グリヴと出会ったのは去年の留学だ。歳が近いのもあって俺の滞在中の相手をしてくれていた
その時に恋に落ちたと
若い時期の恋愛は熱いというのは本当らしい。俺が帰国する頃には彼女も俺を想うようになっていた。そこで今回の彼女の留学だ
期待しない方が、男としては無理だろう
とりあえず私は否定しておきます
しかし、冷静になるのは全てが終わってからだった。こんな不祥事誰にも知られるわけにもいかないし、結局苦渋の策が「駆け落ち」というわけだ
ここまで来たのは転送魔法?
親父の頃から転送魔法は十八番だったからな。俺だけ使えないというのも変な話だろう?
どれだけバレずに転送するのかが問題だったのだが、どうやら今のところはバレていないようだな……
なんとなくの概要は分かりました。そのうえで、姫様の診断結果なのですが……
姫様は妊娠高血圧症候群だと思われます
そ、それってヤバい病気なんですか?
あまりこの国では広まっていない病気だと思う。妊婦の血圧が非常に高まってむくみが起こることはあるけど、頭痛や熱はかなり症状としては重い
この病気の怖いところは出産前に胎盤に影響を及ぼしたり、子癇(しかん)という発作が起きて母子ともに命を落としてしまう可能性もあるということです。今のところそこまで症状は進んでいませんが、これ以上負荷をかけると非常に危険です
命を……だと!?
とんでもなくヤバい病気じゃないですか!!
付け加えるならば、妊娠高血圧症候群の原因と言われているのは高血圧と塩分。逃亡し始めたのは3日前と聞いていますが、ずっと箱入りだった姫君にはちょっとした逃避行すらストレスだったのでしょう。いや、5ヶ月ということは他の人に隠すことに疲れていたのかもしれませんね
フィンさん!何とかならないんですか!!
方法はないわけじゃない。でも、クスリに使える薬草はどれも時季外れで山には生えていないし、家まで取りに行けないし……ありあわせの薬草で間に合わせるしかない
とにかく、すぐに都に連れて行った方がいいです。そこならここよりも設備は整っています
そもそも、私達は姫様を探しに来たんですし
…………
国際問題になるのは分かってますよね?
分かっている。そして、それが怖くて流せなどと言うつもりもない。仮にも国をこれから導いていくのだ。己の非ぐらい潔く背負って見せる
……そうですか
フィンさん、実はもうひとつだけ懸念があるんです。それを払拭したいんですが……
うん。その懸念って?
ジュレ君を、お借りできませんか?
ジュレ君?……いいけど
ジュレ君、君にも見てほしいんだけど、いいかな?
……ぼく?
うん。お願い
いいよ。分かった
フィ、フィンさん!私も診ましょうか!?
今のところはいいかな
うむう……
姫様は……眠ってるね
よっぽど疲れてたんだと思う。睡眠用のゴキゲンって薬草もすり潰したんだけど、必要なかったかな
ずっと二人で診てきたの?
二人って……?
彼にはどうやら「見える」らしいんですよ、フィンさん
改めて初めまして。フィン・マサークルの師匠であるメートルと言います
どうして他の人には見えていないの?何かの魔法?
魔法……そうですね。これも何かの魔法的な何かといえるでしょうね
私はね、本当は死んでるんですよ
…………
幽霊……ってこと?
そうなりますね。肉体はとっくに腐ってますから
これでも昔は軍にも顔が利くほどの調合師だったんですよ。薬剤部隊っていう舞台を任されたくらいでした
君のお父さんがもう少し若い頃、国では流行り病でたくさんの人が苦しんでいました。当然のように国からは流行り病の薬を作れと命じられ、僕たちもそのために必死に働きました
でも、私達は病のことを半分しか理解してませんでした。気づいて完全な特効薬が調合できた頃には部下を含めたたくさんの人が亡くなり、私自身も病に侵されていました。特効薬の数は限られていた分、私は作り方を記すと同時に亡くなりました
どうしてか私は死にきることができず、魂だけがこうして留まってしまっています。その時にフィンさんに出逢い、彼女に調合師としての知識を教えることに決めたんです
それを、どうして僕に?
いやぁ、フィンさん以外に私が見える人なんて初めてで。つい嬉しくなっちゃいましてね
……先生、話したいのは分かるけど、今は姫様を
ええ。では本題です。ジュレ君は透視魔法は使えますか?
使えるけど……姫様を透視するの?
ええ。姫様の中の魔力の流れが診たいので
……妊娠してるなら診なくても分かると思うけど
論より証拠って言いますからね
フィンさんはもし体外の魔法の干渉に胎児が過剰反応してしまった場合のためにミセカケの花粉薬をお湯に溶かしてください!
はいっ!
ジュレ君、お願いします!
…………ん
クラルテ・エタンセルマン!!