前の席の三浦くん。

三浦くんはよく寝ている。

空腹が満たされ、心地よい風と先生の教科書を朗読する声が少し眠りを誘う5限目、現国の授業。

こんなに大きい人が前にいたら黒板とか見えないんじゃないの?と思ったけれど、そんな私の心配をよそに、三浦くんはぐっすりと寝ていた。

机に伏せて、堂々と、まるで効果音のようにわかりやすい寝息を立てている。

(黒板は見やすくて助かるけど…)

…うっ。うう…

(なんで唸りだしちゃってるの? 変な夢でも見てるの?)

三浦くんの寝息に混じった唸り声が聞こえるたび、教室中の生徒が、ちらりと声の主に目を向ける。

(視線が痛い…)

み、三浦くーん。起きなさい


先生が恐る恐る声をかけるが、三浦くんは微動だにしない。

三浦くん

…スー…スー

三浦くん!

…スー……うっ


寝息を立てたと思えばまた唸りだす。

(みんなこっち見てる…早く起きてよ三浦くん…!)

戸塚さん、悪いんだけど三浦くん起こしてあげて

えっ

(な、なんで私!?)


さっきまで三浦くんを見ていたクラスメイトたちの同情の視線が突き刺さる。

はい、じゃあ授業再開します。村上さん続きから読んで

私に拒否する時間すら与えず、先生はそのまま授業を再開した。

(ど、どうしよう…)

み、三浦くん

恐る恐る、小声で声をかけてみるけれど、三浦くんは全く反応しない。

ううう…

(さっきからずっと唸ってるけど大丈夫なのかな、実は調子悪かったりして)


相変わらず唸り声を上げる三浦くんの反応のなさに不安になる。

私はおもいきって、三浦くんの背中を、手にしていたシャーペンの頭で軽くつついた。

…!!!

(ひっ!)


三浦くんはビクッと体を震わせると、勢い良く飛び起きる。

その様子にびっくりして私は心の中で小さく悲鳴をあげた。

……

三浦くんが、無言で、ゆっくりと振り返る。
見下ろすようにじっと睨まれ、体が硬直する。

(こ、怖いっ…!)

まるで獲物を狙う蛇のような三浦くんの視線に、私は生きた心地がしなかった。

(蛇に睨まれた蛙って、まさにこんな感じなんだろうな…とりあえず謝っておこう…)

あの、ごめ…

そのとき、私の言葉を遮るように5限目の終了を知らせるチャイムがなった。

やっと訪れた休憩時間に、教室は一気に騒がしくなる。

その中、私と三浦くんはこう着状態を続けていた。

(なんでまだこっち見てるの、三浦くん…!?)

……

ごめんなさい起こして。あ、あの、先生が起こしてって…

そんなのほっときゃよくねえ?

そうなんだけど、あと…だいぶ唸ってたから、どこか調子悪いのかと思って…大丈夫?

は? 唸ってた? 誰が?

え? 三浦くん

マジ?


三浦くんの問いに、私は無言で何度も頷いた。

やっべえ


三浦くんは前に向き直ると、頭をかきながら言う。

(よ、よかった。怒られるかと思った)

一瞬、三浦くんが顔を赤くした気がしたけれど、見ていたらまた睨まれそうな気がして、すぐに視線を逸らした。

体の力が抜けてその場で俯くと、自然と安堵のため息が漏れる。

……

なあ

……

おい!

!?

顔を上げると、椅子に寄りかかるようにして再び振り向いている三浦くんと目が合った。

(…み、見られてる…)

わ、私デスカ?

おめー以外に誰がいんだよ

で、ですよね

お前、名前なんだっけ?

えっ?

名前

(クラス替えは2年に上がる時にしかなかったし、2年生の時も同じクラスだったんだけど…)

…戸塚

……

……です…けど…

ふーん


三浦くんは私の顔をじろりと見ると、何事もなかったように前に向き直った。

(もっ、もしかして目をつけられた?)

今後自分に何が待ち受けているのか、想像して体から血の気引くような感覚に襲われる。

放心状態で教卓の方を眺めると、愛理が、心配そうな顔でこちらを見ていた。

大丈夫と笑おうかと思ったけれど、苦笑いしか浮かばない。

戸塚

三浦くんが顔だけこちらに向けた。

(今度は何???)

ちょっと、夢見が悪かったっつーか…。別に体調悪いとかじゃねーから

え?

そんだけ

三浦くんはそう言うと、席を立つ。
なんだかバツが悪そうに頭をかくと、そのまま教室の外へと歩いて行ってしまった。

かな、大丈夫だった?

三浦くんがいなくなるのを確認すると、愛理が心配そうな顔で駆け寄ってくる。

う、うん。大丈夫

怖かった。

怖いし視線は集まるし、せっかくの特等席は、間違いなくこの教室内で一番のハズレ席だ。

これから毎日こうなのかと思うと不安にしかならなかったけれど、それと同時に、最後の去り際の三浦くんの様子になぜだか少し興味がわいた。

(三浦くん、心配しなくていいって言いたかったのかな…?)

もしかしたら、見た目ほど悪い人じゃないのかもしれない。

そんな考えが一瞬頭をよぎったのだった。

三浦くんはよく寝ている。

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