これは?

私が逃げ……いえ、身を隠してるあいだに出会った人から頂いたものよ

 今私は魔王城の、豚が捕らえられている部屋に侵入している。
 サリエルの薬で魔王を眠らせ、エルフたちを救おうという算段だ。

どうやって使うんですか?

いわば眠り薬ね。魔族に対して有効な

おお!それならできそう! 初めっからこれを使っていれば余裕じゃないですか

そうもいかないのよ。飲ませないといけないのだけれど、食べ物に混ぜても独特なラベンダー系の味で気づかれてしまうらしいわ

なるほど、よっぽど油断しているときでないと難しいんですね

ええ。普通なら一日は眠りっぱなしになるそうよ。まあ、相手が魔王だと保証はできないのだけれど

しかしこれが、マ王に効く薬、略して『マ薬』ですか……

略さないで! 色んな意味で物騒になるから! このご時世

わかりました。お風呂で晩酌でもさせてみます

では脱走後、集合場所は南の森を抜けた荒野で落ち合いましょう

 外から魔王の部屋を見ていると、バチチッと合図の光が見えた。
 そうあれは、クズのクズによるクズのためのクズ魔法だ。

 さて、行くしかないわね。

にゃ

あ、猫たんどこ行くの!?

 するとシェリーとシンが私を追ってくる。

俺も行く!!

待ちなさい。きっとあの猫が何とかするわ

クレア? 何言ってんだ? ありゃただの猫だぞ?

……ま、気のせいかもしれないけれど。ダメだったらダメで突入しましょう

わ、わかった!

もうシンったら、クレアの言うことには従順なんだから

だって、クレアは俺より賢いもん

は? じゃあ、あたしは?

俺のちょっと下ぐらい?

はぁ!?

 地下牢は戦場になっていた。
 私一人に対して魔王軍数十名。
 
 なんとか覚えた魔法で飛び回っては火を放ち、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
 天才だから出来たものの、私じゃなかったらジエンドだったわよ。


 そこへ牢屋の中からエルフ少女が私に叫ぶ。
 私に魔法を教えてくれたヒーチだ。

猫ちゃん! 拓くんは!? 拓くんは無事かな!?

 拓?
 あ、あの豚、拓って名前でしたっけ。

 それにしても、このエルフ少女はまた自分のことより他人を心配するのか。
 ましてやどこの骨かも分からない出会ったばかりの他人を。

 下界は謎だらけね。

 そうこうしていると、見覚えのある男が階段から降りてきた。

ラファエル様!

 豚だった。

 ふう、やっと来たわね。
 こんな豚のどこがいいのか。
 識別名は『拓』だったかしら。
 まあいいわ。

にゃ!(拓! はやくこの鍵を!)

 私は咥えていた鍵を拓に放り投げ、そう言った。

ん? 拓って言った?

にゃ(早くなさい! このトンヌラ!!)

はい!

 こうして私が敵を引き付けている間に、拓は牢屋を解錠しエルフたちを逃がす。
 それによって一気にこちらが優位な状況へと変わった。
 なぜならエルフ達もみな、魔法が使えるからだ。
 下っ端の魔王軍兵士ぐらいじゃ太刀打ちできない。


 それにしても家を襲ったあの、ガラの悪い男がいないようだ。
 この私を吹っ飛ばした恨み、はださでおくべきか。
 いつか絶対に殺ってやるわ……



 こうして私たちは城から出て南の森を抜け、三人の待つ広野へ向かった。

 途中の魔王襲撃は、予想以上の破壊力だった。
 実質、サリエルの薬が無ければ皆やられいただろう。

 すなわち100人ハッピー計画にこの全ての命が加算され、残りもあと少しとなった。

 よかったわねサリエル。

 それにしても……ヒーチという少女の、自分の命より他人を優先する行動。

 意味がわからない。

 癒しの力もないくせに。
 そんなのだから天界が込み合うのよ。


 癒しの天使である私には必要ない。
 私が死んだら元も子もないのだから。

 ただ……

 その気持ちをもっと知りたいと思うのは、なぜだろう。

 私には必要ないはずの、その気持ちを――

pagetop