これは、高明が生まれる前の出来事。


夢見人の一人である海石榴が、初恋を終えるまでの物語

海石榴

何故……こんな奥地にまで飛んでいくかなぁ!!

この頃は瞬間移動もなかった。

帰り道にこっそり使うということもできず、遠くまで行けば歩いて帰るしかなくなる。

海石榴

嘘だろぉ!?

叫び声が、だれもいない杉林にこだまする。



これで、帰れると考えたらまだ前向きか。

そう思って、獣道から顔を逸らした時――――

海石榴

ん?

今、かすかに何か明かりが見えた?



あっちは行ったことがなかったが、誰かいるのだろうか。

今から歩いて帰っても、どうせ日が昇るころだろう。

だったら、知的好奇心を満足させるくらいはしてもいいだろう。



そう思いながら、杉林の奥へと足を進めた。

海石榴

…………!?

…………

目の前に現れた女性は、俺が見た中でダントツで一番の美女だった。



その女性と、目が合った。

それだけで、体が痺れたみたいに跳ね上がる。

海石榴

あの……っ貴女は?

私は…………

そして、彼女が記憶がないということを知った。


自分の出身も、名前すら覚えていないという。

海石榴

では、俺がつけてあげよう

えっ?

海石榴

喬(きょう)というのはどうだろう?響きが綺麗で、貴女のようだ。

きょう…………

今にして思えば、随分くさい文句だったなと思う。

けど、その言葉も、彼女は喜んでくれた。




それから、彼女は喬と呼ばれたら応えるようになった


俺も、彼女とかかわるのがとても楽しくて、何度も喬の元を訪れていた。

そいやぁ知ってるか?杉林の向こうに昔使われてた処刑場があるんだってよ

海石榴

しょ、処刑場!?

……なんだ、なんか知ってそうな口だな

海石榴

いや、この前杉林の方にいったから、その時にチラッと……な?

そかそか。まぁ、噂だと、そこに幽霊が出るらしいぜ

海石榴

…………よくある怪談だな

だがな、そこに現れる幽霊は、とんでもねえ美女って噂だ

海石榴

っ!?

お?やっぱり興味あるよなぁ?

友人は噂だと言っていたが、俺の心中は穏やかではなかった。



どういうことだ?

喬は幽霊なのか?

それを知ってもなお、この胸に残るモヤモヤは何だ?




分からぬまま、俺は団子をひたすらほおばった。

普通にのどに詰まった。

それから数か月後、黒点死番蝶のパンデミックが起きた。


今までにない全国的な大量発生に、夢見人は総員で駆除にあたった。



杉林周辺の担当になった時は、素直に喜んだ。

だが、その騒動の直後、喬は姿を消してしまった。

海石榴

喬…………!!

跡形もなかった。

手紙すらもなかった。


彼女がここにいたという痕跡が、どこにもなかった。

彼女のことを誰にも言ってなかったせいで、誰にもこの気持ちを吐露することができない。


どうせ幽霊を見てたんだろうと笑われるか気味悪がられるのがオチだ。

海石榴

違う…………

海石榴

彼女は……幽霊などではない

幽霊などであるはずがないのだ。


実際に触れたことがあるのだ
彼女の指に
彼女の唇に…………

こんな感情を、幽霊相手に抱けるものか

海石榴

貴女は…………!!

…………

再会も、この館だった。

そして、黒点死番蝶のパンデミックの直後。



俺はずっと焦がれてきた人と出逢い、そして別れていった。

彼女が食われていく中で、俺は何もできなかった。


貴女は、だからあの時いなくなったのか?
死番蝶に食われてしまったから?


では、今の貴女は誰なのだ。
一体、何人目の喬なのだ。







何故、俺ではなく光国を選んだのだ!

海石榴

喬…………

その日のうちに、光国の斬首刑が決定した。
残念ながら、反対したのは高明一人だけだった。

たとえ罪人であろうと、元は大事な仲間であった男が死ぬのだ。


どうにも寝付けない。


やけになって酒を思い切り煽り、床に伏した。

その夢の中に、彼女が現れた。

……お久しぶりにございます、海石榴様

海石榴

本当に……喬なのか?

そうとも言いますし、そうでないとも言います

私は、死番蝶に食われた魂の残滓が集まったものなのです

海石榴

なん…………だと!?

海石榴様達が知らないだけで、死番蝶に食われ、散っていく魂は数多あります。私はその方々の遺志を積み重ね、何年もかけて蓄積された者なのです

しかし、逆に言ってしまえば私は死番蝶の餌の塊。獲物の匂いを嗅ぎ取った彼らは私を食らいに現れるのです

海石榴

パンデミックは……喬が目的で起こっていたのか!

結果として、私は食われてしましました。しかし、私のせいで殺されようとしている方がいるはずです

海石榴

光国を……庇うのか

彼は、私の想いに呼応してあのような行為に走ったに過ぎません。彼の罪は同時に私の罪でもあります

海石榴

喬…………何故だ

海石榴

何故……俺ではなく光国を選んだのだ

…………

あなたは、彼ではないから

海石榴

…………っ!!

溜まらずに無理矢理意識を引っ張り起こした。


そのせいか、息は荒く、汗が頬を流れる。




夜は長いが、寝なおす気には到底なれなかった。

海石榴

何故だ…………

海石榴

何故俺にあんなことを言ったのだ……喬!!

その翌朝、予定通り光国の処刑を決行した。



だが、この決行にどのような思いを込めたのか

それは、終生誰にも話はしなかった。

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