ここが、昨日死体のあった場所だね

大翔

あぁ、俺はその瞬間も見てた

尊臣

ワシもじゃ

 三人でステージ上がってみる。大翔はその瞬間にカベサーダが襲ってこないかと内心怖がっていたが、周囲に変化はない。

見ての通り、きれいさっぱりだ。拭き残しもない

大翔

刑事ドラマとかでよくある血痕がわかるやつとかあればいいのにな

尊臣

ルミノールやこ準備できんわ

やはり君の言うとおり、よく似た別の空間なのかもしれないね。それなら扉が増えていることや死体が消えたことの説明もつく

 光が納得したというように立ち上がる。なんだかスポットライトが妙に眩しく感じられて三人はすぐにステージを降りた。薄暗いくらいの方がカベサーダに見つかりにくい気分になる。たとえあの怪物が目ではなく音で人の存在を察知していようとも。

大翔

でもそれじゃ、地図を作っても意味がないな

 大翔は死体の消えたステージを振り返って残念そうに言う。

いや、そうとも限らないよ。似ているところは多いわけだからね

 そう言って光は吹き抜けの上を見上げた。その先には大翔たちが先ほどまでいた辺りだ。昨日はあの場所から見下ろすだけだったところに立っている。それは普段生活している時はまったく意識する必要のないことだが、新たな地を開拓したことに他ならない。

尊臣

しかし、昨日のあいつはこっから来たんじゃろうか?

 尊臣が降りてきた階段のあった方を指差す。

大翔

いや、違うんじゃないか? 昨日、俺たちはあの階段部屋なんて見なかった。それに昨日の奴に返り血なんてついてなかったはずだ

尊臣

ちゅうことは少なくとも奴は二匹以上いるわけじゃな

ぞっとしない話だね

 冗談じみた口調で光が言えたのは、まだカベサーダと出会っていないからだ、と大翔は思った。あの奇怪な黒光りする怪物に追いかけ回され、押し倒され、睨みつけられれば、誰でも二度と会いたくないと思ってしまう。

尊臣

そんじゃ、次行ってみるかのぉ

 一階にもう何もないとわかって、尊臣はゆっくりと階段の方へと歩き出した。こんな閉鎖的な空間でカベサーダと鉢合わせしては逃げ切れる気がしない。巨体の尊臣ですら武器で不意打ちしてなんとか逃げる時間が稼げる程度なのだ。大翔たちは逃げるように階段部屋へ向かうと、音を立てないようにゆっくりと三階に戻った。

尊臣

あっちはあの面倒な部屋の方か

大翔

何も変わってなければ、ね。それより、俺がいたホテルの方を回ってみないか?

いつの間にか出来てた通路。あそこは通れるのかい?

大翔

橋下はほふく前進してもらうしかないかな

 少し嫌そうに顔を歪めた尊臣だったが、文句は言わなかった。今さら図体を小さくしろというのは無理な話だ。

 通路の前まで戻ってくると、大翔たちとは逆に大勢の人が通路から這い出てくるところだった。こちらへの入り口を見つけたにしてはやたらと息を荒げている。

大翔

何かあったんですか?

 大翔は壁にもたれかかったまま座り込んでいる一人に声をかけた。顔は青ざめて今にも倒れてしまいそうだ。

何か、ってここで慌てるようなことは一つしかないよ

尊臣

カベサーダか

 大翔の背から尊臣が話に割り込んでくる。大きな真っ黒な学生服を着た男がいきなり顔を出してきて、既に青かった顔からさらに血の気が引いていく。

 あの怪物から逃げてきて、目の前に尊臣のような大男が現れればパニックにもなる。この空間で最強ではないだけで、普通に生活していれば尊臣は十分恐怖に値する存在だ。

あぁ

大翔

ちょっと、大丈夫ですか!?

尊臣

なんじゃあ、やわいのぉ

 話の途中だったというのに、大翔は恨めしく思いながら尊臣の顔を睨む。当の本人は少しも気にしていないようで倒れた男を眉根を寄せて見下ろしていた。

奴が出た、と

あぁ、しかもいきなり二匹も!

 どうしたものか、と大翔が倒れた男を床に寝かせていると、その横では光が落ち着いて情報を集めていた。

大翔

なんだって?

奴は今日はこの先のホテルにいるらしい。しかもカップルだそうだ

 あっちはそういうところだったのか、と言いながら、光は肩をすくめた。

大翔

冗談言ってる場合じゃないって

とにかくここから離れた方がいい。一応この先の通路は可能な限り塞いだんだけど

大翔

塞いだ? もっとたくさん人がいたはずじゃ

 通路の周りで息を整えている人の数は二十にも満たない。大翔が見たホテルの人だかりは少なくとも三十人はいたはずだ。それに見渡してもあの衛士の姿は見えなかった。

こんな狭い通路を悠々と進んでいたら奴の餌食だ。何人かが囮になるって言って、それから通路に入ったら道を塞げって

冷静で懸命な判断だ。さぞ頭の回る人だったんだろうな

大翔

ちょっと待ってくれ

 光がもうその人物はいないかのように言ったのを聞いて、大翔はとっさに声を上げた。まるでもう生きてここに来ることはない。そう言っているように聞こえた。

尊臣

言うとくが助けにはいかんぞ

大翔

え?

当たり前じゃないか。こっちも命がかかってるんだ。人の心配なんてしていたらいくつ命があっても足りないさ

大翔

でも

 あの衛士という大学生風の男。きっとあの男が囮になることを提案したのだろう、ということは大翔にはすぐに予想がついた。光の言った自己犠牲が強い、という言葉が思い出される。きっとチームを集めたという自負が彼をこの通気口の向こう側に残らせたのだろう。

 通路を覗き込むが、モールに来た時には見えた光は出口を塞がれてほとんど見えなくなっていた。

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