客人の前に淹れたばかりのお茶を置く。
お茶をどうぞ
客人の前に淹れたばかりのお茶を置く。
ありがとう
まるで花を背負っているようなその微笑みに何故だか眩しさを感じて無意識に目を反らす。
僕が席に着くのを見計らって父さんが口を開いた。
千歌、こちらは薫さん
お前に会わせたかった人だ
薫さん、この子は私の娘の千歌
紹介されて薫さんと目が合う。
薫です、よろしくね
先ほどと同じように優しく微笑まれる。
千歌です、こちらこそよろしくお願いします
栄治さんに聞いた通り、可愛い子だね!
…はあ
父さんの知り合いに会うとだいたい同じ事を言ってくるため、微妙な反応しかできない。
僕の事を何て言ってるのかはあまり考えないようにしている。
千歌ちゃん、この子たちは俺の息子で上から順に惶、瑞希、梓
薫さんに紹介されて斜め、僕の左隣に座る父さんの向かい側に座っていた青年が口を開く。
…惶だ、よろしく
無表情で短く言い放つが、怖さは感じない。
声音が柔らかいからかもしれない。
会釈してその隣を見る。
僕の目の前の席で目が合うと何故かビクッとしていた。
俺は名乗らねぇし、よろしくも一緒に住むのも反対だからな!
そう言ってそっぽを向く。
じゃあなんで大人しくここまで来た
そう思ったが口にはしない。
惶さんが呆れたように口を開いた。
…瑞希
名前を呼んでいただけだが何か伝わったのか、まだ視線は反らしたままだがなんとか聞こえるくらいの小声でゴニョゴニョと言う。
……瑞希
よろしくとか言わねーから
先ほどの反応からしてどうやら僕に言ってるらしい。
惶さんが視線だけで謝っているのが伝わってきたのは少しだけ驚いた。
最後に僕の斜め右、薫さんの向かい側に座る少年を見る。
視線が交じるとサラサラの綺麗な髪を揺らしてニコッと可愛らしい笑顔を向けられる。
僕は梓!よろしくね、お姉ちゃん♪
キモッ
瑞希さんがボソッと呟いた。
何か言った?
お兄ちゃん
『お兄ちゃん』の部分が少し低く言ったのは気のせいじゃないだろう。
別に?
今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気を遮るように薫さんが口を開く。
一緒に暮らそうって言ってくれた栄治さんにも千歌ちゃんにも最初に話さないといけない事があるんだ
聞いてくれるかな?
表情が変わらないがその声色から真面目な話だと分かり、火花を散らしてた二人も静かになる。
実はね……
一拍置いて躊躇いながら口を開く。
俺たちは死神なんだ
…
…
どうやら本当に父さんも知らない事だったらしく、一言も発する事なく固まっていた。
そんな事に気付いてないのかトドメを刺すかのように次の言葉が放たれる。
つまりね、俺たちは人間じゃないんだ
何かの冗談とか作り話とかじゃなくて本当の事だよ
そう言う薫さんの表情は真剣そのもので嘘を言っているなどとは到底思う事ができなかった。
…死神ってあの死者を連れていくっていう?
僕の言葉に頷く。
たぶん君が思っている死神で合ってるよ
俺たちの仕事はもうすぐ寿命を迎える人の未練、やり残した事を可能な限り手伝って君たちで言う…成仏、をさせる事なんだ
…はぁ
思考が追いつくのでやっとだった。
もちろんこの話を完全に信じているわけではない。
そもそも、死神なんて空想でしかないと思っていた。
人によってはそれぞれの物、場所、時間などに神が宿ると信仰する人がいる。
輪廻という言葉もある。
人は居もしない『神』を崇め、叶えてほしいと祈るだけで何の努力もしない。
例え努力したとしても叶わなかった時は居ない『神』を憎んで逃げ道を作る。
僕は『神』という存在は自分では楽しようとして動かず、自業自得の敗者が逃げる時の言い訳でしかないと思っていた。
でも今、死神だと名乗った薫さんはどこからどうみても嘘を付いているようには見えなかった。
僕たちが死に近付いているとかじゃなくて他の人にも見えるんですか?
死神は死期が近付いてる者、または亡くなった人を迎えに来る時に姿を現す、見えるようになるという話が多い。
だから気になった。
いや、普通の人たちにも見えるよ
だから安心して?
と言ってもあくまで俺たちはやり残した事が無いように動く必要があるから人間に見えるだけで、他の死神は君が思っているように普通は見えないんだ
それと、と付け足して内緒話をするように口元に人差し指を立てて続ける。
死期が近付いてる者にその最期の日を告げる事は禁止されてるんだよ
見えない方の死神は生きてるうちでは見えないからね
つまり、薫さんたちはその最期が近付いてる人にバレないように動いてその命が消えるまで側にいるという事か。
今まで自分たちが気付かなかっただけで死神は身近にいるのかもしれない。
例えば友人、とか…。
まあ、僕には友達とかいないし必要ないけどね
口を開かずに考え事をしていると、薫さんが眉尻を下げて悲しそうな顔をする。
ごめんね、怖い、よね…
別に怖くないと言おうとしたら今まで固まっていた父さんが勢いよく席を立ち、薫さんの肩を掴んで叫んだ。
それでも!!俺は!!
一度息を深く吸って
薫さんが好きだーーーっ!!!!!!
耳を押さえていても聞こえるほど家中に声が響く。
薫さんも、その息子3人も驚いていた。
父さん、うるさい
近所迷惑
絶対確実に隣と向かいの家には聞かれてた。
あ、あぁ…すまない、つい…
そっと薫さんから手を離して席に着く。
そして今度は落ち着いて薫さんを見つめ、一つ一つはっきりと話し始める。
さっきは情けなくも固まってしまったけど、君が怖いとか信じてないとかじゃないんだ
まさか本当に死神がいるんだとは思ってなかったから驚いてしまって…
もし、それで君を傷付けてしまっていたなら申し訳ない
父さんは頭を深く下げ、すぐに顔を上げる。
その顔は幸せに満ちた笑顔に変わっていた。
でも、君を好きなのは本当だから
嫌いになんてなるはずがない
ありがとう、君の秘密を話してくれて
どうやら僕は口を挟まなくていいようだ。
僕にとっても薫さんたちが何者であろうがそんな事は気にしない。
父さんがそれでいいなら僕は何も文句を言うつもりはなかった。
逆に…こんな情けない俺の事、嫌いになったかい?
そう聞いた父さんに最初の時よりもいっそう花を背負った笑顔で
そんなわけない
たったそれだけだったがお互いに想いは通じているように見えた。