15年前――
15年前――
僅かな光の中、階段を悠々と降り始める二人。50前後ほどであろうか、威風堂々としたその態度は、後ろからついてくる仲間に充分な安心感を与えている。
ようやくこの時が来たようだな。
ほんま、長かったで。
お互いえらい歳食ってもぉたな。
あれから10年も経てばそりゃあな。
借りはきっちり倍返ししたろか。
これだけは若造共には任せておけん。
そりゃあ、あの出来た息子の事か?
まだまだよちよち歩きのひよっこだろ。
そう言いながらも、嬉しそうに口を開く鎧の男。階下に広がる闇を恐れる心は持ち合わせていないようだ。方言の男は、眉を上げて言葉を返す。
おーおー、ほんま、辛口やな。
前の実践形式の稽古
みせてもろたけど
16とは思えん剣筋やったで。
ふ……15にして
武闘会鮮烈デビューの
お前にそこまで言われたら、
フィレイグの奴も光栄に違いない。
えらい古い話を
出してきたもんやな。
おっと、おでましやで。
肩慣らしになったらええけどな。
方言の男のセリフに遅れ、前方の闇から多数の歩行音と金属音がしてきた。鼻先に感じる腐敗臭と、友好的なんて言葉を嘲笑うかのような殺気。骸骨の戦士・スケルトンウォーリアーが4体現れた。手には長剣・槍・斧・ボウガンを持っている。更に、後方から人間の倍の背丈はあろうかという牛頭の巨人の息遣いが聞こえた。両手に巨大な斧を軽々と持ち上げ、ゆっくり近付いてきている。
なんや、こんだけかいな。
油断をするな。
お前は強いが、自信がありすぎる
ところが玉に瑕だ。
いつかつまらない敵にやられるぞ!
そう言い放って飛び出した鎧の男は、ボウガンの矢を白金の剣で弾く。同時に斧が襲ってきたが、ギリギリ右側に躱す。そのまま鋭い袈裟切りで、スケルトンウォーリアーを真っ二つにした。止まる事なくダッシュ。槍を掻い潜り切り捨てる。ボウガンの矢を装填しているスケルトンウォーリアーまで一気に接近して、十字切りをお見舞いした。
あーあー、瞬殺やんか。
方言の男は、スケルトンウォーリアーの長剣を屈んで避けながら残念そうな声を漏らす。そして隙だらけの足元を払う。転倒した相手を見下ろしてから、実に落ち着いて頭蓋骨を踏み抜き砕いた。
こいつは俺一人でやらせてくれ。
残った牛頭の巨人を前に、鎧の男が首を回し鳴らした。
ちょ……
方言の男が口を挟む前に、走り込む鎧の男。単身で牛頭の巨人に突っ込んだ結果は――完勝。牛頭の巨人は斧を振り上げた瞬間、雷光のような剣撃で胴体と下半身を分断された。しばらく四肢をバタつかせたが、やがて動かなくなった。
めっちゃ気合い入ってるやん。
まだ六階層だ。
こんな所で手こずっていたら、
奴と戦う資格はなかろう。
そらそうやな。
剣を鞘に収める二人。後方にいた仲間四人に出番はなく、先を急ぐ事にした。
フィガロ様、詠弦公フィガロ様!
お待ち下さい!
鎧の男の名を後ろから呼んだのは、上階からきた使者だった。
このような所まで何用だ?
伝令です。
書状をお持ち致しました。
なんだ、仰々しいな。
フィガロと呼ばれた男は、書状を受け取り大きな動作で広げる。方言の男は興味津々ながらも、大人しく眺めている。
……
ば、馬鹿なっ!
俺は信じんぞ。
なんや、何が書いてんのや。
……すまん。
俺は戻らないといけなくなった。
ちょ……。
フィガロは一足飛びに階段を駆け上がり、あっという間に上階に消えた。
なんやねん。
なぁ、そこの伝令のあんた。
あれ、何て書いてあったんや?
内容は私個人には
知らされておりません。
予想どおりの返答に、方言の男は肩をすくめた。
まぁ、しゃあないわ。
ほんなら今日は帰るか。
方言の男と仲間は、探索を打ち切り、地上に戻る事にした。
城への帰還中――。
なっ! なんや!?
何でこないな事になっとんねや!
方言の男の目の前に、凄惨な光景が広がっていた。血だらけになったフィガロの息は、今にも絶える直前だった。
おい、フィガロ!
しっかりせんかい!
ルグラ、か……。
や、られち……まった……。
なんでやぁ!
あかん、血が止まらんやないか。
フィレ、イ、グの事……
た……の、……む。
アホンダラ、何言うとんねん!
勝手に死ぬんやない!
奴に借り返すんちゃうんかいっ!
…………
フィガローーーーー!!
現王フィーリアスの弟・詠弦公フィガロは、命を落とした。方言の男ルグラは、この後、フィガロの長男フィレイグの乗った馬車が崖から転落した事を聞く事になる。