百合子は車で目を覚ました。







身体を起こして窓の外を覗く。

窓の外は見知らぬ峠道だった。ごつごつした岩がそこら中に見えた。

綺麗な夕暮れが、ゆらゆらと揺れている。

あら百合子ちゃん。起きたの。もうすぐばあちゃんち着くよ

百合子

お腹空いた

ばあちゃんち着いてからご飯だから我慢よ

百合子はばあちゃんのこと覚えてないかな? 最初に会ったの、まだ赤ん坊の頃だったもんな

百合子とお母さんとお父さん、三人家族は、おばあちゃんちに向かっていた。

お父さんのお母さんである、宮子おばあちゃんの家だ。宮子おばあちゃんは明日誕生日で、七十五歳を迎える。

お父さんとお母さんは、おばあちゃんにバッグをプレゼントするらしい。

百合子もプレゼントを用意していた。

その後、百合子は窓の外を眺めていた。住んでいる町ではあまり目にしない田んぼが、百合子の視界に映り続けていた。その光景は新鮮だった。

しばらくすると、車はとある家の前で動きを止める。

到着だー

百合子は慣れない車の長旅ですっかりくたびれていた。

お母さんと手を繋ぎ、見知らぬ家の玄関をくぐる。

宮子おばあちゃん

よくきたねえ

百合子はお母さんの後ろに隠れていた。慣れていないおばあちゃんとの対面に、緊張していた。

百合子ちゃん、おばあちゃんに挨拶は?

百合子

こ、こんばんは……!

宮子おばあちゃん

百合子ちゃん、久し振り。三年ぶりくらいじゃね。私のこと、覚えとるか?

百合子

覚えて……無いです

宮子おばあちゃん

わはは。正直な子じゃね

百合子を除く三人は、声をそろえて笑った。

おばあちゃんが用意してくれていたご飯はとても美味しく、百合子はつい、いっぱい食べていた。

夕食を終えた頃には、百合子はすっかりおばあちゃんと仲良しになっていた。

百合子

ばあちゃん、ばあちゃん。あそぼ!

宮子おばあちゃん

はいはい。なにするんだい?

百合子

えっとね、えっとね……。

百合子~。ばあちゃん困らせちゃだめだぞー

宮子おばあちゃん

雄一は百合子ちゃんの年の頃、おねしょして私を困らせてたわ

……!!

雄一とは、百合子のお父さんの名前だ。

百合子とお母さんは声を上げて笑った。

その後、おばあちゃんは百合子のお父さんが子供の時の、おもしろい話をしてくれた。

その度、お父さんは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

あら? こんな時間にお客さん?

時計はすでに八時を回っていた。

おばあちゃんは玄関の方へ移動する。

しばらくすると、子供の声が聞こえてきた。

百合子

おばあちゃんのお友達かな?

百合子は気になったので、玄関を覗いてみる。

"Trick or Treat!"

玄関にはおばけがいた。

一つ目に和服の女の子、豆腐小僧もいた。

その異様な光景に、百合子は驚いていた。

座敷童

こんばんは! おばあちゃん。座敷童よ!

豆腐小僧

私は豆腐小僧! お菓子くださいな!

一つ目

僕は一つ目だよ! 似合ってる?

宮子おばあちゃん

おやおや、こんばんは。忘れてたよ。今日はあの日だったね

百合子が最もびっくりしたのは、その幽霊達とおばあちゃんが仲良さそうに話していたことだ。

宮子おばあちゃん

ちょいとまっててね

そう言うと、おばあちゃんは百合子の方へ戻ってくる。

百合子は慌ててリビングの方へ戻る。

百合子

おばあちゃん、幽霊と友達なの?

リビングに戻ってきたおばあちゃんに、百合子は心配そうな表情を向けた。

すると、おばあちゃんは微笑みながら、

宮子おばあちゃん

あいつらは近所の子供達さ。幽霊じゃないんだよ

と言った。しかし、百合子の疑問はさらに募る。どうしてあの子達はあんな格好にしてたのだろう、と。

そっか。今日は十月三十一日ね

あのね、百合子ちゃん。今日はハロウィンなの。ハロウィンの日は子供達が幽霊のお洋服を着て、近所の家に行くの。そこで『Trick or Treat』って言ったらお菓子がもらえるのよ

百合子

へー! そうなんだ

百合子は六年間生きてきて、初めてハロウィンという行事を知った。

この辺ではハロウィンの行事、行ってるんですね。家の近所じゃ全然しないわ

宮子おばあちゃん

田舎は狭いからねえ

僕が子供のころもやってたな~。吸血鬼のコスプレしてさ

おばあちゃんは、リビングの端っこの方へ置いてある、みかんの絵がプリントされた箱を開けた。

あ、その箱。懐かしい

お父さんは箱を見ながら、懐かしそうな表情を浮かべていた。

なんの箱なの?

お母さんが聞くと、おばあちゃんが答え始めた。

宮子おばあちゃん

これはじじいの宝物だったみかん箱さ

おばあちゃんが言うじじいとは、おじいちゃんの事だと、百合子は勝手に解釈した。

宮子おばあちゃん

じじいは、みかん箱は偉大な者の必需品だ、と言ってたわ。よく上に乗って一日の目標を叫んでいたよ

百合子は、おばあちゃんが言っている意味がよく分からなかった。

みかん箱ってね、えらい人や成功した人が好んでたんだ。だから、みかん箱って成功者のアイテムみたいになってるんだ。今はもうほとんど見ることは無いけどね

百合子

そうなんだー

今日は初めて知ることばっかだな、と百合子は思った。改めてみかん箱を見る。

普通の木箱だった。

宮子おばあちゃん

私はいつもあほらしいと思いながら、聞き流してたよ。
でも捨てるとじじいが悲しむと思ってね。こうしてとっているんだ

おばあちゃんは木箱から、三つのお菓子袋を取り出す。

そして、玄関の方へ向かった。

百合子

ねえ、お父さん。おじいちゃんってどんな人だったの?

そうだな。じいちゃんは変わり者だったよ。すごくね。右と言えば左だと言う人だった

百合子

じゃあ、上って言ったら下って言うの?

そんな感じ

百合子は、あまり理解することが出来なかった。

話していると、おばあちゃんが部屋に戻ってきた。おばあちゃんはみかん箱からもう一個、お菓子の袋を取り出す。

それを百合子に差し出す。

宮子おばあちゃん

はいこれ。百合子ちゃんに

百合子

いいの!? 私幽霊の格好してないよ?

宮子おばあちゃん

かまわないさ

百合子

ありがとう! おばあちゃん!

百合子は大はしゃぎで、袋を開けた。

中には、チョコレートやクッキーが袋詰めで入っていた。

百合子は、チョコレートを早速食べることにした。

夜は更けていき、十時になると皆、就寝の準備を始めた。

百合子も布団に潜る。

宮子おばあちゃん

じゃあおやすみ

おやすみ

おやすみなさい

百合子

おやすみなさい!

みんなでおやすみと言い、眠りにつく。

空でぼんやりと光を出している月が、自分の家から見る月よりも眩しく感じた。

百合子は目をつぶり、ハロウィンのことについて考えていた。来年は私も仮装しよう。座敷童になろう、と。

そうすると、いつのまにか眠りに落ちていた。

おーい。

百合子は突然、目が覚めた。

百合子

おトイレ行きたいな

百合子は少し怖かった。おばあちゃんちは薄暗いし、建物が古いので、お化けがでそうだ。

百合子

行こう

どうしてもトイレを我慢できなかった百合子は、頑張って一人で行くことに決めた。

トイレに行く途中、リビングを経由する。

リビングは静寂に包まれていた。

トイレを済ませ、百合子は足早に寝室へ戻ろうとする。

……

さっきまで誰もいなかったはずのリビング。

そこに人影があった。

百合子はびっくりして飛び上がった。

百合子

うわあ!!

顔はよく見えない。

思わず百合子は、尻餅をつく。

突然の恐怖から泣き始めた。

おお、大丈夫か?

百合子

うえーん

泣かないでおくれ。よしよし

人影は百合子に近づき、百合子の頭を撫でる。

百合子が間近に迫った人影の顔を確認すると、おじいさんだった。

百合子

おじいさん、誰?

孝司

俺はこの家の主、孝司だ。お前、もしかして雄一の娘か?

百合子

雄一は私のお父さんだよ

孝司

そうかそうか。お前がいつも宮子が言いよる百合子ちゃんか

百合子はこのおじいさんが何者なのか、分かった気がした。

百合子

もしかして、おじいちゃん?

孝司

そうだ

百合子

やっぱり! あれ、でもおじいちゃんってもういないって……

お父さんが前に言っていた。

おじいちゃんは百合子が生まれる三年前に死んだんだ。だから、もう会えないんだ。と。

孝司

俺、実はお化けなんじゃ

孝司と名乗るおじいちゃんは、あっさり自分の正体を明かした。

百合子

え!?

薄々そうじゃないかと思っていた百合子だが、本当にそうだとは。

孝司

でも怖がらんでくれ。俺は宮子に伝えることがあって、ちょっと戻ってきただけなんよ

百合子

伝えること?

孝司

そう。でも宮子の奴、俺の姿が見えないみたいなんじゃ。だから、ずっとこの家でくつろいでいたんよ

おじいちゃんの困り顔を見ていたら、百合子は協力したくなった。

さっきまで流れていた涙はいつの間にか止まっていた。

孝司

どうやら、俺の姿が見えるのは百合子ちゃんだけみたいじゃな。一つ頼まれてくれんか?

百合子

いいよ。何伝えればいいの?

孝司

みかん箱を物入れに使うな

孝司

と、伝えてくれ

百合子は、予想外に伝言がしょうもなかったので笑ってしまった。

百合子

そんなことで良いの?

孝司

そう。いつもお盆の日帰ってくるとき、言いたかったんじゃ。ようやく伝えられるわい

孝司

あの箱はな、俺の青春なんじゃよ

百合子

青春ってー?

孝司

俺の若い時代の事じゃ。あの箱はな、俺の青春そのものなんだよ

孝司

だからもっと大切に扱ってほしいんだ

百合子

そうなんだ……。わかった。そう伝えておくね

おかしな人だと百合子は思った。

幽霊だから人じゃないのだが。

孝司

後もう一つ。伝言を頼んで良いか?

百合子

いいよ!

孝司

ありがとう。それはなあ……

その後、百合子とおじいちゃんは三十分程、雑談していた。

孝司

じゃあ俺はそろそろいくよ。百合子ちゃん、ありがとう。話せて良かったよ

百合子

また会える?

孝司

会えるさ。今度はお盆に来るから。そん時な

百合子

やったー!

孝司

ふふふ

孝司

じゃあ、またな

おじいちゃんはそう言うと、徐々に薄くなっていく。やがて、透明になり、消えた。

百合子は布団に戻り、再び眠りについた。

次の日の昼。おばあちゃんの誕生日会が行われた。

お母さんとお父さんは、バッグをおばあちゃんにプレゼントし、私は、折り紙で作ったチューリップと蝶をプレゼントした。

おばあちゃんは笑顔で喜んでくれた。

時は暮れ、帰る時間となった。

帰る間際になり、百合子は何か忘れている気がした。

百合子

あ!

どうしたんだ?? 百合子

百合子

私、昨日頼まれごとされたんだった!

どうしていままで忘れていたのだろうか。百合子は慌てておばあちゃんに、

百合子

おばあちゃんに伝言があるんだ

と言った。

宮子おばあちゃん

私に? 誰からだい?

百合子

おじいちゃん!

百合子が言うと、他の皆が青ざめた。

な、何言ってるの?百合子ちゃん。おじいちゃんは……

百合子

昨日夜会ったの。リビングで

お父さんとお母さんは怖がっていたが、おばあちゃんは冷静な顔で百合子に質問する。

宮子おばあちゃん

じじいはなんて言っていた?

百合子

みかん箱を物入れに使うな! だって

それを伝えた瞬間、おばあちゃんは笑った。

宮子おばあちゃん

それはじじいらしいな

百合子

後もう一つ

宮子おばあちゃん

なんだい?

百合子

みかん箱の裏に張っている手紙に気付け! だって

宮子おばあちゃん

え?

 

宮子は皆が帰った後のリビングで、みかん箱と向き合っていた。

みかん箱の裏にある手紙。

去り際に百合子が言った言葉には半信半疑だった。

宮子おばあちゃん

まさかねえ

宮子はみかん箱の中に入っていた荷物をすべて出し、みかん箱をひっくり返した。

本当にあった。古ぼけた手紙が。

宮子は中身を取り出し、目を通す。

宮子おばあちゃん

……

宮子おばあちゃん

……

宮子おばあちゃん

……

宮子はその後、なんともいえない気持ちになった。悲しいような、寂しいような、嬉しい気持ち。

数年前。孝司が亡くなる数日前。ちょうど今と同じくらいの時期だった。

孝司は宮子にみかん箱を託していた。宮子はそれを形見だと解釈していた。

しかし違った。孝司はこの手紙を宮子に渡したつもりでいたのだ。

宮子おばあちゃん

わかりにくいんだよ、じじいが

宮子は空を見てそう呟いた。

~end~

宮子

誕生日、おめでとう。

この先も迷惑をかけると思うが

俺はお前を

いつまでも愛してるぞ。

これからもよろしくな。

孝司

『みかん箱 手紙 ハロウィン』

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