孤児院のおばさんがニコニコと言った。
さぁ、新しい家族ですよ
孤児院のおばさんがニコニコと言った。
幸せになってちょうだいね
だけど、その眼にヒラリと一瞬よぎったものを、俺は見逃さなかった。
少年0021
…………っ
それは、名前のない俺に対する、侮蔑だった。
俺は、物心つく前に親に捨てられた。
生まれてすぐに孤児院の前に置かれていたらしい。
だが、とりたててニュースになることもなかった。
この国の財政は厳しく、市民はとても貧しかった。
おかげで、たとえ子宝に恵まれたとしても、大半が捨ててしまう。
捨てられる場所がほぼ全て孤児院の前というのは、子供へのせめてもの情だろうか。
おかげで、孤児院の前は子供が巣食う場所とまで言われている。
そのせいで、子供が新しく捨てられようと、国民は今更気にもとめない。
富裕層の人間はそんな子供を憐れに思い、捨てた親を嘲笑う。
貧困層の人間は、同情しながらも、どうしようもない状況に絶望して目を逸らす。
これが、この国の現状だった。
さて、そんな孤児院の厄介となった子供たちの中でも、差別は受ける。
年功や、先に孤児院にいた先輩といった生易しいものではない。
名前があるかどうか。
それが最も重要だった。
例えどれだけ先に生まれても、孤児院にいても、名前がないだけで一瞬で子供たちの不要なカースト制度の底辺に突き落とされる。
名前は、捨てられた時に親がその子供の名前、もしくは名前の代わりに成りうるものを持たせているかどうかで決まる。
捨てられて何もない子供たちにとって、名前こそが唯一のアドバンテージだった。
それはつまり、捨てられても尚、親に愛されていた証になるのだから。
だから、たとえ富裕層の子供が名前を持たない状態で捨てられた場合、貧困層の名前を持った子供の上にはどうやっても登ることができない。
後で名前が発覚したとしても、それはジャンケンと一緒で後出し扱い。
階級が上がるどころか、名前がない頃よりも何倍も酷い待遇がまっている。
そんな、ある意味外の世界よりも切迫した孤児院の中で、俺は名前のない0021として育てられた。
名前はおろか、自分の出生に関するものは一切持っていなかった。
例に漏れず、俺はカーストの最底辺として12年間を過ごした。
このまま特に幸せを感じることなく、使い捨てとして戦争の斥候兵に起用され、独りで死んでいくんだろうな……
なんて、考えていた矢先だった。
初めまして
…………
俺を訪ねに、若い2人組の女性が孤児院にやってきた。
1人が俺の手を握り、にっこりと微笑んだ。
私達が、あなたを産んであげる
勿論、何を言っているか分からなかった。
こうやって、孤児院の子供を訪ねに、大人が姿を見せる理由はひとつしかない。
使えそうな兵士を探しに来たからだ。
実際、俺の前に何人も大人に手を引かれて孤児院を去り、その後行方不明になった子供は大勢いる。
大人による外への誘いは、地獄の門をくぐるに等しかった。
それを分かっていたからこそ、名前を持つ子供たちは俺を指さして笑い、同じように名前のない友達は顔を伏せながら
おめでとう
と、絞り出すように呟くだけだった。
孤児院の年寄り達が急に優しくなるのも、むしろ恐怖をあおるだけだった。
そして、今日俺は2人の女性に連れられて、12年間の孤児院生活から卒業した。
わぁ…………
車と呼ばれるものの中から、外の世界を初めて見る。
空を穿つほどの巨大な建物が俺を見下ろしている。
俺達が乗っている車の横を、沢山の人達がすれ違う。
歩道を歩いている人たちも、綺麗な服に身を包んでいる。
外の世界は気に入った?
女性の1人が聞いてきた。
俺は興奮して何度も首を振った。
女性がおかしそうに笑う。
仕草のひとつひとつがとても上品だった。
…………
もう1人の女性は何も喋らず、ただ俺と同じように外の景色を眺めている。
…………
…………?
ただ、時折こっちを見つめてきて、目が合うとニッコリ笑う。
とても不思議な空間だった。
とりあえず、今すぐ兵役につかされる心配はなさそうで安心した。
やがて、車は町はずれの洋館の前で止まった。
俺と女性2人を置いて、車は走り去っていく。
…………
俺はその洋館をゆっくり見上げた。
敷地もとても広く、洋館自体も孤児院の倍の大きさを誇っていた。
ようこそ、新しい家へ
女性の1人が笑いながら玄関を開けた。
自己紹介したいところだけど、私達には名前がないんだ
お揃いだねと笑いながら、女性はサラリと言った。
今日からここが、あなたの家だよ