雰囲気に、ひかりは眉をさげる。
楓も、その雰囲気を感じ取ったようで、少しだけ身体を縮こまらせた。

留奈

プロデューサーにチョコをあげる手伝い? アナタたちがそんな目的で動くだなんて、お門違いもいいところだわ!

ひかり

……う、うん。ごめんね、そうだよね……?

るなさん、そこまでいうことはないとおもいます、ひかりさんは、るなさんのために――

留奈

静かにして

留奈

留奈はあなたたちの力を借りなくたって! プロデューサーを誘うくらいできたんだから! ああ、もう!

留奈が苛立ちまぎれに呻きを漏らした。
楓もさすがに黙りこくる。
もしかしたら嫌われるのでは、余計なことをしすぎてしまったんだ、という後悔がひかりの胸に渦巻いた。

ひかり

ひっ……!

思わず目をつむってしまった。

留奈

……

……?

ひかり

……あれ?

だが、何もされない。

留奈

……はい

ぶっきらぼうに、ひかりたちの方を見もせず、手袋をした片手を突き出す。
手には、小さな箱が2つ。

ひかり

ん……?

ひかりが目を開くと、箱を差し出す留奈の顔が、急に赤らんだ。

ひかり

……え? なに、これ

留奈

……心配かけて、悪かったわね。

留奈

本当……ごめんなさい

口頭では謝りつつも、妙にトゲトゲした態度だった。

留奈

今はこれがせいいっぱい。結局、あまりたくさんは用意できなかったわ。早く、受け取りなさいよ。できたら黙って、急いで

なんですか、そのつつみ

留奈

……チョコ

留奈

い、言わせないでよ……!

留奈は語気をあらげると、少しためらうように唸ってから、だが言い切った。

留奈

ば、バレンタインチョコに決まってるじゃない!

顔を真っ赤にして、やはりひかりたちの方を見ないまま、留奈はかみついた。

ひかり

あ、あれ、でもそれって、プロさんにあげるんじゃ――

留奈

それは勘違いもいいところよ! プロデューサーには、相談したかっただけで……!

ぎり、と唇をかむ。しかし思い切りを付けるようにして、留奈は声をはりあげた。

留奈

留奈は最初から、アナタたちに一番に渡したくて、ずっと悩んでたの!

ばれんたいんはじょせいがだんせいにチョコをあげる日、ですが……

留奈

し、知らないわよ。留奈もプロデューサーに相談したわよ、そんなの。で、でもどうせ留奈は、あげる相手なんていないもの

留奈

……何よ、文句あるっていうの!?

恥ずかしさを早く済ませたいのか、それとももどかしくなったのか。
留奈は、唖然としている2人に、はい!と、順番に箱を押しつけていく。

バレンタインを何日も過ぎてから渡されたそのチョコを、2人は呆然とみつめた。

留奈

味は……まあ普通だけど! 一生懸命作ったのよ! 誰よりアナタたちに食べてほしいに決まってるじゃない!

留奈

……チームメイトだもの

留奈は軽くうつむきながら、ぽつりと漏らす。

留奈

アナタたちとアイドルになれて……その、嬉しいわよ。多くの人が留奈たちを見てくれる

留奈

ねえ。アイドルってすごいと思うでしょ?

留奈

ただの女の子が歌って踊るだけで、会場を埋め尽くすほどの人が熱狂するのよ

留奈

……フツーじゃないわ

留奈は、遠くを見つめながら、くすりと笑って見せる。

留奈

留奈はもっと輝きたいわ。その場所、その瞬間や、留奈たちを応援してくれる人が、愛しいの

……

留奈

アナタたちが、いなきゃできない。た……た、大切なチームメイトじゃない

留奈

それとまあ……

足で地面をなじって、ぽつりと。

留奈

……その

留奈

…………友達、でしょ…………

語った理由は、ひかりが楓に語った、留奈を応援する理由と全く同じもの。

留奈

あ、あぁもう、いつも、一緒にいてくれてありがとう!! もう終わり! 2人とも帰りなさい! 命令よ!!

なりふり構わず、前のめりになって声を張り上げた。

ひかり

……わ、わぁ

……

留奈の叫びを最後に、沈黙が辺りを支配する。
雪がしんしんと降り注ぐ無音のなか、聞こえるのは留奈が肩で息をする音だけ。
3人は、ただ見つめ合っていた。

留奈

な、何よ…黙っちゃって。文句があるなら、返してもらったっていい――

るなさん

楓が一歩、前に出た。

……にこ

手に持っていた袋から何かを取り出してから、留奈の手をとる。
楓なりの力で強くにぎって、手に持っていたものを渡した。
チョコレートの入った小箱だった。

わたしたちも、つくりました。じょせいがだんせいにチョコをあげる日、ですが、なやみましたが、つくりました

いつもありがとうございます、るなさん

わたしは…るなさんのこと、好きですが?

きょとんとしたストレートな視線に、留奈はたじろいだ。

留奈

あ、あう

ひかり

わーーーん!! るなちゃぁああん! 好きぃぃい!!

わぷ

留奈

きゃあっ!?

言葉に詰まっていたのもつかの間、ひかりが楓を巻き込んで、留奈を抱き締めにかかる。

留奈

ちょ、ちょっと離しなさいよ。や、やめてよ、こんなところで、やめてってば……!

わたしたち、いつもこんなことのくりかえしですね

ひかり

別にいいじゃん! あれだよ! 結婚しよう! 3人で!

だめです

ひかり

あぁんもう、つれないなぁ、留奈ちゃんもかえちゃんも好き好き大好き!

留奈

な、何言ってるのよひかり、そんなの留奈だって――!

留奈は2人に揉まれながら、勢いで言葉を発してしまい、すぐさまハッとしたように口を閉じた。

ひかり

……へ?

……?

シン、とする。

留奈

…………い、いや、なんで黙るの!? 騒がしいままにしときなさいよ!!

……いま、なんて言おうとしたんですか?

留奈

あ、あぁ……もう……うぅ……

留奈

…………すき

ひかり

わーーー! 留奈ちゃーーーーん! 私もーーー!!

再びもみくちゃになる抱き合いが再開された。
灰色の空からは、ちらりちらりと、雪がふりはじめていた。

*  *  *

留奈から、「バレンタインチョコを渡せた」という連絡が入った。

その翌日のことだ。

プロデューサー

……あれ? これは……

誰も居ない事務所に忘れ物を取りにいくと――
机の上に、チョコが置いてあった。

留奈

あら、ずいぶん可愛いチョコレートじゃない

プロデューサー

あぁ、留奈

何気ない雰囲気を装っている風の留奈が、歩み寄ってきた。
まるで、偶然部屋に入ってきたと言わんばかりだ。

留奈

見た感じ、きっと手作りね。誰か、恥ずかしくて渡せなかった人がいたんじゃない?

留奈

その誰かさん、プロデューサーにも、いつもの感謝を伝えたかったんでしょうね

しばらく唖然として留奈を見ていたけれど、思わず笑いそうになってしまった。

留奈

ただ本命はあり得ないわ。これは絶対義理なのよ! 分かった? プロデューサー

プロデューサー

……あぁ

ちなみに、留奈は知らないだろうけれど、僕は事務所に所属している留奈以外の全員からバレンタインチョコをもらっている。

だからこのプレゼントの送り主は、実は消去法で分かるはずなのだけど。

――その答えは、口に出さないことにした。

さっそく箱を開けて、中に入っていたトリュフチョコレートを一粒、口に運ぶ。

プロデューサー

お、このチョコ、とっても甘くて美味しいなぁ。疲れによく効きそうだ

プロデューサー

くれた人には、ぜひともお礼を言いたいなぁ

わざとらしくなったかもしれないけれど、呟くと、留奈がびくりと反応した。

留奈

そ、そう。当たり前――……じゃなかった。良かったじゃない

留奈

じゃあ留奈は行くから。月刊メガミの新刊を発売日に買い逃したらアイドル失格だもの

留奈

あぁもう、昨日はひかりたちに付き合わされて散々だったわ

照れ隠しなのだろう、わざと気だるげそうにしている。
留奈の反応に、微かに笑みが漏れてしまうのは少し意地悪だろうか。

留奈

ふふ


まあ、嬉しそうだから、良いのかな。

……ホワイトデーのお返し、考えておかなくちゃなぁ。

最終話 sweet sweet PARTY

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