――とある高校の放課後。

ヒロミチ

そりゃあ救急車に
決まってんだろ。

ユウカ

えぇ~。何言ってるのよ。
やっぱり消防車でしょ。

ヒロミチ

はぁん? ありえねぇ。
絶対救急車だって。

ユウカ

ヒロの言いたい事は分かるけど、
しっかり考えると消防車だわ。

ヒロミチ

なんでだよ。
余裕で救急だっての。

ユウカ

はぁ~、馬鹿ねぇ~。
まだ分からないの?

ヒロミチ

はいはい馬鹿ですよ。
学年主席から見れば
全員馬鹿に映るんだろうな。

ユウカ

いや私と比べなくても
どうかと思うけどな~。

ヒロミチ

くぅー、ムカつく。
おい、ワタル。
どっちだ?
救急か? 消防か?

 二人の話を一緒に聞いていたのはワタル。微笑ましく二人を見ていたが、ヒロミチに自分の意見を求められた。
 救急車か消防車か?
そんな質問に、ワタルが答えた。

ヒロミチ

っ何でパトカーなんだよ。
一番ありえねぇっ!

ユウカ

へぇ~。私もヒロと同じで、
パトカーはないと思ったわ。

ヒロミチ

だって、そりゃあ
病人がいるんだったら
一刻を争うだろ?
どう考えても救急だっての。

ユウカ

火事の被害は途方もないわ。
建物は勿論の事、
多くの命が奪われる危険がある。
一刻を争うのは消防。
これが私の答え。

ヒロミチ

うむむむ。

ユウカ

それにしても
一刻を争うなんて言葉
よく知っていたわね。
ヒロにしては上等よ。

ヒロミチ

くっそー、
宇宙から見下ろされてる気分だ。

 自称不良のヒロミチ相手に、ユウカはずけずけと物を言う。三人はこの高校に入ってからの友人同士だ。いつもの憎まれ口を一通り叩いた後、ユウカはワタルに視線を移す。その視線はワタルの意見を引き出すのには十分すぎた。

ワタル

だって、
命だの何だって言っても……

 大人しい顔の割りに、大胆発言をしそうなワタル。言葉が終わらぬ間に、ユウカの表情は興味でいっぱいになっていた。

ワタル

悪人かもしれないじゃん。
それなら悪人ほぼ確定の
犯人を追い掛けるべきかなと。

ユウカ

ほぉ~。

ヒロミチ

それを言うなら、
えんざいとかあるかもよ。

ユウカ

うっそ、そんな言葉まで
知ってるんだ。
マジびっくり。

ヒロミチ

ふふふ……。

ユウカ

まぁ、今の冤罪は絶対に
平仮名っぽい感じね。

 図星をツンツンされたヒロミチは、のっぺりした引き顔をしてみせる。ユウカはワタルのその考え方に刺激を感じたらしく上機嫌だ。確かに穴のある考え方だが、自分が持ち合わせていなかった思考が気にいったのだろう。

ユウカ

まぁ、仮定の話を入れたら
纏まるものも纏まらないから。
でも面白いわ。

 『救急車と消防車、それにパトカーに道を譲るとしたら、どれを優先するか?』
そんな議論が交わされていたのだ。

ヒロミチ

確かに、まさかの考え方だ。

ヒロミチ

おっ!? 転校生!
お前はどう思うよ。

 三人が話す机の脇を通ったのは、先週この高校に来た転校生だった。名前はレン。そのレンにヒロミチが強引に議題を説明する。

レン

救急車じゃないかな。
やっぱり人命を優先するかな。

ヒロミチ

おー、さすが転校生。

レン

でもよく考えると消防車かな。
被害が広がる可能性あるからね。

ヒロミチ

おのれ、お前も
そっち側か。

ユウカ

「よく考えると~」
って入ったところが重要ね。

レン

じゃ、僕はこの辺で。
家の仕事があるんで。

 質問に手早く答えると、足早に教室を出る転校生レン。物足らなさそうなユウカの顔に反応して、ワタルは疑問を口にした。

ワタル

家の手伝いがあるんだ。
何やってるんだろう。

ヒロミチ

なんだよ、あいつ、
そっけねーなー。
手伝いなんてテキトーに
サボってたらいいんだよ。

ユウカ

誰かさんは、サボる以前に
手伝う気すらないけどね。

ヒロミチ

ふふふ。
家の手伝いなんぞで
大切な青春の時間を
失ってたまるか。

ユウカ

その点、ワタルは凄いわよね。
そう言えば作れるレシピ増えた?

ワタル

パッと見は
出来てるように見えるけど、
まだまだ全然駄目だね。

ユウカ

お母さんほんとに
料理上手いものねぇ。

ヒロミチ

飯の話してたら腹減ってきた。
よし、じゃあワタルんち行くか。

ユウカ

まーたタダ食いする気なの?

ヒロミチ

試食だっての。
ワタルの料理に少しでも
意見してやろうという
友情なのだよ。

ユウカ

なるほど。ワタル~、
ヒロの料理は手抜きでOKよ。
家の手伝いはさぼっても
ヒロは怒らないらしいし。

ワタル

よし、じゃぁ
ヒロの分は手を抜く事にする。

ヒロミチ

申し訳ございません。

 夕焼けに染まった教室に背を向ける三人。料理人を目指すワタルの家に行く事になった。

 ――ワタルの家、22時頃。

 小さな食堂の仕事を終えたワタルとその母は、ようやくリビングに落ち着いていた。

ふぃ~、今日もよく働いた。

ワタル

今日もお客さん多かったねぇ。

忙しいのは有難い話さ。

ワタル

母ちゃんの料理が美味いからだよ。
そりゃあ店も繁盛するよ。

褒めたって何も出やしないよ。

ワタル

照れちゃって、あはは。

べらんめぇ、
からかうんじゃあないよ。

 近所のスーパーでまとめ買いした発泡酒。その三本目を空けてから、母は続けた。

アタシァ、おてんと様に
恥ずかしくない仕事を
したいだけさ。
どんな奴が来たって
胸張れる生き方を
したいだけなのさ。

ワタル

はいはい、毎日聞いてるから
分かっってるよ。

 そう答えるワタルの心中は、どこかモヤモヤしていた。

ワタル

おてんと様に
恥ずかしくない生き方か……。

ワタル

料理の勉強もしてるけど、
母ちゃんのように
胸張ってそんな事言えるか?
もっと頑張れるんじゃ……

ワタル

でも学校の勉強も
人並みにしてるし。

ワタル

まぁ、疲れちゃって
宿題やんない事は
多々あるけどね。

ちょっと聞いてんのかい?

ワタル

ぅへ?

 心中のモヤモヤは、母の言葉でそれ以上ワタルの頭に留まる事なく霧散した。

母ちゃんが聞いてんだから
はっきり返事しな!

ワタル

え……、あ、う、うん。

うおっし!
それじゃあ風呂掃除頼んだよ。

ワタル

あ、しまった。
ったく、しょうがないなぁ。

 八本目の発泡酒を開ける母。何でもない日常。父のいない親子二人の会話は、いつも通り何でもなかった。

見知らぬ男

おぅ!

 突然、見知らぬ強面の男がリビングにいきなり入ってきた。眉間にしわを寄せて、ズカズカと何の遠慮もなく入ってくる。野太い声にも覚えがなく、鋭い目付きとは絶対に視線を合わしたくないと本能が訴えかけてきた。

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