悪いのう、朝っぱらから

大翔

別にいいよ。昨日のお礼もしてなかったしな

っちゅうことはやっぱり自分、昨日夢の中で会うた奴か

 昼休みには弁当を持った生徒で埋め尽くされるテラスも朝の慌しくなってきた時間帯には生徒の姿はない。その代わりに降り注ぐ日差しを浴びているとそのまま授業に出ずに眠ってしまいたくなる。

大翔

昨日は助けてもらってありがとう。俺は神代大翔だ。そっちは?

尊臣

橋下尊臣じゃ。まぁそんなことはどうでもええ。昨日言ってたお前の夢の中っちゅうのがほんまなんか聞きにきたんじゃ

大翔

あいつが出てくるまではそうだと思ってたよ。でも違うみたいだ

尊臣

そうか、そんじゃ今朝のニュースは見たか?

大翔

あぁ、あの男。ってかお前、ニュースとか見るんだな

 冗談のつもりで笑った大翔に尊臣からげんこつが振り下ろされる。大翔自身背は低くないつもりだが、二メートルはあるかという大男相手では無力だ。あの怪物すらひるむ腕力。ずいぶんと抑えられているが、それでも脳の奥まで響いてくる。

大翔

いってぇ

尊臣

何を笑うとるじゃ。真面目な話じゃぞ

大翔

今朝のニュースの顔写真。昨日の怪物に殺されてた奴だった

尊臣

ワシもそう思う。これは仮定の話じゃが

大翔

あの夢の中で殺された人間は現実世界でも死ぬ

尊臣

先に言うか

 まぁええわ、と尊臣は光るオールバックの髪を撫で付けた。そんなに固めていたら崩れようもないだろう、と大翔は思うが、わざわざ頭にたんこぶを増やす理由もない。

大翔

たぶんそれは本当だと思う

 大翔は制服のボタンを外して、まだ信じたくはない左肩の傷を尊臣に見せた。赤く腫れ上がった肌は少しずつ回復はしているようで、今朝見たときよりも赤みが引いてきたように見えた。

尊臣

ワシは男の裸に興味はないぞ。ってこれはなんじゃ?

大翔

起きたらついてた。たぶん奴に押し倒された時

尊臣

そんじゃ、これが首筋にでもついた日にゃ

大翔

ゲームオーバーってわけだ

 はだけさせた制服を元に戻しながら、大翔はニュースの映像を思い返す。まったく知らない人間だったが、同じ危機に瀕していたのに救えなかったことに大翔は胸が詰まる。

大翔

きっとあの夢は

尊臣

まぁ、その話は放課後にでもするか

大翔

え?

 物語が生まれ始めた高揚で恐怖をごまかそうとした大翔をよそに尊臣は教室へと戻り始める。

尊臣

一限遅れるぞ

大翔

ちゃんと授業も出るんだな

 呆れたように言った大翔の頭にもう一度げんこつが振ってくる。

尊臣

当たり前じゃ。勉学は学生の本分じゃ

 尊臣についていったときから、一限目はサボることになるだろうと思っていた大翔は痛む頭を擦りながら、急かす尊臣に気圧されて渋々教室へと戻った。

 教室に戻ると、予鈴も過ぎていて大翔の席以外はきっちりと埋まっていた。近くの席で雑談したり、残っていた課題を走り書きで終わらせている中で、大翔が戻ってきたことに気がついた千早が一目散に大翔の方へ走ってくる。

千早

いったい何したの?

大翔

何が?

千早

何がって、あんな人に呼び出されるなんて何かしたかされたかしかないでしょ?

大翔

堂本、それは偏見だと思うぞ

 とはいえ、昨夜からずっとただのヤンキーだと思っていた大翔も少なからず偏見に満ちているのだが。

千早

イジメられたりしてない?

大翔

ないっての。お前は俺の母親か! ちょっと助けてもらっただけだよ

千早

本当に?

 不安そうな表情で千早はもう一度念を押す。その顔を見ると、大翔は一瞬言葉に詰まってしまう。千早がどうして大翔の友人関係にそれほど敏感なのか。そんなことは大翔自身が一番わかっていることだ。去年の今頃から周りに友達を集めないようにしていた大翔にそれでも何かと声をかけてきた数少ない友人の一人が彼女だった。

大翔

本当だよ。ちゃんと授業にだって間に合っただろ?

 だからこそ大翔は千早を信頼している。心配をかけてはいけないと思っている。大翔が曖昧に微笑んだのを千早はどう思ったか頬を膨らませて答えた。

千早

わかった。でも何かあったらちゃんと相談してね

大翔

わかってるよ

 わかってはいる。ただきっと大翔が千早に夢の話をすることはないだろう。残される痛みを知っているからこそ、大翔はあのまだ何もわかっていない怪物に殺されることがあってはならないのだ。まだ消した跡のないきれいな黒板を見つめながら、大翔は眠い目を擦った。

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