私は、彼と一緒にこの深い洞窟を歩いていた。暗くて、デコボコで足元の悪い場所だ。

 彼とは、先程偶然出会った青年だ。ブロンドで後ろ髪にリボンを付けている、人呼ぶ”お嬢様”の私とは違って、少々みすぼらしい服を着た、顔に泥の付いた茶髪の青年。農家の者だそう。

 私達が住んでいた場所は、国家が全てを占めている。彼のような平民からは売り上げを殆ど奪い、自分達はその蜜を余すことなく吸い尽くす。楽な立場である。

 彼があの国を逃げ出したのは、それが理由だったらしい。彼は幼くして親を亡くしているので、身を案じる者は自分しかいないのだとか。

 対する私は、むしろその甘い蜜を吸っていた側の人間。それに不満など無かった。美味しい物を食べられるし、綺麗なドレスだって何着も着られるから。

 ただ一つ、心残りがあった。それは、毎日のように悪夢にうなされると言うこと。そいつは私が眠りにつくと現れ、憐れむような笑みで私を見つめる。ただそれだけ。でも、それが何故か、私にとっては苦痛を強いられるようになっていた。

 もう、こんな夢は嫌だ。そう思っていたある日のこと。他国との交流の為、十九にして初めて自国から出ることとなった。その際にここを通り、一時休憩としてここに立てた仮住まいで寝たのだ。すると、私はその日だけ、いつもとは少し違う夢を見た。

おや、ここまで来たのかい?

 そう言ってそいつは、金色の髪を揺らして微笑んだ。

 そいつが出てくること自体が嫌ではあったものの、いつもデジャヴのように見る夢よりかは幾分かマシに思えた。そして、今まで止まっていた時計の針が動いたかのように思えて、少し気が楽になったようにも。
 あの夢を見て以来、私は外の世界に、何か希望を見るようになっていた。その思いは外へ出たいと言う願望となってみるみるうちにふくらみ、密かに外へ出る準備をするようになっていた。そして一カ月後の今日、私は国を飛び出した。

なぁ、飛び出したは良いが、俺達何処へ行けば良いんだ?

ここは、私の求めている場所じゃないわ。私が気になっているのはね……

 私は彼の手を引き歩き出す。洞窟にぽっかりと空いた穴の隙間から、紫色の空の下の古城を指さした。

あの向こうに、私の求めるものがある気がするの

君の求めるもの?

ええ

 私は、彼に悪夢のことを話した。彼は私の話を黙って聞いてくれた。私が話し終えると、彼は優しい顔を私に向けて言った。

辛かったんだな

何言ってるのよ。不自由ない生活をして、それも貴方達平民からむしり取ったお金で私暮らしてたのよ? 恨んでいるのでしょう

まぁ、だから逃げたからな。でも、俺は生まれてこの方不快な夢は見たことが無いんだ。見ると言えば、何時かこの国を逃げ出して、幸せに暮らす夢。願望だったのかもしれないけれど、それでも嬉しかった。人それぞれ、辛いことってあるんだよ

 諭すように言う彼。まさか、彼にこうして教えられるとは思わなかった。とりあえず武器や食料は幾分か持って来てるし、この真っ青なドレスの中にも分厚い皮が入っている。平民の彼よりは戦闘力は上だと思っているし、知力だって上だと思っていたのに。苦労している分、彼は心が豊かなようだ。

その夢、叶えられると良いわね

 一人じゃないって、悪く無いことね。私は自然と口が緩んでいた。そんな私を見て、彼も優しい笑顔を向けてくれた。

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