年期が入ったアパートの中朝を告げる目覚ましを止め、長い前髪が顔面の殆どを覆っている中学三年生の遠山優咲(とおやまゆうさ)は目を覚ました。

優咲

又朝が来ちゃったか・・・・・・

 その事に残念さと密かな恐怖心を感じながら制服に着替え、髪を整える。
 長くて分厚い前髪は幼い頃の事故で負ったという顔の傷を隠す為に伸ばしているが、経済状況が楽ではないせいで切りたいとも言い出せないから伸び放題になっているというのもそうだった。

優咲

・・・幽霊みたい

 鏡に映った自分の姿に思わずそう考える。
 だけどこれも仕方の無い事なのだとすぐに自分に言い聞かせた。

 着替えを終えて食卓へ向かえば食パンが乗っている。恐らく彼女の唯一の肉親である母親の用意した朝食なのだろう。

優咲

・・・今日もお母さんは居ない、か

 人の気配の何もしない静かな家の中・・・考えるのは母の事。

 優咲の両親は記憶も無いような幼い頃に離婚している為に母子家庭で稼ぎ手は母しか居なかった。
 その為彼女の母は彼女が起きる前に出て寝た後に帰ってくる。
 こんな朝食も何度も経験していた。

優咲

・・・お母さん、大変だよね。何時も・・・ごめんね

 心で詫びながら食パンをトーストする。

優咲

・・・私が居なかったらこんなに苦労しないよね

 そう考えてしまうのも何時もの事だった。

優咲

このまま死ねたら良いのに・・・・・・

 そう思った所で怖いから何も出来ない。そうわかっているのにそう考える。

 母の働いた給料の大半は優咲の学費と生活費。
 そうわかっているからこそ余計にそう思ってしまう。

 その考えを振り払うように食事を終え、立ち上がった。

優咲

・・・学校行こう

 次の行動は当然その事だ。しかしそう思う優咲の表情は浮かないものだった。

 足が竦み、動悸が激しくなったと感じ取ると突然頭痛と胃痛と吐き気がした。

優咲

・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・

優咲

気分悪い・・・・・・。学校なんて・・・本当は行きたくない

 そんな想いが込み上げ、振り払うように首を振る。
 彼女にとって学校は怖くて仕方の無いもので、その気持ちが体調に出てくるのだ。

優咲

・・・負けちゃ駄目。お母さんが頑張って行かせてくれてるんだから

 声に出して言い聞かせる事でどうにか痛みに耐え、荷物を持つ。
 そうして優咲はやっと外へ出たのだった。

 外に出ると同時に優咲は隣の部屋から人が出てくる事に気付いた。

優咲

・・・おはようございます

 挨拶をすれば隣に住んでいる老女が振り返った。

近所の女性

あらおはよう。これから学校?

 挨拶を返しながら嘗め回すように全身を見られ、気持ち悪さを感じながらも表情に出す事はせずに優咲は頷く。

優咲

・・・はい、そうです

近所の女性

お母さんは?

 続けられた問い掛けに今日も来たと優咲は思った。

優咲

・・・きっと又悪く言われるんだろうな

 この地域は家族の繋がりを大切にする地域の為、離婚なんて持っての外だった。
 特に子供が居るのに離婚したという事が知れている優咲の母への当たりは強かった。

 だから毎日のように母に対する嫌味を言われているのだった。

優咲

・・・今日も仕事に行ったみたいです

近所の女性

へぇ、年頃の娘の見送りもしないで仕事なんて・・・とても仕事が好きな方なのねぇ。きっと優秀なんでしょう

 物心ついた頃にはもう優咲の家族は母しか居なかったが、数える程しか会って無くてもその身体には傷跡が複数見られるのはわかっていた。
 それが父親だった人物の暴力で、その為に優咲を連れて逃げて来た事は大きくなればわかる。
 だから母は何も悪く無い事を優咲は理解していた。

 しかしこの地域ではそんな事情等どうでも良い事で、幼い子供が居たのに離婚したという事の方が重大過ぎる問題だったのである。

優咲

私が居なかったらきっとここまでお母さんが悪く言われる事は無かったんだろうな

 母が悪くないと知っているからこそ込み上げて来たのは母への罪悪感だった。

優咲

・・・私が居るとお母さんに苦労ばっかりかける

 何度目かわからない位思った事が胸の痛みに繋がる。
 それに気付かないふりをしながら優咲は口を開いた。

優咲

・・・学校があるので失礼します

 言いながら頭を下げ、相手の反応を待たずにその場を後にした。

 学校には20分程度で着く。
 校門前に立つ教師に礼をしながら靴箱へと向かった優咲はその中に上靴が無い事に気付いた。

優咲

あれ・・・私の上靴は?

 慌てて辺りを探す。
 そのせいで周りを見ていなかった優咲は歩いて来た人影とぶつかってしまった。

優咲

・・・・・・・・・・っ

女子生徒1

きゃっ!

優咲

・・・ごめんなさい

 慌てて謝りながら相手を見れば一人の女子生徒と男子生徒が並んで来たところだった。
 校内でも目立つ有名なカップルだったが、優咲からすると別の印象があった。

女子生徒1

うわきもっ・・・幽霊とぶつかるとか

男子生徒1

朝から呪われそうだな、除霊してもらわねぇと

 幽霊とは優咲の事だ。
 傷を隠す前髪のせいで暗い印象を与え、更に話す事が苦手な彼女は下の名前も『ゆう』から始まるという事で何時しかそう呼ばれ、そんな言葉を常に浴びせられていた。
 優咲からすれば2人は唯の虐めっ子だった。

女子生徒1

本当だよ。さっさと成仏すれば良いのに

男子生徒1

目に毒なんだよな、さっさと失せろよ

優咲

・・・ごめんなさい、でも上靴が無くて探してて・・・・・・

男子生徒1

うわ喋った!きもっ

女子生徒1

幽霊に上靴なんて要らないでしょ。ゴミ箱にでも捨ててあんじゃないの。
その方がお似合いだよ

男子生徒1

御前良い事言うな!

女子生徒1

でしょでしょー!

 小さく話した事情もまともに受け取ってくれる様子は無く、そう言い合って笑いながら2人は去っていってしまった。

優咲

・・・だから学校なんて嫌なのに

 後に残された優咲はそう思い、振り払うように頭を振った。

優咲

・・・ゴミ箱、見てみようかな

 悲しい気持ちに気付かない振りをして近くのゴミ箱を見ればすぐに上靴は見付かる。
 カッターナイフか何かで斬り付けられたのであろう傷とマジックで書かれた『死人』の文字が目に痛かった。

 教室に入ればあるべき場所に机は無く、廊下に出されていた。
 机上には多くの悪口が鉛筆で書かれ、辛い想いに気付かないふりをしながら消しゴムで1つ1つ消す。
 そして全て消えてから無言で机を教室に入れた。

女子生徒2

うわ、きもー

男子生徒2

何で幽霊がクラスに居るんだよ

女子生徒3

やだ、こわーい

男子生徒3

死人の癖に学校来るなよ

女子生徒4

朝から気分悪くなるしマジで消えて欲しいわ

男子生徒4

さっさと成仏しろ

 クラスメイトの視線と言葉が痛いが何か返しはしない。

 こんな事がもう3年近く続いている。

優咲

・・・何で生きてるのかな、私。気持ち悪がられるだけなのに

 そう思うのも何時もの事で、それが辛かった。

優咲

・・・でもこれもHRが始まるまで

 教師の居る前では当然このような事は言われないし起こらない。
 それだけが救いだった。

 それから数分が経ち、そんなに経っていない筈なのに長く感じる朝の時間の終わりを告げるチャイムが漸く鳴った。
 それに合わせて担任の教師が現れ朝の挨拶をするとプリントを配られる。

 見てみると幾つかの質問項目が書かれたプリントだった。
 高校受験を控えた今の時期だからこそ配られる面接に備えたプリントだった。

 高校受験を考えて居ない優咲は全く興味の持てない物の筈だったが、ある質問項目が目を離れなかった。

優咲

生まれ変わったら何になりたい・・・か

 すぐに考え付いた事があったが、シャーペンを持つ手が震えた。
 それでも考えを文字にしたくて震える手で記入した。

優咲

私以外の存在になりたい

to be continued

0 「生まれ変わったら・・・」

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