この街に、魔法使いが居るらしいよ

誰かがそんな噂話を始めた。
退屈に飽きた子供たちは、その話を広げて盛り上がる。

“魔法使い? 知らないよ”


“何それ?”

“だって、そういう噂話があるんだよ”

“誰から聞いたの?”

“忘れたよー”

“魔法使いは悪い子を捕まえて本に閉じ込めてしまうんだって”



“怖い、怖い”

“でも、居ると思うよ”

“だって、街外れの幽霊屋敷。
凄く怪しいじゃない”

“あそこ、人が住んでいないでしょ”


“住んでいるでしょ。ほら……”




“ああ、あの子が魔法使いかもしれないね”

“だったら、あんた呪い殺されちゃうよ”

“いっぱい、苛めたもの”

“いや、あんな子が魔法使いなわけないでしょ”




“そうだよね、あんな……”

下らない子

…………………うるさい
なにも、わからないくせに

………っ

そこ、邪魔なんだけど

あんたこそ、ぶつかってきて何よ

何、さっきの! ムカつく

でも、アイツって……死んだはずじゃ

………………

………

あの幽霊屋敷で呪い殺された………いや、他人の空似でしょ……
そんな下らない人の話やめようよ、

だねー!、街に新しいクレープ屋さんが出来たんだよ行かない?

え? チョー気になる!

この世界は、とても下らない。
不条理で、居たたまれない世界。
私たちは、どうしてそんな世界で息をしなければならないのだろうか。



こんな世界、壊れてしまえば良いのに……


そう、思ってもちっぽけな私たちに世界を壊すことは出来なかった。

だったら、壊すのは世界じゃなくて……

―10 years ago-

両親が別れた。

気持ちを切り替えて新しい人生の一歩を進む。その為の必要な行為だったのだろう。それは華々しいスタートの瞬間だよね、大人たちにとっては。

私は何が起きているのか理解できないままだった。
気付いたら、魔女と呼ばれた母親は姿を消した。

そして派手で傲慢な、何の取柄もない女が母親になった。兄は一人だったのに、突然、もう一人の兄が出来た。

大人たちは、とても幸せそうに肩を寄せ合っている。

子供たちは、起きたことを理解できずに茫然としていた。
大人たちは、自分たちが幸せならそれで良かったのだろう。

私たちを放って毎晩外で楽しんでいる。

まともに掃除がされていない家の中は汚くて、庭も荒れ放題。子供の私たちには、どうすることも出来なかった。


その日、その日を生きることで頭が一杯だったと思う。

唯一の大人。お爺様は地下に住んでいて、たまに簡単な掃除をしてくれる。

あれから10年経っても、何も変わらない。
私たちの味方だった、唯一のお爺様がこの世にいないこと以外は、何も変わらない……

この世界は、不公平だ。

不条理で、優しくない世界。

こんな世界から、逃げたかった。


だけど、逃げ場なんて何処にもなかった。

気休め程度にしかならない現実逃避を私は実行する。


私の趣味は読書だ。






読書は良い。
非現実的な世界は私を傷つけない。

物語の登場人物たちは与えられた運命に向かって流れていくだけで、私に危害を加えることはない。

その世界を私は空の上から見守る。

私は見守るだけで、何もしない。登場人物が死のうが生きようが、その顛末を見守るだけ。


その末路に泣いたり、笑ったり、呆れたり……そうやって、他人の人生を傍観していた。

お爺様の地下書庫には、大量の本が収められている。
埃にかぶったその本を開いて、私は世界観に浸る。


お爺様は言っていた。


人はいつか「本」になるのだよ

その本は、この世とあの世の狭間にある巨大な図書館に収められるらしい。



だけど、たまにお爺様の書庫にも突然現れるのだとか………私は見たことないけど。




これだけの本だ、何冊かは誰かの人生の物語かもしれない。






お爺様の鍵を持っているのは私たち兄妹だけ。
両親は気味悪がって近づかない。

さて、今日はどんな本を読もうかしら

古い物語も新しい物語もある。
生きている内に、これを読み切ることが出来たら素晴らしいと思う。

エルカ、また読書か

エルカ

うん、読んでいると安心できるの

そうすれば、現実から目を背けることが出来るのだから。
そんな私の行為を止める者はいなかった。

まぁ、無茶はするなよ

エルカ

ありがと、兄さん

仕事に行ってくるからな

エルカ

うん、気を付けてね

食事はとれよな

エルカ

善処します

形式だけの両親は滅多に家に帰らない。

だから、生活費は兄がバイトをして稼いでいる。
それは微々たるものだ。

同世代の子たちが学業に励んでいる中、兄はひたすら働いていた。



庭の手入れなんて誰も出来ない。


だって、私は引き篭もりだし、兄はバイトで忙しい。もう一人の兄も何をしているかわからないが、毎日フラフラと遊び歩いている。



そんな、私たちの住むこの屋敷。

世間では、

幽霊屋敷、

なんて呼ばれているらしい。

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