――ありえない。
――ありえない。
……!?
想わず、木の陰に隠れてしまった。
葉ズレの音が、耳に響く。
大きく、責め立てるほど。
(バ、バレてしまった……!?)
手元のカメラをぎゅっと握り、震える。
――かすかに、眼が合ってしまったと感じもしたが。
(い、いけないものを、見ちゃったの……!?)
だが、そこはリエも写真部。
――心に焼き付いた光景を、撮り逃すわけにはいかない。
眼の前の光景に惹かれ、そっと、葉の隙間から相手を伺う。
ここは学校の離れ、ほとんど人も近寄らない旧校舎の裏。
伝統があると言えば聞こえはいいが、雰囲気はホラースポットと呼ばれる寂れ具合。
リエがここに来たのは、ホラースポット特集という、学内新聞の取材のためだ。
だから、まさか――。
(ホラーというか……法螺みたいというか……嘘でしょ……?)
その視線の先、小さな湖の端で寄り添う二つの人影を、リエはまじまじと見つめる。
そして、確信する。
見間違えるはずがない、よく見知った二人だと。
なぜならそれは、リエと同じクラスで日々を過ごす、クラスメイトなのだから。
……
一人は、ミチ。
朗らかな雰囲気を持つ、誰にでも好かれる、人当たりの良い少女。
……ふふ
もう一人は、ミラ。
どこか人を寄せ付けないクールさを持つ、孤高の少女。
(の、はずなのに)
リエには、いつも無表情のミラのイメージしかない。
だから、遠目に見ても、その微笑む顔は新鮮で魅惑的で。
ふふ……かわいい
そしてどこか怪しい美しさを感じさせるその口元で。
ミラはミチの手に、その美しさを交わらせる。
……!
優しく触れて、すぐにその口元を離し。
そのまま身体を寄せ、耳元に顔を近づける。
遠くて、ミラの顔がなにをしているのかは、よくわからない。
が……想像通りで、あるのなら。
ミラ……くすぐったい、よ
――キスなんて、愛しいお互いの唇で、するものだと想っていたのに。
身を寄せ合い、頬を染める二人が、リエの眼には衝撃的だった。
(まるで……現実じゃ、ないみたい)
近くの湖面に陽の光が反射し、幻想的な雰囲気を作っているのも、そう想う理由かもしれない。
手を、頬を、額を。
ミチの身体のあらゆるところに、ミラは優しく触れる。
それは、少女には許されない、大人びた、忌避したい行為。
その先にあるものなど、想像したくもない、まだ早すぎるものだとリエには想えていたのに。
――眼の前の光景から、瞳と、カメラのレンズを、外せない。
(……きれい)
お互いの瞳を交わしあい、その眼に映る相手を求める二人は、親密な暖かさを感じさせた。
手を、足を、温もりを、重ね合うように。
それは、独りではない放てない、奇妙なつながりをリエに抱かせた。
(……)
知らず。
リエは、手元のカメラを、その二人へと向けてしまう。
(だめ、だめよリエ。さすがに、それは……!)
これはあまりにも、二人だけの神聖な空間すぎる。
そう自分を止めようとするけれど、しかし、なにかの力に惹かれるように身体を止められない。
――切り取りたい。あの、つながりあう、一瞬を。
気づかれないよう、静かに、ゆっくりと、カメラのレンズを絞り込む。
静音モードなのに、動作音が、驚くほど耳に響く。
なのに、手が止められない。場所が変えられないのが、もどかしい。
――禁忌の撮影会に、リエが酔いしれた頃。
(……!)
レンズの焦点とバランスが、二人の世界を、より捉えた時。
(えっ……!?)
……
……あっ……!
――ミラが、ミチのスカートに触れ。
――そのしなやかな太ももへ、口づけをするのと同時。
――カシャリ、と、リエの耳に聞こえないシャッター音が響いた時。
……強い光が、リエの視界を、真っ白に染め上げた。
(……あれ?)
リエは目覚めると、違和感を感じた。
(どうして私、こんなところに?)
確か、ホラースポットの取材という名目で、人のいない校舎裏へ向かっていたはず。
そう想い出せるのに、心のどこかに違和感を感じる。
覚えているのは、古びた旧校舎の近くまで。
(その後、確かカメラを構えながら……)
植えられた緑のなかを進みながら、なにか、なにかを……と、リエが考え込んだ時に。
大丈夫かしら?
えっ!?
聞こえてきたのは、少女の声。
聞き覚えのある、けれど、あまり接点のない……クラスメイト。
急に意識を失ってしまうんだもの、びっくりしたわ
クラスでは孤高の雰囲気を持つ少女が、かすかに笑う。
でも、元気そうで良かった。
血色も良いし……ねぇ、ミチ
そ、そうね
孤高の少女に答えるのは、クラスで一番朗らかな少女。
二人の組み合わせは、珍しいものでありながら、でもとてもお似合いにも感じられた。
(……う、ん?)
二人の姿を交互に見て、孤高の少女――ミラが笑う。
どうしたの?
問いかけられて、そうだ、とリエは想い出す。
そ、そうだ。
わたし、貧血になってしまって……
えぇ。
心配したけれど、すぐに意識を取り戻して
あぁ、ごめんなさい。
助けてくれて、ありがとう
リエは二人に感謝して、自分の記憶を想い出す。
校舎裏の不思議な風景を探すうちに、最近の夜更かしのツケか、一気に身体が疲れて倒れてしまったのだ。
そこでたまたま通りかかった二人に介抱され、今、目覚めたわけだ。
二人が通りがかってくれて、良かったよ
明るく答えながら、全身をストレッチするリエ。
全身のだるさと眠気を飛ばしながら、奇妙な感触に、首元へ手を添わせる。
(……奇妙に首元がかゆいのも、無理をしたせいなのかな?)
――そう考えると、なぜか、胸元がかゆくなるのも感じた。
その原因を考えようとしてしまう、リエの耳に。
さぁ、戻りましょうか
ミラの申し出に、リエは呆気にとられる。
えっ、あ、あの……
急いでスマホを取り出し、時間を見ようとするが。
……!
すっと重ねられたミラの手に、思考を遮断される。
ねっ……?
もう、休み時間も終わりだから
ささやくような、くすぐったい声。
トロンとした気分と心地で、リエはスマホをポケットに戻し。
そう、だね……。
うん、戻ろう……
どこか寝ぼけたような様子で、リエはミラとミチに背を向け、信仰者の方へと歩き出した。
残された二人は、その背中を見つめながら、同じように足を進める。
……で、興奮した?
そして、ポツリとそう問いかけるミラ。
ミラ、変態すぎる。
バレたらどうするの
顔を赤らめ、咎(とが)めるようにミチはそう言う。
だがミラに反省する様子はなく。
あら、嬉しそうに見えたけれど?
からかうようにそう言うと、困った顔をするのはミチの方。
だ、だって……仕方、ないじゃない。
わたしは、餌だから
嘘つきね。
ふふ
笑うミラの顔に、細長い犬歯が見える。
――人の身体に打ち込み、血を啜(すす)る、吸血鬼としての証が。
ミチはミラと契約を交わした、吸血対象だ。
非常の際はミラの血となり、代わりに、人ではないミラの力を使役することもできる。
……だが、この平和な学園生活で、ミラの力が発揮されることはほぼない。
あるのは今日のように、ミラのちょっと常識から外れた行為のために、魔力が利用されるくらいだ。
だって、この瞬間のミチとわたしの姿は、今しか撮れないのよ?
それは、そうだけれど……
そこに現れた、奥手な写真部……
なら、良い写真、撮ってもらいたいと想わない?
ふつう、想わないよぉ……
呆れながら、ミチもまた、責めることはできない。
求めてくるミラの吐息と心地よさを、受け入れてしまった自分を自覚しているからだ。
でも、どうするの?
あの写真、公開されたら……
ミラの力で、リエの中から、さっきの光景は完全に消されていた。
ミチも、ミラの魔力を疑っているわけではないが、なぜかミラはカメラのデータを消さなかった。
どうするのか聞く前に、リエが目覚めてしまい、ミチは不安でいっぱいだったのだが。
大丈夫よ。
明日、自発的に持ってきてくれるから
――ミラは、自信たっぷりに、ミチの耳元へ答えを返す。
楽しみね。
あなたにひざまづくような、私
……やっぱり、変態だよぉ……
そう言いながら……ミチは、なぜミラがその場所に口づけたのか、その理由を知っている。
……足は、いいんだよ。
目立たない、から
ミチの身体に、残さないわ。
残していいのは、私の口づけだけ
すっと、ミチはスカートの上から、自分の足を押さえる。
――かつて傷ついた、その場所を。
……だから、もういいんだよ、ミラ。
わたしみたいに、身体が弱いのと、契約しなくても
何度も言わせないで
すっと、ミチの顔に、ミラは自分の顔を近づける。
髪を梳(す)いだミラの手が、その柔らかい頬を味わう。
――かつて、力を失いかけた自分を守るため、廃屋で傷ついた彼女の身体。
だいぶ、薄くなってきたもの。
もう少しじゃない
人間の医療技術と、吸血行為に伴う肉体再生。
ミチの傷ついた身体は、ミラにとってただの吸血対象というわけではない。
吸い過ぎれば、人ではなくなり。
求めなければ、その身の縫合が崩れて肉となる。
……そう、まだ、続けさせて。
お願いだから
恥ずかしいよ……もう、いいから
――だが、それはミラも同じこと。
力を行使するための、人間の奴隷。
だがミラにとって、ミチがいなければ、その力を行使することもできない。
互いが互いを保管する、欠けた半月達。
血が枯渇しかけた吸血鬼と、常にその身が解けかけた人の形。
――その関係のすべてを、ミラはミチに、告げてはいない。
この傷を消すまでは、あなたはわたしのものよ
その重さを、ミチに背負わせるわけにはいかないから。
いつか人の科学と、自分に残されたかすかな魔力で。
――人の形を、人に戻して、あげられるなら。
自分の心だけにしまったその答えを言えぬまま、ミラはミチの前を歩く。
そのまま教室に戻ろうとした、ミラの背中に。
……やっぱり、やだな
あら、なにが?
傷が消えたら……ミラは、いなくなっちゃうみたいで、イヤだよ
……っ!
その言葉に驚いて、一瞬、足を止める。
……ふふっ、おバカさんねぇ
振り向いたミラは、クールと評判の噂とは真逆の、満面の笑みを浮かべていた。
そ、そりゃあ、ミラと比べれば……そうだけど
おバカと言われたことにすねたのか、ミチはそう答えてくる。
ごめんね、と、ミラは謝り。
そういうことじゃ、なくてね
すっと、ミチの手に、自分の手を重ねるミラ。
安心して。
わたしもミチがいないと、心が渇いて仕方ないから
それって……わたしが、癒してあげられるの?
どうかしら。
でも……
ぎゅっと、片手でその手を包みながら。
空いたもう一方の手で、ミラはミチの後頭部を、優しく撫でる。
あなたが救ってくれた、わたしの命。
傷を治すくらいじゃ、埋められないほど……
感謝、しているのよ
――本当の心だけは、言葉に乗せて、大切な人に届ける。
そ、そんな……
だから……その埋まらない寂しさを、今度は、あなたに埋めてほしいな
……でも、わたしは太股にキスなんて、しないからね?
まっ、大胆。
そんなことを考えていたの?
だ、だって、ミラがさっきしてたのに……!?
そんなことを言い合いながら、二人は日常へ戻っていき。
……これ、約束の
あぁ、ありが……と、う?
――!?
――後日、リエが印刷した写真を、二人で受け取って。
……あ、あはは
//////
さすがに、やりすぎた。
ミラは反省させられ。
ミチは反省したそうな。
最後の方になって2人の関係が明かされるまで、不思議な関係だなぁ?と思ってました(笑)
ただ、最後まで読んだ時に理解して今後も2人が離れないで欲しいと思いました^_^
幸せな結末を迎えてくれたら嬉しいです(笑)