ミユ

あっ……、お茶こぼしてもーた……

プロデューサー

ミユ、大丈夫? 拭くもの拭くもの……

レッスン合間の休憩中、ミユが飲んでいたお茶を机にこぼしてしまった。

あわてて拭くものを探すけど、ちょうど周りに見当たらない。

空子

はい! ティッシュならいっぱいありますよ!


あたふたしていると、空子が横からポケットティッシュを差し出してくれた。

ミユ

空子さん、ありがとーな? 助かるわー


ミユは空子に礼を言って、お茶のこぼれた机や床を拭く。

ミユ

にしても空子さん、ちょうどえーとこにポケットティッシュを持ってたなー?

空子

はい! わたし、ポケットティッシュは常にたくさん持ってますから!


そう言って空子は、小さなバッグの口を開く。

プロデューサー

!?


すると、中から出てくる出てくる、ポケットティッシュが山のように。

プロデューサー

またもらってきたんだ……

空子

はい……


それは、人の良い空子を象徴するようなもの。

彼女は街を歩いていると、配っているティッシュを次から次へもらってしまう。

必要なわけじゃない。以前ティッシュ配りをする人から、これを配りきらないと仕事が終わらないという嘆きを聞いた。

それ以来、自分が助けになれるならと、ティッシュ配りをしている人を見かけると端からもらいにいくようになったのだ。

空子は誰にでも優しい子だ。そればかりか万物に優しい。

ミユ

でも空子さん。せっかくのティッシュやから、持ち腐れはあかんで?

ミユ

ティッシュのためにもちゃんと使わなな?

空子

ティッシュの……ためにも……?


その一言が空子の中の優しさに火をつけた。

空子

いけませんプロデューサー……! ミユちゃんの言う通りです!

プロデューサー

空子?

空子

有意義に使ってあげないと……! ティッシュさんのためにも……!

プロデューサー

ティッシュのためにも……?

空子

はい! わたしばっかりこんなにティッシュをもらってしまって……! この子たちを無駄にするわけにはいきませんっ!

空子

わたし! このティッシュたちを使いこなしてみせます!

空子

わたし! 今日からティッシュマスターになりますっ!

***



***


空子

ティッシュの有意義な使い道……有意義な使い道……


先日、もらったポケットティッシュを無駄にしないよう、有意義に使うと決めた空子。

ぶつぶつ言いながら、チャンスがどこかにないかと、鵜の目鷹の目で周囲をうかがう。

すると。

あやせ

うっ…………うぅ…………

休憩中の藤堂あやせさんが、配信映画を見ながら涙を流していた。

彼女は音大出の、ボイスコーチだ。

アイドルたちの日々のボイストレーニングを、気弱な性格ながらも真面目に誠実に行ってくれている。

空子

あやせさんっ! これをどうぞ!


すかさず差し出すポケットティッシュ。

あやせ

空子ちゃん……? 助かります……すみません涙もろくて……

空子

いいえっ。あ……この映画感動しますよね? わたしも一緒に見てもいいですか?

あやせ

ええ、もちろんです……うぅ……

空子

泣けますね……うぅ……

ティッシュティッシュ……と、二人は仲よく涙を拭った。

***



***


空子

ふぅ……とってもいいティッシュの使い方ができましたっ


ひと泣きしたすっきり感とあいまって満足そうな空子。

意気揚々と歩いていると、キッチンでまひろさんが困り顔をしていた。

空子

まひろさん? どうしたんですか?

まひろ

あ、空子ちゃん。実は水回りにカビがはえているのを見つけてしまって……

空子

それはいけませんね……お掃除しないと

まひろ

そうですね……あ、空子ちゃん、いいものを持っていますね?

空子

え? このポケットティッシュですか?

まひろ

ええ。カビとり剤をこうしてティッシュに含ませて、カビの上にかぶせるんです。そしてその上からラップをして待ちます

空子

ふんふん

まひろ

するとどうでしょう! とってもキレイにカビが落ちるんです!

空子

わぁ~! すごいです~っ!


二人は嬉しそうに手を叩いてはしゃぎ合った。

***





***





さらに空子は、洗面台で顔を洗っていたメイク担当の里中三春さんと出会う。

空子

三春さん? メイクの練習ですか?

三春

あら、空子ちゃん? そうなのよ。ふふ、お肌が荒れて困ってしまうから


これも職業病かしら、とおどけて笑う三春さん。

空子

三春さんはいつもキレイだから大丈夫です!

三春

あら、空子ちゃんは嬉しいことを言ってくれるわね。って、あら、いいものを持ってるわね?

空子

え? これですか?


言わずもがな、ポケットティッシュである。

三春

少しもらっていいかしら?


言われて、空子はポケットティッシュをひとつ手渡す。

三春

ティッシュはね、こうやって使うといいの


言うと、三春さんは洗ったばかりの顔に広げたティッシュを貼りつけた。

空子

えっと……タオルは使わないんですか?

三春

タオルには雑菌がついているし、摩擦がお肌に悪いから。こうしてティッシュで優しく水分をオフするのがいいのよ

空子

そうなんですか……。ティッシュって便利ですね!

三春

そうなの。ティッシュはとっても便利なの。キレイな女子の必需品よ?


三春さんはウインクして笑って見せた。

*    *    *


*    *    *


空子

プロデューサー! ティッシュってすごいんですね!


思いがけず各所で活躍するポケットティッシュに、空子は感動を抑えきれない。

予想以上に使う機会に恵まれて、かなりの数を消費することができた。

プロデューサー

僕もこんなに使い道があるんだって勉強になったよ

空子

そうですよね! えへへ……


ティッシュを有意義に使うことができて、ティッシュも幸せ。みんなも幸せ。

まさに、ティッシュで広がる幸せの輪。

満足そうにしながらも、無意識にまだティッシュの活躍の場を探してしまう空子。

すると。

ミユ

空子さん。何してんのー?

空子

あっ! ミユちゃん! 見てください! だいぶ減りましたよ! ポケットティッシュ!


褒めてもらおうとミユに駆け寄り、バッグの中の減ったポケットティッシュを見せる。

もともとティッシュの有意義な使い方を考えるきっかけになったのはこのミユだ。

するとミユは急に真面目な顔になって言った。

ミユ

もー空子さん、あかんで? ポケットティッシュの無駄づかいは

空子

ミユちゃんが使えって言ったのにですかっ!?

春宮空子:ティッシュの魔術師

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