大翔が階段を下りきったところで、上がろうとしていた光が声をかけてきた。尊臣の姿は隣にない。
神代か。ちょうど君を探していたところだったんだ
大翔が階段を下りきったところで、上がろうとしていた光が声をかけてきた。尊臣の姿は隣にない。
上はベッドばっかりで何もなかったよ
三階の話は今日聞かなかったね。ということは
また増えている
ふたりはそこで黙り込んでしまった。なんとかここを抜け出したいと思っているもののその糸口どころかここがどこなのか、本当に夢の中なのかすらもまだ確証がとれていない。
二人は諦めたように並んで歩き出し尊臣を探して一階に向かうが、その姿は見当たらなかった。大翔が昨夜目覚めた辺り、衛士がカベサーダに殺されたと思われる場所に血の跡は残っていなかった。
昨日はソファが積まれて塞がれていたフロント脇のモールへの入り口が今日はソファがきれいに取り除かれている。
これが向こうに繋がってるってところか
おかしいな
おかしい?
昨夜通ったはずの通路の前に立って大翔は口元に手を当てた。記憶が曖昧なのは間違いではないから自信はない。たださすがにこれほどの違いを間違えるほどとぼけてはいないはずだ。
昨日はもっと狭かったですよね。それこそ橋下じゃまともに通れないくらいの
今は、立っても余裕そうだね
光が通路の入り口を見上げて言う。小柄な光はもちろん、大翔が手を伸ばしても通路の天井には手が届かないほどの高さになっている。昨夜はしゃがんで通ったのが嘘のようだ。
それに通路の長さも短くなってる
あぁ、すぐそこがショッピングモールになってるみたいだな
通路の先は薄暗い部屋に三階の手すりが見える。あの下に広がる白いステージも容易に想像できる。できることなら見慣れたくなかった世界だ。
こっち側にいなかったとすると、向こうかな?
行ってみようか
通路というよりも少し厚みのある敷居といったところだろうか。数歩で世界が切り替わる。現実の世界なら絶対にありえない構造。それもここでは当然のように起こる。
ここも昨日とは違う場所だと思いますか?
どうかな。ただ明らかに変わっているところがあるのも事実だ
二人がホテルでもモールでも一番に気付いたことは同じだった。
やけに物が少なくなりましたよね
君もそう思うかい? きれいさっぱり床が全部見えるよ
フロント前に積まれていたはずのソファがないのはもちろんのこと。大翔が歩き回ったベッドの部屋が続く三階も不自然なほどに物が少なかった。ビジネスホテルならベッドの脇に机やクローゼットがあるはずなのにそれがなかった。昨夜に大翔が何度もカベサーダを殴りつけたライトスタンドも全て片付けられてしまっていた。
なんか頭がおかしくなってきそうですよ
今さらかい? もう僕らはとっくに頭がおかしくなっているのかもしれないよ
不敵に笑った光に、大翔は悪寒がした。
モールの三階、通気口より少し大きかっただった通路が変わってしまった横で二人は少しの間、尊臣を待ちぼうけていた。
ホテルの方にはいなかった。尊臣も同じようにモール内を探しているのなら間違いなくホテルに移動するためにここを通るだろうという思惑だった。
それが一向に現れない。時間の感覚は曖昧だったが、それでも一度回ったことのあるモール内を見かけに寄らず記憶力のいい尊臣が迷っているとも思えなかった。
おかしいな、あいつ何やってんだ?
奴が出れば騒ぎがあるだろうし、迷うような男でもないだろう
今日は寝てないとか
あの一番義理堅そうな男がかい? それはないだろう
今夜いつ眠るかと悩んでいた大翔に光の発言は重かった。確かに尊臣ならそんなことで悩んだりはしないだろう。
それじゃ、ちょっと探しに行ってみようか
あ、はい
大翔の顔色が変わったことを気にした光が切り出した。どのくらい顔に出ていただろうか、と大翔は自分の顔にそっと手を当てる。額に浮かんだ汗を拭って大翔は先を行く光の背を追って歩き出す。
吹き抜けから覗き込んだ一階には数人が集まって何かを話し合っているようだが、尊臣の姿はなかった。二階は、変わっていなければ入る方法はない。ならば、とフードコートを目指してあの迷惑な階段の部屋へ続く扉を開ける。
あれ?
ここもなくなってるね
考えただけで息が荒くなってきそうな部屋の中を想像していた二人は気が抜けたような声で目の前の状況を確認しあう。尊臣から最短ルートを教えてもらっているとはいえできれば通りたくないと思っていた部屋が丸ごと消えていた。
目の前に広がるのは無駄なテーブルや椅子が一切なくなってただ広い空間が続いている。ところどころに構えたままのカウンターがなければ、以前に訪れたフードコートだとは思えないほどだ。
改装でもするつもりかな?
だったらもうちょっとわかりやすくして欲しいもんだね
冗談にもあまりキレがない。明らかにここも変わっている。昨夜の場所から違う場所になったのか、それともわずか一日で変化したのかは知らないが、日々どこかが変わり続けている。
ここは夢の世界だ。現実ではありえないことも起こる。目の前に泰然としてある変化すら受け容れられる。
だが、それは結局大翔たちがどれほど思考を巡らせても追いつけないのではないかという恐怖を伴っていた。