放課後を告げるチャイムが鳴ると優咲は開放された気持ちになり、帰り支度を急ぐ。
放課後を告げるチャイムが鳴ると優咲は開放された気持ちになり、帰り支度を急ぐ。
これで今日は辛い事が1つ減る
その気持ちが優咲の動きを早くしていた。
支度を終えて立ち上がり、クラスメイトの痛い視線と言葉を無視しながら教室を後にする。
・・・はぁ・・・・・・
門を出れば思わず息が漏れた。
緊張から開放されたが故の溜息だった。
気が抜けたせいだろうか、朝の質問を思い出していた。
今すぐにでも生まれ変われたら・・・誰にも迷惑を掛けないで済むよね。
今すぐにでも死んで生まれ変われば・・・こんな辛い想いだってきっとしない
優咲にとって『生まれ変わる事』は希望で、だからあの質問だけに強く惹かれたのだと今ならわかる。
生まれ変わったら幸せになるんだ・・・死ぬのは怖い。でもそう思えば・・・幸せな事に思える
思わず考えたのはそんな事だった。
簡単に死ねる方法って・・・あるのかな
何時もならそう考える前に抑えていた。
だけど今日は質問項目を見たせいなのか、抑えられなかった。
そうして思考の渦に入った優咲は周囲の危険に一切気付いていなかった。
危ないっ!!
え・・・・・・?
叫び声にハッと我に返る。
辺りを見回せば赤を示す信号と横から来ていた車の姿が見え、今まさに衝突しそうだった状況に遅れて恐怖を覚えた。
・・・・・・・・・・っ
思わず震える身体を包むように抱き締めれば心配そうな声がした。
大丈夫?怪我しなかった
声を追えば10代後半に見える少年の姿がある。
・・・はい、貴方のお陰です・・・・・・
まだ消えない恐怖に震え声になりながらもどうにか礼を告げるとホッとしたように彼は笑った。
良かった。危ないところだったね
静かに頷けば少年は続ける。
そうだここで会ったのも何かの縁だし、ちょっと僕と話をしない?丁度退屈してたんだ
え・・・あの・・・・・・
突然の誘いに優咲は戸惑ってしまう。しかし嬉しそうに笑っている彼を見ていると断りの言葉が出せなくなり、結局は頷いた。
・・・少しなら
ふふ・・・ありがとう
優咲の言葉に彼は笑みを深くした。
じゃあここは危ないし・・・ちょっと歩こう?・・・と言ってもそんな遠くへは行けないんだけど
は、はい
緊張から上ずった声で反応をしてしまうと彼はすぐにそれに気付いた様子で言った。
そんな緊張しなくて大丈夫。僕は君に危害を加えたりしないから安心して
その言葉を聞くと何故かとても安心出来、小さいながらも頷けた。
あ、そうだ。手、繋ぐ?
えっ
繋いでるってだけで安心出来ると思うんだよ。どうかな
そう問い掛けられれば断りづらい。
優咲は再び小さく頷き、嬉しそうに差し出された彼の手を取った。
あれ・・・凄く冷たい
繋いだ手は冷え切っていて戸惑う。
あ、ごめん。冷たくて驚いたかな?僕の手はもう温かくならないから
優咲の想いに気付いたのか、申し訳無さそうに言う彼に首を振る。
・・・大丈夫です
しかしどこか違和感があった。
『もう』温かくならないなんて・・・普通言うかな?
しかしそのまま歩き出した彼に問い掛けている暇は無かった。
交差点を曲がって暫くすると今までの風景が嘘のような田園風景が広がっていた。
・・・凄い、ちょっと道を逸れただけで全然違う
思わず漏らした言葉に隣を歩いていた少年は嬉しそうに笑った。
面白いでしょ?僕はこの街のこういう所が凄く好きなんだ
・・・こういう所?
うん。少し道を逸れただけで違った顔を見せてくれる・・・こういう所だよ。何だか得した気分になるでしょ?
・・・確かにそうかも知れません
そう言えば彼は又嬉しそうに笑った。
君ならわかると思った。
もう少し歩くと又違う街の顔が見れるよ
そうなんですね・・・楽しみです
つられて優咲も微笑む。
更に歩けば並んでいた住宅がまばらになり、ついには一軒も無くなった。
住宅に隠れていた夕焼けの小さな光が一気に大きくなる。
何にも無くなった周囲を優しく照らすその光はとても温かく思えた。
綺麗・・・・・・
思わず漏らした声に少年が又笑う。
ここはね、僕のお勧めの場所なんだ。
長らく来ていなかったけど・・・何も変わってないね
懐かしそうなその声に再び優咲は違和感を覚える。
お勧めの場所なのに・・・来ていなかったんですか?
思わず尋ねると少年は寂しそうに言った。
来たくても・・・来れなかったんだ。僕はあの場所から余り動けないから
さっきも言ってた・・・余り遠くにはいけないんだって
その事に対しても多少の違和感は覚えていたが、今の少年の発言で大きくなる。
・・・あの貴方は・・・誰なんですか?
静かに問い掛ければ彼は困ったように笑った。
誰・・・なんだろうね僕。もう忘れちゃったんだ
え
驚いて声を漏らすが嘘をついているようには思えなかった。
僕は10年前に君と会ったあの交差点で事故に遭って本当は死んでるんだ。10年間ずっと誰にも呼ばれなかった・・・だからもう忘れちゃった
続くその言葉も嘘には聞こえなかった。
・・・なんて言っても信じられないかな
困ったように笑いながら問い掛けてくる彼に優咲は首を振った。
もし本当に生きてないのなら・・・今まで感じてた違和感も納得出来るような気がする
そんな想いが彼女に首を振らせた。
・・・信じてくれるの?
驚いた様子で訊いて来る彼に頷き、次いで問い掛ける。
でも死んだというのならどうして今まだあの場所に居るんですか?
普通亡くなったら転生する為に別の世界に行くと聞いたんですが・・・それとも本当は違うのかな・・・・・・
・・・ううん、合ってるよ。
僕も本当は転生に備えてこの地に留まってちゃいけないんだ。だけど心残りがあったからまだ転生したくなかった。
だから神様にお願いして・・・10年間ずっとあの場所に居る。
君が毎日辛そうにあの道を通る姿も何度も見たよ。本当はずっと声を掛けてたんだ。どうしたの?って
言いながら自分が辛そうに言う彼は相変わらず嘘を言っているようには見えなかった。
・・・でも今まで貴方の姿が見えた事も無かったし、声も今日初めて聞きました
うん、聞こえてないのも視えてないのも何となくわかってた。
僕は本来この地に留まっている存在じゃないとわかっているから・・・それが当たり前だとも思ってたんだ。
だから今日初めて君に声が届いて目が合って・・・すっごく嬉しかったけど心配だった。だからここに連れてきた
・・・どういう事ですか?
本来姿も視えないし声も聞こえない筈の僕が視えてしまったという事は異様な事。
だから君に危険が迫っている証拠だと思う・・・放っておいたらいけないと思ったんだ
そう言う少年の表情は真剣そのものだった。
ねぇ今君は・・・大きな悩みを抱えているんじゃないかな?そしてその悩みから逃げたいが為に・・・死のうとしてない?
・・・・・・・・・・!
彼の言葉は完全に図星だった。
この世に生を受けたら使命を全うするまでは生きなきゃいけない・・・それが世の理。
僕は神様にお願いする事でこの世の理を曲げている。だから理を外れようとしている人を見たらきっとわかると思った。
どうやら本当にそうだったみたいだね
真剣な表情で彼は続ける。
ねぇ君は今、何を悩んでいるの?ここだったら誰にも聞こえない・・・だから僕に話してよ
その言葉は誰かに言って欲しいとずっと願っていた物だった。
だから優咲はそれに・・・静かに頷いた。
to be continued