東京都米泥(こめでい)区の
北地域を担当することになったのは
キララだった。

北地域は区役所やターミナル駅、
大企業のオフィスなどがひしめき合う
町の中心地となっている。


それゆえに販売に回る場所も
高層ビルにテナントとして入っている
オフィスが主体だ。
 
 

キララ

さて……と……。
最初は『ロリショタ自動車』か。
住所は3-7-564だから、
このビルで合ってるな。

 
 
キララは商品の入ったカバンを持つと
ロリショタ児童舎――ではなくて、
ロリショタ自動車の入るオフィスへ向かった。


この企業は木炭車や蒸気自動車など
外燃機関を利用した自動車製造で
世界にも名を轟かせている。

なお、燃料に使われる木材は間伐材であり、
林業による地方再生の一翼も担っている。
それゆえに政府の期待も大きい。


社の基本方針はエネルギー効率よりも
環境へのやさしさを優先した
自動車の研究・開発。

ここにあるのは、その企業の出張所だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
キララはロリショタ自動車が
テナントとして入っているビルを訪れ、
地下60階にあるオフィスへ到着した。


エレベーターは点検中だったので、
育成計画中の魔法少女のひとりが持っている
『穴を開ける』能力を使って一気に降りる。

経緯は不明だが、
キララにもその能力が備わっているのだ。
 
 

キララ

おはよう~っす!
薬ロトだ。
ゴキゲンな飲み物を
売りに来てやったぜ。

舎竹部長

おはようございます。
ご苦労様です。
薬ロト3本ね。

 
 
最初にキララに声をかけたのは、
米泥出張所の総務部を取り仕切る
舎竹(しゃちく)部長だった。

彼は勤続36年の大ベテランで、
毎朝の通勤は
ローカル線と新幹線を乗り継いで片道4時間。

頑なに転勤を突っぱね続ける猛者である。

 

そんな舎竹部長の言葉を聞いたキララは
途端に眉を吊り上げた。
 
 

キララ

あん?
テメェ、あたしを見下してんのか?

舎竹部長

へっ?

キララ

『ご苦労様』ってのは、
目上が目下に使う言葉なんだよ!
せめて『お疲れ様』にしやがれ!

舎竹部長

もしそうだとしても、
キミは売りに来ているんだよね?
だったら問題ないじゃないか。

キララ

『お客様は神様』だとでも
思ってんのか?
勘違いすんなっ!
売り手と買い手は対等なんだよ!

舎竹部長

っ!?

キララ

お客様は神様であるように思って
自分自身を引き締める。
そして最高のパフォーマンスを
お客様に提供する。
『お客様は神様』ってのは、
そういう意味で出た言葉なんだ。

 
 
 
 
 

キララ

どっちが上とか下とか、
そういうことじゃねぇんだ!
お互いに感謝の気持ちを持って
接しないとダメだろうがっ!

 
 

 
 
 
 
 
キララは指を前に突き出し、
舎竹部長へ迫った。

その鬼気迫る威圧感に彼は萎縮してしまう。


薬ロトを買おうと近寄ってきていた
ほかの社員たちも思わず足を止め、
目を丸くして様子をうかがっている。


――その場には一瞬の沈黙が流れた。
 
 

舎竹部長

う……ぐ……。

 
 
舎竹部長はガックリと肩を落とし、
何も言えなくなっていた。

精神的なダメージを負っている今なら、
転勤を命じれば確実に従うに違いない。
勤続36年の猛者の心は陥落寸前だ。


だが、そんな舎竹部長の様子を見て、
なぜかキララは表情を緩める。
 
 

キララ

……まぁ、いい。
薬ロト3本だな。
300円だが特別に
250円にしておいてやる。

舎竹部長

えっ?

キララ

あたしも強く言いすぎたからな。
詫びとして割引だ。
ちなみに詫びと割引をかけた
ダジャレじゃねーぞ?

舎竹部長

わ、分かっているよ……。

キララ

人間ってのは不完全な生き物だ。
現世じゃ失敗だってする。
だからこそ、
やり直しのきかねぇ世の中なんて
寂しいじゃねーか。

キララ

最近は一発勝負で
すぐに結果ばかり求めやがる。
失敗の積み重ねの先に
成功があるのにな……。

舎竹部長

うむ、その通りだ。
我々はモノ作りをしているから
その気持ちはよく分かるよ。

舎竹部長

失敗の方が多くて、
成功なんか一握り。
だから信念と根気と積み重ねが
大切なんだよな。

キララ

まっ、そういうこった。

キララ

ただし!
現世で徳を積んでおかねぇと、
死後に地獄へ堕ちるからな!
その時は救済措置なんかねぇぞ?

舎竹部長

ふ……ふふ……。
面白いね、キミ。気に入ったよ。

キララ

お前に気に入られても
嬉しくねーっての。

キララ

ンなことより、
腸内環境を整えるためには
乳酸菌入り飲料だけじゃなくて
ちゃんと食事で野菜も採れよ?

キララ

人生、まだまだ長いんだ。
体を大事にしろよ?
嫁さんや子どもを
路頭に迷わせねぇようにな。

舎竹部長

ありがとう。

キララ

ほらっ!
ほかに買うヤツはいねーのか?
そろそろ次の場所へ
行っちまうぞっ?

男性社員A

あっ、買いますっ!

女性社員B

私モゥ~!

 
 

 
 
キララがフロア中に響き渡る声で呼びかけると、
社員たちは薬ロトを買いに
ゾロゾロと集まった。



――この日、
ロリショタ自動車米泥出張所においての
薬ロトの売上は、
過去最高額を記録したのだった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ロリショタ自動車米泥出張所を出たキララは、
青空を仰ぎながら大きく息をついた。

そしてポキポキと肩をならす。


なんかオッサン臭いが、
それを言うと彼女の機嫌を損ねるので
決して口に出してはいけない。

実際、普段の態度も行動も
ほぼオッサンなのだが、
無言で温かく見守ってあげよう。
 
 

キララ

口に出してはいけないとか
言っておきながら
地の文でディスるな、クソ作者!
いつか覚えてろよッ!

キララ

それにしてもこの仕事、
思った以上に肩が凝るな。
アイツに手伝わせるか。

 
 
キララはどこからか
ケータイ黒電話を取り出し、
とある番号へジーコジーコとダイヤルした。



それから数分後、
その電話で呼び出された者がやってくる。
それは地獄の番犬・ケルベロスだった。

キララとケルベロスの関係については、
過去のエピソードを見てねっ♪



当然、キララより格下のコイツに
拒否権などない。
ただ、やはり表情は露骨に迷惑そうだ。
 
 

キララ

よぉ、待ってたぜ。

ケルベロス

勘弁してくれよ、姫さん。
俺だって暇じゃないんだぜ?
今回はどんな用件なんだよ?

キララ

実はな――

 
 
キララは空間に切れ目を生み出し、
そこからノートパソコンを取り出した。

そしてダイヤルアップ接続で
ネットへアクセスする。



ちなみにダイヤルアップ接続というのは、
電話回線を利用した
ネットへの接続方法なのね。

夢中になりすぎると、
目玉が飛び出るくらいに高額の電話代を
支払わなければならなくなっているという
恐ろしい技術である。
 
 

ピポパポパポポッ♪

トゥルルルル――プツッ!
ピーヒョロロロ……

↑ ※ダイヤルアップ接続の音です。

 
 
ネットへの接続に成功したキララは、
ストリエというサイトを表示させた。

そしてそこに投稿されている
『ストリエシュールコメディー劇場』の
Vol.24の前半部分をケルベロスに読ませる。


それでケルベロスは、
ようやく事態を理解したのだった。 
  
 

ケルベロス

姫さんが口で説明した方が
早いだろ、コレ。

キララ

『百聞は一見にしかず』って
言葉があるだろう?

ケルベロス

まーいいけどよ。
で、俺を呼び出したってわけか。
でも俺は姫さんの
直属の部下じゃないんだぜ?

ケルベロス

地獄の番犬が留守ばかりじゃ
格好つかないだろうよ。
それに鬼どもやほかの連中に
シワ寄せがいくぞ?

キララ

出番が欲しくないのか?

ケルベロス

そ、それを言われると
何も反論できないけどよ……。

キララ

だったらいいじゃねぇか。
さっさと人間形態になれ。

ケルベロス

やれやれ……。

 
 

 
 

ローズ

これでいいんだろ?

 
 
ケルベロスは気だるげにしつつも、
人間形態であるローズに変身した。

経緯は例によって過去のエピソードを見てね。
 
 

キララ

お前には薬ロトの販売を任せる。
訪問場所ややり方は
荷物の中に入っている
マニュアルを見ろ。

ローズ

へいへい。
姫さん――じゃなくて、
姉貴はどうするんだよ?

キララ

あたしは新規の契約を
取ってくる。
担当地域内に心当たりがある。

ローズ

そうなのか。

キララ

売り終わったら電話で連絡しろ。
あたしの番号は知ってるよな?

ローズ

あいよ~。

 
 
こうしてローズはキララと別れ、
薬ロトの販売へ向かった。

キララはそれを見送ったあと移動を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
キララがやってきたのは駅前にある
雑居ビルの最上階。
ここは間口が狭く奥行きが広い――
いわゆるウナギの寝床という形のビルだった。


明るく入りやすい雰囲気の入口には
『極道金融』と書かれた看板が
掲げられている。

――そう、ここは高利で金を貸し付ける
ヤミ金なのである。



そしてその実態は
米泥区周辺を取り仕切る暴力団
『国東(くにさき)会』の事務所だった。
  
 

キララ

邪魔するぜ~。

下っ端の男

いらっしゃいませ。
本日はどのよ――

キララ

国東のジジィを出せ。
キララが来てやったと伝えろ。
それだけで話は通じる。

 
 
受付にいた男の話を遮って
用件を伝えるキララ。

その態度と言葉の内容にカチンときた男は
穏やかな態度を一変させ、
敵意をむき出しにしてキララを睨み付ける。

 
 

下っ端の男

こ、このアマっ!
会長に対してなんて無礼な――

 
 
 
 
 

キララ

三下っ!
さっさとしねぇか!
あたしの言ったことが
聞こえなかったのか?

 
 
 
 
 
キララは死んだ目で下っ端の男を睨み付け、
ドスのきいた声で叫んだ。

その威圧感に男は身がすくみ上がり、
金縛りにでもかかったかのように
指一本動かせなくなってしまう。
 
 

キララ

それとも言葉が理解できねぇ
バカなのか?
このミドリムシ!

キララ

――おっと、今のは
ミドリムシに失礼だったな。

下っ端の男

なっ!?

山棒(若頭)

なんの騒ぎだっ?

下っ端の男

兄貴っ!

 
 
騒ぎを聞きつけ、
奥の部屋から身なりのきれいな中年男が
部下数名を引き連れて出てきた。


――彼は国東会ナンバー2の山棒(さんぼう)。

会長である国東の右腕であり、
いくつもの敵対勢力を潰してきた
実力者である。
 
 

キララ

よぉ! 山棒!
久しぶりだな。

山棒(若頭)

キ、キララ様っ!?

 
 
キララを見るなり、
山棒は素っ頓狂な声を上げた。

そして瞬時に顔色は
某ネコ型ロボットのボディのように青ざめる。
足もわずかに震えているようだ。


一緒に出てきた部下たちも
全員が同じような反応をしている。
 
 

山棒(若頭)

こ、これはこれは
いらっしゃいませっ!
まずはお車代を
お受け取りくださいっ!!

キララ

おぉ、悪いな。
ありがたくいただくぜ。
さすが山棒、
分かってるじゃねぇか。

 
 
山棒は懐から札束を出してテーブルに載せ、
それをキララへ向かって差し出した。
彼は終始ヘラヘラと
媚びへつらうような笑みを浮かべている。


するとキララは満足げに頷きながら
札束をスカートのポケットへ
無造作に仕舞った。
 
 

下っ端の男

えっ? えぇっ!?

 
 
一部始終を目の当たりにした下っ端の男は、
キララと山棒を交互に見やりながら
激しく狼狽えていた。

ふたりの関係性を知らないがゆえに、
事態が飲み込めていないのだろう。
 
 

山棒(若頭)

えぇ、そりゃあもう。
キララ様の機嫌を損ねて
ハジキをぶっ放されるのは
二度とご免ですから。

山棒(若頭)

以前はそれでうちの構成員の
半分が殺られてますしね。
まぁ、生き残った私は
おかげで出世が早まりましたが。

キララ

どさくさに紛れて
テメェが殺ったヤツも
いるんだろうが。
この悪人め。

山棒(若頭)

それは褒め言葉と
受け取らせていただきますよ。

キララ

今やこの組のナンバー2だもんな。
まっ、無駄な死人を出すのは
あたしも本意じゃねぇ。

キララ

それよりも山棒。
部下の教育はしっかりしておけ。
受付にいたそこの三下、
礼儀ってものを知らねぇ。

山棒(若頭)

おい、お前!
まさかキララ様に
失礼なことをしやがったのかっ?
組を潰す気かっ!

下っ端の男

ひぃっ!

 
 
すっかり怯えきっている下っ端の男。

キララについての詳細は理解していないが、
今までのやり取りを見ていたことで
そのヤバさだけは認識したようだった。


そこに山棒からの叱責が加わり、
すっかり身を縮ませてしまっている。
 
 

キララ

まぁ、あたしのことを
知らなかったようだしな。
半殺し程度で許してやれや。

山棒(若頭)

後ほどそのようにいたします。
で、今日はどのようなご用件で?

キララ

国東のジジィはいるか?

山棒(若頭)

申し訳ありません。
あいにく会長は本日、
一門の会議に
出席しておりまして……。

キララ

そうか。んじゃ、山棒でいい。
あたしの持ってきた契約書に
サインしろ。

山棒(若頭)

契約書……ですか?

キララ

薬ロトの定期購入だ。
とりあえず1か月でいい。
カネは前金でもらうぜ。
それとクーリングオフはするなよ?

山棒(若頭)

ま、まさかキララ様相手に
クーリングオフなんてしませんよ。
あとが恐ろしいですから。

山棒(若頭)

すぐにカネを用意して、
契約させていただきます。

 
 
クーリングオフというのは、
訪問販売などで購入したものを
あとで解約できる制度だ。

日数や条件に制限はあるけど、
この制度のおかげで大抵は解約できる。


でも制度の穴をついてくる業者もいるので
必ずしも安心とは言えない。
購入(契約)の際には慎重にね。
 
 

キララ

お前は賢くてあたしも楽だぜ。
契約書は100件だ。
傘下の団体を使えば可能だよな?

山棒(若頭)

ひゃっ、100件っ!?
え、えぇ、お安いご用です!

山棒(若頭)

ただ、その代わりキララ様に
お願いがあるのですが……。

キララ

いつものあの仕事か?
ま、いいだろ。
あとでリストを持ってこい。

キララ

みなごろ――いや、
年末の大掃除を手伝ってやるよ。

山棒(若頭)

ありがとうございます!
助かりますっ!

キララ

これで上の組織にご機嫌が取れて、
山棒も出世街道まっしぐらか。
あたしを利用するなんて、
テメェも相当のワルだな。

山棒(若頭)

へへへ……。
持ちつ持たれつじゃないですか。

キララ

じゃ、さっさと
契約書とカネを用意しろ。
期限は今日の夕方5時だ。
あたしはここで待たせてもらう。

キララ

もし1秒でも遅れたら――

山棒(若頭)

分かっております。
急いで取りかからせて
いただきます。

 
 
キララは書類の束をテーブルに載せ、
ソファーに深々と座り直した。


すると山棒は即座に部下たちに
目顔で合図を送り、
それをどこかへ持っていかせる。

そして彼らは総出でどこかへ電話をかけたり、
事務所を飛び出していったりしたのだった。


それを見届けると、
キララはひとり呆然と立ち尽くしている
下っ端の男に視線を向ける。
 
 

キララ

おい、三下!

下っ端の男

は、はいぃ!

キララ

駅前のOGコーナーで
スペシャル絶品チョコケーキを
買ってこい。
それとロイヤルミルクティーだ。

キララ

茶葉の選定と淹れ方は任せる。
うまくできたら半殺しを
免除してやるよ。
それでいいよな、山棒?

山棒(若頭)

キララ様のおっしゃるままに。

キララ

チャンスをやったんだ。
三下、さっさとやれ。

下っ端の男

承知いたしましたっ!

 
 
下っ端の男は慌てて事務所を出ていった。

こうしてキララは契約書と前金の到着を
のんびりと待つのだった。



ちなみにその後、
下っ端の男は見事にキララの満足する
ロイヤルミルクティーとケーキを用意し、
自らの危機を脱したらしい。
 
 

 
 
 
To be continued……
 

Vol.24 笑ゥせぇるすガ~ルズ(3)feat.キララ『人情と任侠』

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