モヤモヤと頭に浮かぶ過去の記憶。
一組の男女が机を挟んで喧嘩している。
やがて、女が一枚の紙に署名した。

母さん……

モヤモヤと頭に浮かぶ過去の産物。
一人の男が歩いていると、一台のトラックが信号に気づかず、突っ込んできた。

父さん……

消したい、忘れたいと願う程に脳裏にフラッシュバックされていく。

うわあああああぁぁぁぁ!!


飛び起きると、空が白け始めていた。
どこかで小鳥の鳴く声がする。

工藤 柊作

夢か……

初夏のため、明け方はそれほど暑くない。
なのに俺は汗でグッショリ濡れていた。



ふと、人の気配を感じる。
俺は振り向かずにその気配に問う。

工藤 柊作

何でここにいるんですか、露樹さん

実際、隣の部屋の住人が俺の部屋の窓に腰かけてチューハイを飲んでいた。
しかも、服は昼間のままだ。

お風呂に入っていないのか、この人は。

露樹 梓

あぁ、私は気にしないで

工藤 柊作

気にします。俺の部屋ですよ

露樹 梓

最近の若者は変なところで真面目だねぇ


からかうような口調だったが、目は笑っていなかった。

工藤 柊作

……聞いていたんですか?

露樹 梓

隣の部屋にも丸聞こえ

恥ずかしいと同時に情けなくなる。
顔が真っ赤になった。
きっとみっともなかっただろうな…。
嫌だ。
こんな惨めな姿、誰にも見られたくない。

見捨てられたくない…………!!

工藤 柊作

露樹さん…

露樹 梓

あず姉って呼びな。あと、敬語は使わないこと

工藤 柊作

……露樹さん

露樹 梓

完全に流すとは、いい度胸しとるな…


眉をピクピクさせ、手を鳴らす露樹さんを、お願いがあると言って遮った。

工藤 柊作

今のことは…誰にも言わないでほしい。あまりに…みっともないから

露樹 梓

……分かった


意外と素直に従ったと思ったら急に肩に手を置いてきた。
いつになく真剣な表情で見つめてくる。

露樹 梓

聞かせてくれ。君に何があったのか


俺はこの時、何を考えたのだろう。
多分、この人にだけに教えようと思ったのだろう。
うなされてるのを見られた手前、諦めたのもある。
だがしかし、本当にそれだけか?
俺は本当は……

工藤 柊作

誰かに助けてほしいのか…?

その夜は最後に露樹さんに泣きついた記憶しかない。

過去の事を話していたら涙が止まらなくなってきた。


露樹さんは何も言わず、泣き止むまで俺を優しく抱きしめていた。

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