まだ結果が出ない。

 実験の結果が出るまで、成果として目に現れるまで待ちきれない。
 幼いときにクリスマスにツリー、または枕元にプレゼントが置いてあるかもしれない。それに似た期待・焦り・不安・ワクワク、つまりは言い表せないようなモヤモヤした思いをこんな年になっても感じるとは思わなかった。

その感覚はとても心地よい。
成果が出たときにはそれを超えるような快楽を味わえる。そんな期待で胸がワクワクする。
 しかし子供と違ってそれを表に出すわけにはいかない。私はもう大人なのだから。

この高揚した感情を吐き出したい。早く自分の気持ちを伝えてみたい。喋ってみたい。我慢だ、もう少しの我慢。

我慢 我慢 我慢 我慢・・ 我慢!・・・我慢!・・・・・・・・

 春休み中、制服登校の制限はない。
 来年度は大学受験。
 特に難関校を狙っているという訳ではないが、それなりのところに行ければと勉強をしている。

遠くに行くつもりはない。なるべく近いところへ行けるようにしたい。その理由はこれから待っている用事に関係している。

そろそろか。ちゃんと行かないと怒るからな、あの人。

午後一時、学校の自習室から出て校門に向かう。

門の前には見覚えのある顔があった。人生でそんなイベントは期待していなかったのであるが、人助けはしてみるものだと思った。

先輩おはようございます。もうお昼ですけど

あの時の女の子、確か赤沢菜月さんだっけ。
忘れていなくてよかったと一安心。

この前の娘か、あの後は無事に帰れたんだ。よかった

その節はありがとうございます。本当に助かりました。

あのことか。つらいだろうからもう忘れな。

あまりトラウマを引きずりださないようにと慎重になる。

今日は勉強?

はい、一応。最後の期末で一科目赤点をとってその補習です

そうなんだ

 意外だった。そんな理由を聞くつもりはなかったのだが、真面目そうな雰囲気の彼女から出た言葉だったのでつい驚いた反応をしてしまった。
 しまったと思ったが、次の反応でその不安は杞憂だったとわかる。

あの、たまたま先輩を見つけたので改めてお礼をしたいと思いまして。

「気にしなくていい」と言う間もなく、それは僕に差し出された。

こんなものしか用意できませんでしたが、良かったらどうぞ。

ありがとう

断る理由も特になく、素直に受け取った。
箱を手渡す瞬間、微笑んでくれたように見えたのは気のせいではないと思う。

何とか渡してみたくて作ってみました。これでお礼になれば良いのですけど

甘いものは好きだからうれしいよ。ありがとう

良かったです。これから先輩はどうするんですか。

これからちょっと病院に。

どこか悪いんですか

いや、そういう訳じゃないけど。昔のけがを手術した後の定期検査らしい。サボると怒られるから

そうですか、じゃあ私は補習に戻りますね。また今度

そう言って赤沢さんは校舎の中に行ってしまった。

ふと時間を確認しようとスマホを取り出すと案の定お怒りのメールが届いていた。

「早く来なさい。予定が詰まっているの」

などと自己中な一言だけ

ヤバい。早くいかないと

後輩からのプレゼントに喜んでいる暇もなくいつもの病院に向かうことにした。

「バレンタイン」その単語が浮かんだ。
 貰うとやはりうれしいものである。
定期の診察に行く足もなんとなく軽い感じがした。

今日はやけに機嫌がいいじゃない。いいことがあったみたいね、チョコでももらったの

 診察室に入ってすぐそう声をかけたのは僕の主治医である坂本真冬先生。
 彼女手術を受けてから10年近く経つ。親を除けばそれなりに長い付き合いのある数少ない大人である。

こんにちは。もう体は大丈夫なんですから来なくてもいいんじゃないですか、僕

そう冷たく人を突き放されると寂しいなぁ。
あれだけの事故だったんだよ。油断は禁物、それに臓器の移植までやったんだから定期的に様子を見ないと

そう、僕は10年前交通事故に遭った。正直あまり覚えていないが、大事故だったようだ。その時、病院をたらいまわしにされた後、この坂本先生が何とか緊急手術を引き受けてくれたらしい。

―でかい事故だった―
らしい

 後で知ったことだけど、相当な事故で当時全国紙にまで載ったくらい大きな玉突き事故に僕は巻き込まれたようである。
 なぜ記憶が曖昧かというと僕は別のことに気を取られていたからだ。
 そんなことに構わなければ僕が巻き込まれるはずは無かったのであるが、当時小学生の杉本薫少年には自分の身を優先するという思考が働かなかった。

下校中の出来事
一人の同級生が横断歩道を渡ろうとしていた。

もちろん信号は青、一緒の通学路で別れようとした時の出来事。

その音が聞こえて振り向くと、一台のワゴンが止まる気配なく走ってくるのが見えた。

「いけない!」

少年の頭は考えた

助けなくちゃ!

そう足を動かして、体がふっとばされて
一瞬すごく痛かった、そのあとのことは特に記憶に残っていない。

僕の損傷はすさまじかったらしく、臓器と四肢のほとんどをドナーから移植してもらった。

改めて言うけど奇跡だったんだから。
奇跡的にドナーが見つかったからよかったもの。
生きているのが不思議なくらいね。

彼女は命の恩人である。

他人の体を移植してからの影響を考慮しての定期検診だから悪く思わないでね。
で、どうなの最近の調子は違和感とか、痛みとかあるかい

特に問題はないです。普通に生活できています

そう、今日も問題なしか。
それはよかった

感情を読み切れない雰囲気は相変わらずであったが、機嫌が良いということだけはかんじとれた。

もうしばらく様子を見てみよう。あと半月もしたら定期検診のスパンを短くしてもいいかもね

そうですか

慣れている人とはいえ医者の前ということでかしこまってしまう。そんなオーラをこの人は放っている。
ある意味「尊敬できる大人」といってよい。

涼しい顔をしながら命を助けるスキルと情熱を持っている。
 そしてそれをいざというときに発揮する。この人に対する僕の気持ちは綺麗とか可愛いなどではなく純粋に
「カッコイイ」というものが率直な意見である。

今日はもういいから、また元気な姿見せてね

今日僕は一つ嘘をついてしまった・・・

違和感・・・

はっきりと言葉に表せない違和感と言ってよいのかわからない感覚が僕にはあった。
なんというか、 不満足感

体の中で満たされないものがあるような焦燥感に似たもも。

まだ起きられない。まだだ。
まだアイツはトリガーを引かない。
いや、誰かが引いてくれる。俺にはそういう運命がついて回る。でも導火線の火はついた。

俺は待つ。息をひそめて、蛇のように。いつか俺を起こしてくれる。それまで

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