矢津 誠一郎

新妻先輩、にーづませんぱいー


昼前だというのに、寒さが骨身にしみる。2年の教室のある、2階の廊下は、体育館の影となって一段と冷え込んでいた。
指先を軽くさすり合わせながら、廊下を進む新島は、聞き慣れた声にゆっくりと振り返ると、廊下の少し離れた位置からコンビニの袋をぐるぐると回しながら、矢津がゆっくりと近づいてくるところだった。

矢津 誠一郎

はよございまーす

新島 椿

もう、昼前の休み時間だ

矢津 誠一郎

起きたら10時で、あせったっす

矢津 誠一郎

にーづませんぱいは、遅刻しなさそーっすね

新島 椿

……一年、俺の名前は新島だと何度言えば

矢津 誠一郎

俺も矢津誠一郎っていう名前が
あるんすけどぉ

新島 椿

む。……矢津、俺の名前は、だな

矢津 誠一郎

はいはい、つばきちゃんでしょ

新島 椿

返事は一回!ちゃんはやめろ!


新島があまりにも思うとおりに怒りのボルテージをあげていくさまを、ニヤニヤと口元を弛ませながら見ていた矢津だったが、あ、小さくつぶやいたあと、口元を結ぶ。

矢津 誠一郎

そうだった、そうだった忘れるとこだった

新島 椿

ん?なんだ?


矢津からおおげさに声をあがると、新島は先程まで怒りにつりあがっていた眉尻をへにょりと下げて、どうした?忘れものか?と心配げな表情に一転する。

矢津 誠一郎

はい、これ

新島 椿


ぶんぶんと振り回されていたコンビニ袋の持ち手はこれ以上ないほどに、細く捻られており、くるくると捻りがほどかれていくと、ほかほかと湯気が立つ中華まんが出てきた。
目の前にだされた中華まんを新島はうながされるままに受け取ると、指先からじんわりとあたたまるのを感じた。

新島 椿

……くれるのか?

矢津 誠一郎

うっす。今日のみ発売って見かけて狙ってたんすよー
いつもお世話になってっすからね

新島 椿

寒かったのでありがたいが、

矢津 誠一郎

じゃー、またねー椿ちゃん

新島 椿

あ、おい。矢津?

学食でパンを買ってくると思ったが、
コンビニまで行ってきたのか?

新島 椿

いや、さっき、矢津に貰ったんだが。ちょうどパン一つしか買えなかったので助かった

ふぅん?
後輩に恵んでもらったのか

新島 椿

明日にでも、何かお礼をしないといかんな

いただきます

新島 椿

いただきます

<神々の恵み>

いただきますぐらい、きちんと言え

いただきます

新島 椿

これ、肉まんだと思ったら、
中味、チョコなのか

………お礼、っていうかおかえしは、
来月渡してやれ

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