春。


俺はごく普通の高校生だった。

授業をさぼることもなく、優等生……とまではいかないが、真面目で平均的な学生だった。

よう、夕人。宿題やったかー

赤島君。同じクラスになって初めて話すね。これからよろしくね!

昨日のハレトーク見た?

赤島君、おもしろ~い

会話を楽しめる友達も出来た。同じ中学から一緒に進学してきた友達はほぼいなかったため、初めて友達が出来たときは大喜びだった。

芦原瑠璃

赤島君。今日私たちが日直だよ

ふんわりとした声をかけてきたのは、隣の席の芦原瑠璃だ。

まだ知り合ってそう経たないが、気が合う友達だ。

入学初日に話した時、好きな漫画の話で盛り上がった。芦原は意外にも少年漫画が好きらしく、俺と趣味が合う。

今日まで隣の席で接してきて知ったのは、芦原は基本おとなしくて、ドジな性格をしているという事だ。

勝手に転ぶし、教科書や筆箱をよく家に忘れてくる。その度に隣の席である俺がシャーペンを貸したりしている。

赤島夕人

そうなのか? 日直ってなにするんだ?

芦原瑠璃

黒板消したり、宿題集めたり、先生のお手伝いしたりだよ

赤島夕人

めんどくせーな

芦原瑠璃

そんなこと言わないで。一緒に黒板消しにいくよ!

赤島夕人

へいへい

俺と芦原は談笑しながら、黒板を消しに行く。

このように、俺の高校生活は順調の滑り出しだった。入学して間もない頃だったが、自分の居場所が出来たと思った。

そう、思っていたんだ。

とある快晴の日、事件は起きた。

この日は昼休みも終わり、眠たい午後の授業を受けていた。

科目は数学。三暮先生の平坦な声が、さらに眠気を増加させる。

赤島夕人

ふわあ~

自然と欠伸が出る。

気晴らしに窓の外を見た。

雲一つ無い青空がそこにあった。

校庭には、体育の時間で集団行動をしている生徒達がぞろぞろと列をなしている光景があった。

暖かくて気持ちの良い風が教室に流れ込んでくる。

眠気が襲ってきた。段々目蓋が重くなってゆく。

赤島夕人

ちゅんちゅんという鳴き声が近づいてきている事に気づいた俺は、目を開けた。

そのまま窓を見ていると、外から雀が入ってきた。

俺は窓の方を見ていたので、このクラスで誰よりも早く、雀を目撃したのであろう。

次第に、クラスの生徒達も次々と雀の存在に気づき、やがて皆が雀を注目するようになった。

芦原瑠璃

雀だー

授業中で静寂を守っていた教室は、その一匹の雀によってざわつきだした。

授業を進めていた三暮先生は、冷静な様子だった。

三暮先生

みなさん、静かに。窓際の人は窓を開けて

先生の言葉で窓際の生徒達は、速やかに窓を開ける。しかし、雀は天井付近を飛び回り、いっこうに外へ出ようとしない。

三暮先生は、ほっとけば外へ出るでしょう、と言い、授業を再開させた。

生徒達も次第に、雀への興味を失い、再開した授業に集中し始める。

この一騒動で目がさめた俺は、雀を観察していた。

どこかに留まることもなく、まるで都会で道に迷った田舎者のように、右往左往と飛びまわっていた。

赤島夕人

大丈夫か? あいつ

一時様子を見ていると、雀と目があった気がした。

すると次の瞬間、雀は一気に下降してきて俺の机にとまった。

赤島夕人

うぉ!?

クラスの注目は再び、雀の方へ移る。

雀はじーっとこっちを見ていた。

そして、その様子をクラスのみんなが注目していた。

赤島夕人

なんだ? 何のようだ?

つい、雀に話しかけてしまった。

その様子を見て、瑠璃を含む、クラスの人たちがくすくすと笑う。

雀のつぶらな瞳は俺の方を向いたまま、動かなかった。

三暮先生

……

芦原瑠璃

……

赤島夕人

な、なんだ?

この雀、やけに人慣れしている。

普通の雀ならば、人間がこんなに近くにいたら、すでに飛び立っているだろう。










その時、













雀が俺の机の上で
















そっと口を動かし始めた。



鬼さん。こんにちは。

雀は俺にしか聞こえないくらいの小さな声で囁いた。

雀は俺のことを鬼と呼んだ。

俺はその時、何のことか分からなかったし、何が起きているのかも分からなかった。

そして、頭を打ったわけでもないのに、その後記憶が途切れる。

コロセ……

コロスンダ…

コロセ!!

次に意識が戻った時、俺は立ち上がっていた。

赤島夕人

あれ?

俺は前に手を伸ばしていた。

芦原瑠璃

あ、赤島君……。もうやめて

横を見ると、芦原が泣いていた。

クラス全体はざわつき、女生徒は悲鳴をあげていた。

きゃーーーーー!!

三暮先生

赤島君。やめなさい。手を離しなさい

三暮先生が俺に接近し、相変わらず冷静な様子で、俺に話しかけてきた。

俺は自分の手元に視線を移した。

俺は雀を握りつぶしていた。

赤島夕人

なんだこれは……!!

つ づ く

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