つかさ

あら、あらら…? そこに居るのはもしかして、千乃さんではないですか?

ミユ

んー? 千乃ちゃん……?

千乃

わぁ、えへへ…偶然だね? 嬉しいな

――オフの日、街に出た千乃は、つかさとミユの二人と出会った。

事務所以外の場所で、他のアイドルと会うのは珍しい。

千乃の外出自体珍しいというのもあるが。

つかさ

学校やお仕事がお休みの日にこんな風に遭遇するとは、運命的です!

千乃

二人はお出かけかな?

つかさ

はい! わたくし一人ではまだお買い物もロクにできず……ミユさんに付き合っていただきました

つかさ

千乃さんもご一緒にいかがですか――あら? 千乃さんなんだか……

ミユ

ちょ、ちょい待ち、つかささん

ミユが、千乃へと身を乗り出すつかさをぐいーと引きよせる。

ミユ

言ったらあかん。デリケートな問題やでこれは……!

千乃

どうしたのかな?

ミユ

いやっ、んー……少し会わないうちに、千乃ちゃん、雰囲気変わったな?

千乃

昨日会ったよ?

千乃

ライブイベントのお話、みんなで聞いたよね

ミユ

そ、そやけど、なんや、んー、でもしっかり姿は見てないし…それにしてもたった一日で……? こ、これはえらいことやで……!

つかさ

千乃さん、今日はなんだかぷくぷくとしていますね!

つかさ

ゆきだるまみたいです!

ミユ

つかささぁぁあん! ズバッと言いすぎぃ!

千乃

ああ、これ? 上に十枚着てるんだぁ

ミユ

ただの着すぎやった……!

ミユ

てっきり、冬ごもりのために食べ過ぎたのかと思ったわ。あーなにそれ、おもろいなー

千乃

冬ごもり…?

ミユ

リスとかあれやん? 冬にそなえて脂肪をたくわえるやんか

千乃

千乃は人間だよ? えへへ、ミユさんおもしろいね

ミユ

そっかなー、ふへへ


ゆるふわ同士、通ずるものがあるのかこの二人の会話は大体こんな感じである。

つかさ

それにしても、本当に寒いのが苦手なのですね

つかさ

……あら、もしかして、ペットのお散歩ですか?


つかさとミユは、ようやく千乃が犬を連れていることに気付く。

もこもこに着ぶくれしている千乃の背後に隠れていて、見えなかったのだ。

くぅん……

ミユ

犬や!

つかさ

なんと、これは大きいですね…! 大型犬など田舎でもこちらでも初めて見ました!

千乃

うん。お散歩中なんだぁ。雷神っていうの。略してライちゃん

千乃がつれているのは、毛並みの綺麗な、ゴールデンレトリバーである。

つぶらな瞳が聡明そうな光を宿し、たれさがった耳が愛らしい。

ミユ

名前めっちゃ強そうやん。ええな…!

千乃

千乃がね、三歳の頃から一緒にいるんだよ

千乃

うちはマンションなんだけど、大型犬も飼えるんだぁ

千乃

ミユさんくらいだったら乗れちゃうかも。千乃も昔は、よく雷神に乗って遊んだんだぁ

ミユ

なんやそれ、めっちゃええやん


ミユはとろけるような笑顔になっている。

千乃

んー、でも雷神最近ね、ちょっと元気がないんだぁ。乗るのは難しいかな。ごめんね?

ミユ

うんうん、ええよええよ。触ってもええ? どこまでが毛か手ぇ突っ込んで確かめてみたい!

千乃

いっぱいふかふかむぎゅーしてみてもいいんだよ?

ミユ

おー、いいこいいこ……むぎゅー

ミユ

あーこれやばいーきもちいいー枕にしたいー

千乃

えへへへへ、かわいいんだよ


つかさの方はなかなか近づこうとしない。

つかさ

……さ、触りたいのですが、触りたいのですが……ここまで大きな生き物は初めてで

ミユ

好奇心に本能的な警戒心が勝っとる…


ミユが瞳をキラーンとさせた。

ミユ

つかささんが怖がってるの、はじめて見たかもしれん。これはおもろい発見したかも

つかさ

すっ、すぐに触れるようになってみせます!

千乃

えへへ。すごーくおとなしいから怖がらなくてもぜんぜん大丈夫なんだよ?

千乃

でも、もう千乃行くね?

……ふと、千乃は空をあおいだ。

千乃

雪ふらないかなー


つられて、つかさとミユも空を見上げるが、すっきりとした快晴だった。

ミユ

ゆき? なんで?

千乃

うん。雷神がね、雪が大好きなんだ。雪が降ると、駆け回って喜んでくれるから

千乃

雪見たら、元気になってくれるかなって

千乃

だから雪が降るの、待ってるんだ

ミユ

なるほど


そうして、もこもこの千乃と雷神が去って。

ミユ

……千乃ちゃんあんな着ぶくれて、よっぽど寒いの苦手なんや

つかさ

昨日プロデューサーが話していた、クリスマス野外ライブ、大丈夫なのでしょうか……

つかさ

ライブ衣装は、薄手で腕とか足とか出るものなので

ミユ

あの調子じゃ、上着一枚だって脱げそうにないな

心配げな表情のミユとつかさが、残されていた。

……話は前日にさかのぼる。

***



***



今日は話したいことがあって、所属アイドルたち全員に来てもらっている。

僕は事務所に入って――

とりあえずぽかんと口を開けてしまった。

プロデューサー

なんでここにコタツがあるんだ……?

アイドル全員が並ぶ中に、異色を放つコタツがででーん!とあった。

空子

えへ、そのコタツは千乃ちゃんですよ?


当たり前みたいに笑顔で言われても。

どこからどう見てもコタツだ。千乃ではない。

今日も寒いし、中に入っているんだろうけど……。

プロデューサー

……千乃、何やってるの?

千乃

んー、くたくた。プロデューサー。何かな?

コタツの中から、千乃の顔がのそのそと亀みたいに現れる。本当に千乃だった。

プロデューサー

コタツ持ち込んだのはまぁいいとして、中に入ったままって……

千乃

千乃は冬眠することに決めたのです

プロデューサー

決めないで

留奈

ムダよ、プロデューサー。留奈もコタツから引きずり出そうと手を尽くしたわ。……ふ、でもムリ


留奈を達観させるとは……そこまで……。

千乃に心乱されたけれど、僕は改めて全員と向き合う。

プロデューサー

ま、まぁ、それは置いといて

プロデューサー

今日集まってもらったのは、クリスマスイブのイベントについてなんだ

ひかり

わぁ! もうすぐクリスマスだもんね!ウキウキしちゃう!

ひかり

みんなでぱぁーっとお祝いしよ!チキン!ケーキ!ピザ!ふっふぅー!

ひかりさん、イベントということは、おしごとのおはなしなのでは

ひかり

えええー、そっかぁ……あ、でもでも!

ひかり

クリスマスにお仕事ってことは、かえちゃんとイブを過ごせちゃうんだね-、ふふふー

おしごとですが

プロデューサー

うんうん。せっかくだし、大きな催事をやりたいってことで。事務所主催で、全員でクリスマスライブをやることに決定したよ


わぁっ、とみんなが湧きたつ。

プロデューサー

駅前のステージを借りて、夜七時から生ライブをやろうと思ってる

空子

ふわわ、全員で生のライブするんですねっ

プロデューサー

うん。この前のビーチライブと同じ要領かな

留奈

クリスマスに全員で生ライブ……やるじゃないプロデューサー……!

留奈

これは盛り上がるわ! いえ、この留奈が盛り上げてみせるわ!


すでに留奈は燃えている表情だ。

プロデューサー

はは。屋内や配信形式のライブじゃないから、ちょっとみんなには寒い思いをさせてしまうかもしれないけど……


言いつつも、僕の目は自然とコタツへと向けられていた。

その場の全員、コタツに注目していた。

寒いって、千乃、大丈夫……?

八葉

は、はぅ……し、心配です……!

千乃

みんなどうしたのかな?

ち、千乃。もしかして、そのまま出るとか言わないよね?

千乃

コタツがダメなら、おふとんだけでもギリオッケー!

留奈

却下却下却~下ッ! ダメに決まってるじゃない!

留奈

アイドルがふとん着てライブするなんて、聞いたことないわよ!? ファンの前でそんなことできるわけないじゃない!

千乃

えー、千乃、寒いのやだな。コタツとみかん囲んでトークライブじゃだめ?


千乃はぷくーっと頬を膨らませて、コタツの中に引っ込んでしまった。

千乃

くたくたー

留奈

ああっ…自由すぎる…

留奈

ちょっと羽田! くぅぅ~、どうやったらこのコタツから出せるのこの子!?

空子

留奈ちゃん、まぁまぁ。千乃ちゃんは、いつもこんな風ですけど、自由なまま上手くやる方法も見つけちゃうすごい子なんです!

留奈

それは春宮の心が広すぎるだけなんじゃない…? コタツのまま出ても、春宮は笑って許しちゃいそうだわ

空子

えへへ。みんなでコタツ衣装も可愛くていいかもしれません!

留奈

そ、そんなの、そんなアイドル…留奈が思ってるプロと違うわぁ…


……これは、先が思いやられるかもしれない。

プロデューサー

はは…。僕も考えておくよ。ともかく、スケジュールはこれで確定にしておくね。あとは企画面でできるだけサポートしていく

プロデューサー

一丸となって、頑張ろう!

留奈

まずは羽田をコタツから出す方法を探さないと、一丸になれないわよ!


そうだね……。まずは、そこから。

第1話 千乃とコタツ

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