若松高校二年の、あるクラスで。
白井空は退屈な授業を完全に上の空で受けていた。
若松高校二年の、あるクラスで。
白井空は退屈な授業を完全に上の空で受けていた。
女性作家として有名な清少納言。彼女の代表作はあの『枕草子』であり…
国語教師の平坦な声が流れる中、彼は窓の外を眺めていた。
そんなこと、ここにいる誰でも知ってるよ
ぼそっと呟くが、その後に虚しさが残るだけ。
彼だって知っている。
自分が一匹狼と言われ、距離を置かれていることくらい。
そしてそんな事実にさえ、興味はなかった。
はあー。今日もつまんないな
そう溜息をついたところで、授業終了のチャイムが鳴る。
まあ俺が言いたかったことは、読書はいいぞって事だ。古典文学も、現代文学もな。少年少女よ、本を読め! ああ。これHRも兼ねてるから、もう下校でいいぞ
古典教師兼このクラス担任でもある彼の一言で、今日の学校も終わりだ。
クラスの面々が好き勝手に騒ぐ中、白井空だけが静かに教室をあとにした。
* * *
夕焼けが世界をオレンジ色に燃え上がらせていた。
その世界の片隅で、白井はぼそっと呟いた。
誰が読書なんてやるかよってんだ
授業終わりの担任の台詞を思い出しながら、悪態をつく。
本なんて、みんながみんな作家の描いた都合のいい世界だ。赤の他人の創り物の世界を見て、何が楽しい、何が得られる
それこそ、何度目かもわからない口癖のような台詞を口から零す。
呟きながら足元の小石を軽く蹴った。コロコロと転がって、時に不規則な変化を見せながら、小石は小道から逸れて小さな路地裏に入り込む。
ちらりと、担任教師の授業よりは若干の興味を持って、小石の入り込んだ路地の、その先を覗く。
そして、見つけた。
・・・
うへー。見なかった振りをしよう
あ、こら! お待ちなさい! 麗しい乙女が倒れているのです。無視とは何ですか無視とは!?
め、めんどくさいのに絡まれたな…取り敢えず大丈夫?
お腹が空きました!!
早くこの場を去りたかったので、ポケットにあったチョコレートを差し出す。
手ごと食べられた。
お、何だこれは!? とっても美味な食べ物ですね。気に入りました。あなた。何かお礼をして差し上げます。そうだ、本はお好きですか?
いや、むしろ大嫌いだね
何と! 本が嫌いなんて。いいでしょう! 私に任せて下さい。この私があなたに素晴らしい本を差し上げましょう!!
私に任せてって、あんた誰だよ?
白井の言葉に、彼女は胸を張って答えた。
えっへん。私は清少納言。まあいわゆる物書きです
春、というにはまだ寒い2月11日。それでも立春が過ぎたのだから、春と呼んで間違いではないだろう。
何処かの誰かさんは春は曙(あけぼの)なんて言っていたけれど。
白井空にとって、春は夕方、出逢いの季節だった。